死刑執行を続ける日本は「人権軽視」の国なのか 駐日英国大使や弁護人が懸念する運用の実態

東京拘置所刑場の「執行室」。死刑囚が立つ踏み板(中央下)は開いた状態(法務省提供)

 日本の死刑制度が国内外から問われている。女性初の駐日英国大使として2021年3月に着任したジュリア・ロングボトム氏(59)は「日本が死刑を廃止すれば、英国と日本との関係はさらに良くなる」と公言し、日本に死刑制度の見直しを強く求めている。政治家の会合に出席して死刑廃止の必要性を述べるなど積極的に意見を表明しており、現役の大使としては異例だ。
 また、大阪地裁では、死刑の手続きや執行方法について、国を相手に違法性を問う三つの訴訟が進行中だ。訴訟で原告側は、死刑の運用が国際的な人権基準にかなっていないと主張するとともに、死刑に関する情報の大部分が非公開で、執行の実態がブラックボックスになっていることも問題視している。
 裁判の行方次第では、現行の死刑制度の根幹が揺らぐ可能性もある。(共同通信=佐藤大介)
 ▽世界は死刑廃止が潮流
 国際人権保護団体アムネスティ・インターナショナルによると、2021年時点で死刑廃止国は144カ国。内訳はすべての犯罪に対して廃止が108、通常犯罪のみ廃止が8、10年以上執行のない事実上の廃止国が28。存置国は日本、中国、米国(一部州)など55カ国で、世界的には死刑廃止が潮流となっている。

死刑廃止国・地域と、死刑を執行した国・地域数の推移

 先進国主体の経済協力開発機構(OECD)加盟国(38カ国)で、死刑制度があるのは日本と韓国、米国のみ。韓国は1997年以降執行しておらず、米国は2021年7月から、死刑のあり方を検証するため連邦法に基づく執行を停止した。
 日本は2022年7月に1人の死刑を執行し、現在は106人の確定死刑囚が刑事施設に収容されている。バイデン大統領は大統領選で死刑廃止を公約に掲げており、政府として死刑執行を続けているのは日本だけというのが現状だ。
 日本の死刑制度について、外交官として過去に2回の日本勤務を経験し、日本社会をよく知るロングボトム氏は深い憂慮を示している。
 欧州連合(EU)では、憲法に当たる基本権憲章で「何人も死刑に処されてはならない」との規定があり、死刑廃止がEUの加盟条件となっている。27の加盟国全てに加え、2020年1月にEUを離脱した英国も死刑を廃止しており、欧州で死刑を存置しているのはベラルーシのみだ。
 EUは死刑について、生命権を侵害する刑罰で、誤審があった場合には取り返しがつかないと訴えており、日本が死刑執行した際には、駐日EU代表部などが批判の声明を出している。
 死刑制度にどういった懸念を抱いているのか、ロングボトム氏に話を聞いた。

インタビューに答えるジュリア・ロングボトム駐日英国大使

 ▽日本に死刑、英国人には衝撃
 ―日本に死刑廃止を強く求めている。
 「英国と日本は非常に親しい友人であり、多くの価値観を共有しています。しかし、考え方の異なる重要な問題があります。それが死刑制度です」
 「私が初めて日本で勤務した1990年代初めは、両国関係は経済が中心でした。現在は防衛・安全保障や気候変動、デジタル化など、あらゆる分野に焦点が当たっています」
 「関係が緊密化する中で重要になるのは、人権に対する価値観の共有です。日本が洗練された民主主義社会であるにもかかわらず死刑があることに、英国人の多くは衝撃を受けます」
 「死刑制度によって、日本の当局と情報を共有することに慎重になります。司法などデリケートな分野において、情報共有する際は死刑存置の事実を重く受け止めます。日本で死刑が廃止されれば、英国と日本の関係はさらに良くなるということを認識すべきです」
 ―日本は世論の8割が死刑支持とされる。
 「1960年代の英国は国民の7~8割が死刑を支持していました。しかし、政府は1965年に殺人罪での死刑執行の一時停止を決め、1969年に廃止へ踏み切りました」
 「世論の変化を待つのではなく、世界の流れなどを見ながら、政治家がリーダーシップを発揮することが死刑廃止に向けて重要なのです。世論のみを理由に死刑を廃止した国はありません」
 「英国では1950年代に少なくとも2人に対し、無実にもかかわらず死刑が執行されました。被害者のために死刑が必要だと主張する人もいますが、実際には死刑で罪のない命が犠牲になるのです」
 「日本では1980年代に4人の確定死刑囚が再審で無罪となりました。この点からも、司法のシステムは完璧ではなく、死刑は誤判で取り返しのつかない結果を生み出します」

