日本代表が訪問した卓球場オーナーが語るアメリカ卓球最前線「アマチュアがプロと試合できる!?」

先日、Rallys公式インスタグラムにこんなDMが届いた。

「A picture of Japanese Team at Texas Table Tennis Club(日本代表選手がテキサス卓球クラブに来たよ!)」

このメッセージと共に添付されていた写真には、確かに張本智和選手や伊藤美誠選手ら日本代表選手が写っている。

8割の不安と2割の好奇心でやり取りをしていくと、アカウントの主はなんと、昨年の世界選手権ヒューストン大会の際に日本代表選手が練習場所として実際に利用した卓球場のオーナーだった。

「これは、なにかしらオモシロい話聞けるかも?」

ということで、実際にオーナーのディランさんにお話を伺った。

「今のアメリカ卓球は30年前の…」

――今回はアメリカの卓球事情についてお伺いできればと思います。

ディラン:私の住んでいる地域だと5~10個ぐらいクラブがありますが、それらは週に3日、朝しか営業していないところもあります。また、ほとんどは行政によって運営されているため、卓球場の年会費は100~200ドル程度で済みます。なので、多くの卓球愛好家に愛されています。

――そもそも、アメリカでは卓球は人気があるんでしょうか?

ディラン:そうですね。やはり、野球やバスケットボールといったスポーツが人気です。

写真:アメリカでは野球やバスケットボールが根強い人気を誇る/提供:Jimmy Conover

選手育成の面で言えば、アメリカやバスケットボールは学校教育の中で指導のプログラムが整備されていますが、卓球はそうじゃない。個人的には、アメリカのスポーツ教育システムは卓球を重要視していないように感じますが、将来的には卓球が重要視されると思っています。なぜなら、ここ数年アメリカの世界ランキングは徐々に向上しているからです。

――確かに、ここ数年、アメリカの卓球選手はグッと伸びてきている印象があります。

ディラン:昨年の世界選手権後には、卓球はアメリカで多くの注目を集めていました。その様子は、30年ほど前のアメリカサッカーのようでした。

――というと?

ディラン:30年前と比較するとアメリカのサッカーは強くなりましたが、それは学校の指導プログラムが整備されてきているからです。

――アメリカでは、スポーツ習熟において学校教育が果たす役割が大きいんですね。

ディラン:もちろん、大学レベルになると、卓球も指導プログラムがあります。実際にテキサスのある大学では、プロ卓球選手を育成するプログラムを実施しています。ですが、高校生以下の年代では整備されていません。

ただ、私は近い将来、卓球もサッカーのようにきちんとした指導プログラムが各学校に整備されると信じています。

世界各国の選手がアメリカ代表を強くしてくれる

――「アメリカの学校では全国的に、選手を指導するプログラムが整備されていない」と、おっしゃっていましたが、一方で近年アメリカでは、カナック・ジャーやチャン・リリーといった実力のある選手出てきています。それはなぜでしょうか?

写真:カナック・ジャー(アメリカ)/提供:WTT

ディラン:アメリカで強い卓球選手の多くは、中国、ベトナム、インドといったアジア人の親を持つ2世選手です。カナック・ジャーの父親はインドからの移民なので、彼も2世選手になります。

また、今日「強いアメリカ人選手」の大半は、家族の手厚いサポートを受けています。ジャーにしても、幼少期から素晴らしい環境で練習を行ってきました。

――家族の手厚いサポートという点に関しては、日本と似ているところがありますが、移民という点はアメリカならではの側面だと感じました

ディラン:そうですね。幸い、アメリカには経済力があり、人々は快適な生活を送れます。そのため、最近では世界各国の有名卓球選手がアメリカに移り住んできています。7月にはウクライナのコウ・レイが戦争から逃れるためにアメリカに来ましたしね。

写真:コウ・レイ(ウクライナ)/提供:WTT

彼らヨーロッパ選手は、アメリカの卓球をより強く、より人気になるように尽力してくれます。さらに、ヨーロッパ人だけでなく、中国人や日本人の2世選手の存在もアメリカの卓球を強くしてくれているのです。

――ディランさんのクラブにも移民選手はいるんでしょうか?

