「もう1人産もうとは思わない」出産一時金が50万円に増額、岸田首相は「過去最高」と誇示するが…

生後間もない赤ちゃん(イメージ)

 子どもを産んだ際に受け取れる出産育児一時金が、2023年度から8万円増の50万円となることが決まった。岸田文雄首相が2年以上取り組んできた肝いりの政策で「引き上げ幅は過去最高だ」と誇示した。子育て世帯からは歓迎の声が上がったものの、一方で「これだけではもう1人産もうと思わない」と冷静な声が聞こえてくる。(共同通信=若林美幸)

 

臨時国会閉幕を受けての記者会見で出産育児一時金を50万円に引き上げると表明した岸田文雄首相=2022年12月10日、首相官邸

 ▽菅前首相に対抗する形で打ち出した政策
 岸田首相が出産育児一時金に言及したのは、2020年9月の自民党総裁選。当時政調会長だった岸田首相は初めて出馬し、当時官房長官だった菅義偉氏の少子化対策に対抗する形で、一時金の引き上げによる「出産費用の実質無償化」を掲げた。一方、菅氏は「不妊治療の保険適用」を掲げた。
 総裁選に敗れて菅政権が発足した後、出産費用の負担軽減に関する国会議員連盟を立ち上げ、共同代表に就いた。議員連盟として出産育児一時金の引き上げを政府に提言したものの、待機児童解消など他の子育て政策に財源が必要となり、見送られた経緯がある。首相に就任した今回はリベンジの意味合いが強く、2022年6月に「大幅に増額する」と早々に宣言した。
 出産にかかる費用は、年々上昇している。2021年度の公的病院の平均額は約45万5千円に上る。これに加え、出産事故に備える「産科医療補償制度」の掛け金1万2千円もかかる。合計約47万円が必要だ。
 現行の出産育児一時金は42万円で、出産費用の支払いの際には平均で5万円足りない計算だ。一時金の引き上げ幅はこれまで5万円が過去最大だったが、今回は8万円増の50万円になった。理由は、岸田首相が「47万円では大幅増額とは言えない」として一層の上積みにこだわったからだ、と政府関係者は説明する。引き上げにこだわった背景には「せめて出産時にかかる平均費用は一時金でカバーしたい」との思いもあったという。
 ただ、出産育児一時金の主な財源は、現役世代の公的医療保険の保険料。増額すれば、負担は若い世代にのしかかる。このため政府は2024年度以降、75歳以上の保険料からも一部を拠出する仕組みへ変更することも決めた。
 政府はさらに、出産前後で計10万円相当を配る「出産・子育て応援交付金」も新たに創設した。相次ぐ閣僚の不祥事や、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)問題などの逆風に直面する中、政府一丸での少子化対策をアピールする狙いだ。

 

生後間もない赤ちゃんの手(イメージ)

 ▽「地方では子どもを大学に進学させることが一番の出費」
 
 出産育児一時金の額は全国一律だが、出産は病気ではないため原則自由診療で、かかる費用は地域や医療機関によって大きく異なる。
 東京都のフリーランスの明日香さん(35)=仮名=は2021年、都内の有名病院で無痛分娩により長男(1)を出産した。夫婦ともに実家は遠方にある。新型コロナウイルス禍のため里帰りは諦め、自宅から近くて設備や体制が整った病院を希望した。
 出産育児一時金を超えて支払った自己負担分は約90万円。明日香さんは、安心のための必要経費だったと納得している。ただ、こうも思った。「一時金の増額はありがたいが、お金がかかるのは出産後だ」

東京都の明日香さん(35)=仮名=が出産した医療機関の請求書。この他に子どもの分の請求もあり、出産育児一時金を超える自己負担は約90万円だった

 「もっと保育所に子どもを預けやすい社会にしてもらいたい。現状は保育所に入れるのはフルタイム勤務の母親が中心だ。パートやフリーランスでも入りやすくなるよう充実させてほしい」と訴えている。
 熊本市の会社員の真弥さん(37)=仮名=は2022年、個室で豪華な食事が付き、新生児集中治療室(NICU)もある病院で長男を出産した。自己負担は5千円で済んだ。出産育児一時金が増額されれば出産費用は全て賄え、数万円が余ることになる。
 それでも、真弥さんも財源を注いでほしいのは出産費用ではないと言う。「地方では、子どもを都会の大学に進学させることが一番の出費。出産時や子どもが小さい頃に比べ、高校や大学進学にかかる負担の方が大きい。県外の高校や大学に行けば、都会に住む家庭よりも費用がかさむ」
 出費が同時期に集中することを避けるため、長女の出産から6年空けて長男を産んだ。「夫婦ともに正社員でも、子どもは2人が限界。高等教育への補助を増やしてもらう方が良い」
 明日香さん、真弥さんの2人に共通するのは「出産前後の支給が若干増えるくらいでは、もう1人産もうという動機にはならない」という思いだ。
 

 

 ▽女性が産み育てやすい環境を
 日本は少子化に歯止めがかからず、2022年の国内の出生数は統計開始後、初めて80万人を割る見通しとなっている。女性の出産年齢も上昇。背景には、低賃金で子どもを持つ余裕がなかったり、キャリア確立のため先送りせざるを得なかったりする事情がある。
 日本総研の西沢和彦主席研究員は、そもそも出産費用を抑える工夫も必要だと指摘する。出産年齢が上がると高度な措置が必要となるケースも増えるなど、費用も上昇する相関関係があるため「女性が産みたい時に産めるように環境を整えることが必要だ」。政府にはこう注文を付けた。「政府は各論に終始するのではなく、労働環境の整備や男性の意識改革など、複数の政策を組み合わせた『青写真』をきちんと描くべきだ」

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