インタビューに答えるジュリア・ロングボトム駐日英国大使

 ▽日本の「人権外交」にそぐわず
 ―日本政府は人権外交を掲げている。
 「そうした方針は歓迎すべきことです。ロシアによるウクライナ侵略に対し、日本は英国など先進7カ国(G7)加盟国と協力して非難を表明してきました。しかし、死刑制度があることは、そうした日本政府の方針との間に隙間が生まれると思うのです」
 「日本は2018年、死刑執行の停止を求める国連決議に反対票を投じましたが、アジアで同じ対応をしたのは中国と北朝鮮です。私たちが人権や自由を守るために価値観を共有していると考えている一方で、日本がそうした国と同じグループに入るのはとても残念です」
 ―日本の死刑囚は外部との接触が厳しく制限され、刑の執行は直前に通知されている。
 「私たちは誰もが基本的人権を有し、それは常に尊重されるべきです。罪を犯した人も同じです。日本の死刑囚が外部とのアクセスを制限されているのは、国際的な基準に沿って見直すべきです」
 「家族や友人に最後の別れをする時間も与えずに処刑することは非人間的です。もちろん、絞首刑という執行方法が残虐であり、死刑そのものが人道に反することは言うまでもありません」
 「とても問題なのは、死刑に関する情報の大部分が公開されていないということです。情報がないのは、死刑の是非に関する議論の根拠がないということになります。日本で死刑に関する議論が進むよう、後押ししていきたいと思っています」
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 JULIA・LONGBOTTOM 1963年英国ヨークシャー生まれ。86年に英国外務省入省。在日英国大使館2等書記官、同省極東部長、駐日英国公使などを経て、2021年3月より現職。

インタビューに応じるジュリア・ロングボトム駐日英国大使

 ▽絞首刑の残虐性など問う
 また、国内の動きとして注目されているのが、大阪地裁での三つの訴訟だ。
 これらの訴訟では①再審請求中の執行②執行の当日通知③絞首刑の残虐性―が争われている。原告側は、現状は憲法や残虐な刑罰を禁じる国際人権規約に違反するとして、国に死刑執行の差し止めや損害賠償などを求めている。死刑囚の人権や弁護権の侵害などを理由に、死刑制度の違法性を問うのは異例だ。
 再審請求中の執行に関する提訴は2020年12月25日。再審請求中の元死刑囚=当時(60)=が2018年12月に大阪拘置所で死刑執行され、弁護権の侵害による精神的苦痛を受けたとして、元弁護人ら3人が国に計1650万円の損害賠償を求めた。
 また、死刑執行の当日通知についての訴訟は、当日通知は異議申し立ての手続きをとる時間がなく、刑事訴訟法に違反するなどとして、大阪拘置所に収容中の死刑囚2人が慰謝料と通知当日の執行をしないよう求め2021年11月4日に提訴したものだ。
 絞首刑の残虐性を巡っては、2022年11月29日、絞首刑による死刑は国際人権規約に違反するなどとして、大阪拘置所に10年以上収容されている死刑囚3人が、慰謝料と執行差し止めを求める訴訟を起こした。
 三つの訴訟に関わっている元大阪弁護士会会長の金子武嗣弁護士は「死刑に関する詳細は法律に定められていないため、再審請求中の執行や当日告知など、国の裁量によって恣意的な運用が可能になっている」と批判する。
 こうした背景には、法務省の死刑に関する「秘密主義」があると指摘し、裁判で国側に情報公開を迫る考えだ。金子弁護士は「絞首刑の残酷さや死刑囚への非人道的な処遇という現実を知れば、死刑賛成が多数の世論も変わるのでは」と話す。
 裁判では、死刑の実態を示す資料も証拠として出されている。当日通知に関する訴訟では、1955年に大阪拘置所で執行の2日前に死刑囚へ通知し、絞首刑が執行されるまでの様子を録音した音声データが提出された。
 死刑は、法相の決裁から5日以内に執行されるが、通知する時期を定めた法律はなく、1970年代までは前日に本人や家族に知らされ肉親などと面会することも可能だったが、現在は1~2時間前に本人へ告げられ、すぐに執行されている。
 また、絞首刑の残虐性を問う訴訟では、執行時に首が体から離断する可能性があるとする専門家の見解などを示し、耐えがたい苦痛を与える非人道的な方法だと原告側は主張している。

絞首刑が残虐だとして、執行差し止めなどを求める訴訟について記者会見する代理人の弁護士=11月、大阪市

 ▽国会でも議論へ
 一方、国会でも、死刑制度に関する超党派の議連が、情報公開や終身刑導入について検討する動きを見せている。死刑は国の法律によって行われているため、制度の見直しは立法府である国会での議論が不可欠だ。
 超党派で死刑制度の存廃について議論する「日本の死刑制度の今後を考える議員の会」は11月30日、国会内で会合を開き、終身刑の導入や、死刑執行を一時停止して制度の是非を検討することなどを議論した。
 議連では、将来的な死刑廃止を前提としない形で新たに終身刑を創設し、一定期間を服役した後に仮釈放が可能な無期懲役と生命を奪う死刑との間に、もう一つの選択肢をつくる形を想定している。これに対しては、死刑を存置したままで終身刑を導入するのは、厳しい刑罰を増やすだけだという批判もあり、今後の議論の焦点となる。
 議連では死刑の情報公開について法務省に見解を求めたが、担当者は「保安上の問題」などを理由に、消極的な姿勢を示した。また、刑場の視察も求めたが「最も重い刑を執行する厳粛な場所なので、公開は差し控えたい」との答えだった。
 会長の平沢勝栄衆院議員(自民)は「国際的な動向も見て、日本が死刑に関する何らかの方向性を出すことは必要」と述べた。また、法務省に対し「なぜ情報を出さないのか納得できない。根拠を説明するよう求める」との考えを示した。
 議連は12月7日、国会内で開いた会合にロングボトム氏を招き、意見を聞いている。ロングボトム氏は日本に死刑制度があることへの英国の見方や、日英関係の影響などについて説明し、出席した議員からの質疑に答えていた。

報道機関に公開された東京拘置所の刑場。三つのボタン(中央左)が押されると、そのどれかが作動して絞首台の踏み板(奥の囲み部分)が外れる=2010年8月、東京・小菅

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