ディラン:ええ。ベトナムからの移民2世の選手が二人いるんですが、彼らは二人ともアメリカのジュニアナショナルチームの選手です。

――代表選手ですか!すごいですね。

ディラン:また、私のクラブではジミー・バトラー(バルセロナ五輪、アトランタ五輪アメリカ代表)がコーチをしています。

写真:元五輪代表のジミー・バトラー(アメリカ)/提供:usatabletennis

その他にも、ルーマニア出身の選手もコーチとして働いていますし、来年の2月からは中野優(法政大出身、元JR北海道)さんも常勤コーチとして働いてくれる予定です。

写真:中野優(法政大→JR北海道)/撮影:ラリーズ編集部

今話題の「アメリカ卓球レイティングシステム」とは?

――アメリカには全国規模の卓球レイティングシステムがあると聞きました。

ディラン:はい。アメリカでは、プロとアマチュアの垣根を越えて試合できる「レイティングシステム」をベースにした大会が開催されており、レイティングの基準はWTTを参考にしています。

例えば、先ほどのコウ・レイは世界ランキング183位ですが、アメリカのレイティングシステムだとレート2852になります。目安としては、世界大会などで活躍する男子選手でレート2700~2900ぐらいです。

もし馬龍(マロン)が参加したら、2900~3000ぐらいですね。

――一般選手だとどのぐらいの数値になるんでしょうか?

ディラン:パラ日本代表コーチを務めていた楠原憧子(専修大出身)さんが以前私のクラブに来てくれて、クラブ主催のレイティングトーナメントに参加してくれました。彼女はトーナメントで勝ち進んだんですが、最終的にはレート2600ぐらいのルーマニア人の男子選手に負けました。

しかし、その過程で2500ぐらいの選手には勝っていたので、最終的なレートは2495ぐらいです。

――数値で自分の実力が可視化されるのは、やっぱり面白いですね。

写真:Texas Table Tennis Club/提供:Texas Table Tennis Club

ディラン:さらに、賞金も出ます。賞金は各クラブが負担しますが、いくつかのクラブではスポンサーがいるので、そういったクラブの賞金は高いですね。高いところだと、優勝者が2~3000ドルぐらいです。

さらに、トーナメントは毎週どこかのクラブで開催されています。なので、強い選手は大会に出続けて勝ち続ければ、その賞金だけで生活できたりしますね。

――めちゃくちゃ夢がありますね、その生活(笑)

卓球の話を日常会話に

日本では個人の卓球場や外部の指導員による指導で強化を図ることが多いが、アメリカは全国的な指導プログラムを整備して強化を図る。ともにメリット、デメリットはあるが、アメリカのシステムは「全選手の底上げ」に繋がると感じた。

もちろん、現時点での実力を比較すると、日本の方がアメリカよりも卓球の実力は高いと言える。しかし、整備されたアメリカの指導プログラムで育った選手が世界で活躍し、日本を脅かす存在になることもあり得ない話ではない。

また、学校教育の指導プログラムの整備やレイティングシステムなど「卓球の普及」という点に関して、日本がアメリカを見習うべき部分もあるのではなかろうか。

この原稿を書いている今、カタールではサッカーW杯が開催されている。

「昨日〇〇がゴール決めたよな!」「明日の試合、絶対見る!」

街を歩けば、誰もがサッカーの話題を口にしている。

「昨日の世界卓球、〇〇が中国の〇〇に勝ったよな!」「〇〇のチキータ、ヤバすぎた(笑)」

こんな会話が日本の至るところで聞こえてくる未来を創るヒントは、アメリカにあったのかもしれない。

取材・文:和田遥樹

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