貴重な作品が並ぶスイス プチ・パレ美術館展で片桐仁がアート激動の時代を回顧

TOKYO MX(地上波9ch)のアート番組「わたしの芸術劇場」(毎週金曜日 21:25~)。この番組は多摩美術大学卒で芸術家としても活躍する俳優・片桐仁が美術館を“アートを体験できる劇場”と捉え、独自の視点から作品の楽しみ方を紹介します。9月9日(金)の放送では、「SOMPO美術館」で開催されていた「スイス プチ・パレ美術館展」に伺いました。

◆今は見ることのできない貴重な作品の数々

今回の舞台は、東京都新宿区にあるSOMPO美術館。

フィンセント・ファン・ゴッホの代表作「ひまわり」が鑑賞できる当館は、1976年に画家・東郷青児の支援の下「東郷青児美術館」として開館。その後2020年に現在の場所に新設され、館名をSOMPO美術館へと変更。新宿のアート・ランドマークとして年に5回ほど企画展を開催しています。

片桐は、そんなSOMPO美術館で開催されていた「スイス プチ・パレ美術館展」へ。プチ・パレ美術館は1968年に開設された個人の美術館で、19世紀後半から20世紀前半のフランスの近代絵画を中心に収蔵。しかし、1998年に創設者が亡くなって以降休館しており、本展は普段見ることができない作品が鑑賞できる貴重な機会。

今回は、学芸員の武笠由以子さんの案内のもと、印象派からエコール・ド・パリまで、有名画家による名作が次々に生まれた激動の時代を本展で振り返ります。

◆光の表現を模索した印象派、新印象派

まずは19世紀後半にフランスで始まった「印象派」から。「これはあの画家ですね!」と見た瞬間に片桐が声を上げたのは、印象派の巨匠オーギュスト・ルノワールの「詩人アリス・ヴァリエール=メルツバッハの肖像」(1913年)。これは彼の晩年、南フランスで活動していた頃に依頼を受けて制作した肖像画です。

当時、彼は画家としての地位を確立し、肖像画の依頼を引き受けることはあまりなかったものの、これはモデルの女性の美しい髪を見て"描きたい!”と思ったとか。全体的に温かな色彩で筆致も伸びやか、そして白いドレスの光沢も巧みに描かれている本作に「(ドレスが)透け感がある。そこに並々ならぬこだわりを感じますよね。華やかで温かい感じで、いつの人が見てもこれは素敵な絵だなと思いますよね」と見入る片桐。

続いては、点描という手法で色彩や光の表現に科学的理論を取り入れた「新印象派」の作品、シャルル・アングランの「収穫」(1887年)です。

補色(反対色)を加えることで光をより鮮やかに描こうとしたのが新印象派の試みであり、本作でも空や藁、草の色がそうした計算のもと描かれています。

光を表現しようという点では印象派と同じですが、色彩や光に関する新しい科学的な理論を取り入れ、より正確に描こうとしたのが新印象派。新印象派の画家たちは、徐々に自分なりの表現、独自の描き方を模索していきます。

◆芸術様式が激変…フォービスム、さらにはキュビスム

印象派、新印象派の次は、アンリ・マティスらに代表される「フォービスム」、そしてピカソが牽引した「キュビスム」。まずフォービスムの作品は、アンリ・マンギャンの「室内の裸婦」(1905年)。左側のベッドや右下のカーペットが斜めの線を描き、一方で奥のイーゼルや女性が腰掛けている椅子などは垂直。それらを組み合わせることで、見事に画面を構成しています。

片桐は「すごい原色ですよね!」とその印象を語ります。そもそもフォービスムとは20世紀初頭に生まれた芸術運動で、大胆なタッチと色使い、目に映る色彩ではなく心が感じる色彩を表現するのが特徴。本作でも大胆な色彩と大胆な筆致ながら、とても統一感のある仕上がりとなっています。

そして、続くはピカソやブラックらに代表されるキュビスム。その創設者のひとりと言われ、画家としてだけでなく理論家としても重要な存在、アルベール・グレーズの「座る裸婦」(1909年)。

キュビスムは、概念のリアリズムを主張し、それまで西洋美術で当たり前だった遠近法などのルールを根底から覆した、とても革新的な表現が特徴です。

キュビスムになると、より空間の構成やモチーフの形態に画家たちの関心は移っていくなか、ピカソやブラックはいろいろな視点からモチーフを眺める「複数の視点」を画面に導入。しかし、幾何学的な形態が集まっている本作はそうでなく、あくまでひとつの視点からモデルを描いており、他のキュビスム作品に比べると見やすく、わかりやすい作品となっています。

◆パリで開花した芸術運動、エコール・ド・パリ

最後は、20世紀初期のパリを象徴する「エコール・ド・パリ」。20世紀に入り多くのアーティストたちは芸術活動が盛んなパリへ。彼らはモンマルトルやモンパルナスを拠点に主義や信条を立てずに活動します。そうした画家たちの総称がエコール・ド・パリで、彼らは交流を深めながら数々の名作を生み出しました。

まずはそのひとり、モイズ・キスリングの「サン=トロぺのシエスタ」(1916年)。彼は1910年にパリに経ち、最初はモンマルトル、その後モンパルナスにアトリエを構え、モディリアーニやブラックらと親交を持ちます。本作を前に片桐は「カラフルな絵ですね」、「1916年というと第一次世界大戦中。なのに平和的な」と感慨深そうに語っていましたが、これが描かれる前年、1915年にキスリングは従軍するものの負傷して戦線離脱。その後、南フランスに休暇で赴いたときにこの作品が描かれたそう。

画中には、本人とともに後にキスリングと結婚するルネが描かれています。これは活動初期の作品で、当時はまだキュビスム全盛。本作も所々が幾何学的で、その影響がうかがえます。また、色彩も大胆でフォービスムなどキュビスム以前の美術運動の影響も垣間見える作品で、片桐は「フォービスムとキュビスムの影響を受けて、上手くそれを昇華させている。絵としてはすごく平和的な、素敵な絵ですよね」とうっとり。

次は、パリの風景を多く描いたことで知られるモーリス・ユトリロの「ノートル=ダム」(1917年)。彼は1883年にモンマルトルで生まれ、幼い頃から飲酒。10代でアルコール依存症となり、その治療の一環として絵を描き始めました。

ユトリロといえば1910年代の「白の時代」が有名ですが、本作はその後の「クロワゾネの時代」の作品。クロワゾネとはフランス語で"区切られた”という意味で、本作も太い黒い線で建物の輪郭を描き、建物の量感をはっきりと描いているのが特徴。クロワゾネの時代になると色彩が鮮やかなものもあり、なおかつ小さい人物も多く描かれるなど、画中に活気がうかがえるのも大きな特徴です。

そして、そんなユトリロの作品の隣にあるのが、彼の母親シュザンヌ・ヴァラドンの「暴かれた未来、あるいはカード占いの女」(1912年)。

ユトリロの母親もまた画家であることに片桐も驚いていましたが、彼女はもともとルノワールやピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌのモデルを務め、そのなかで多くの画家を観察。自然と絵を描くテクニックを学び、自分でも描くようになったそうで、思わず片桐は「そんな人、他にいます!?」とビックリ。

ヴァラドンは特にモンマルトルの売春婦を多く描き、本作もそのひとつ。そして、通常は裸婦というと理想化された裸体を描くことが多いなか、彼女は垂れた胸や弛んだお腹など、ありのままの様子を描写。そして、肌の描き方も肉付きの良い肉体を強調するように立体感を出しており、滑らかな肌ではなく、量感をそのまま大胆に力強く表現することに重きが置かれています。さらに背景まで丁寧に描かれ、片桐は「そういうところが女性の細やかさを感じますね」と感心しきり。

印象派、新印象派、フォービスム、キュビスム、そしてエコール・ド・パリと各時代の名作を楽しんだ片桐は「初めて知るアーティストの作品も多かったんですけど、やはりその時代ごとに最先端の絵があり、それがお互い影響を受け合い、ストーリーやエコール・ド・パリとか輝いていた時代みたいなものを感じられる面白さなどがありますね」と率直な思いを語ります。さらに「思ったことを感じればいいんだなってことを改めて思わせてくれる、美術館に行く入門的な展覧会なのかなとも思いました」とも。

そして「印象派やフォービスムやキュビスムなど、絵画の動向をわかりやすく紹介してくれた『スイス プチ・パレ美術館展』、素晴らしい!」と称賛し、芸術史を大きく変えたフランスの名作たちに拍手を贈っていました。

◆今日のアンコールは、オーギュスト・ルノワールの「帽子の娘」

「スイス プチ・パレ美術館展」の展示作品のなかで、今回のストーリーに入らなかったもののなかから、学芸員の武笠さんがぜひ見て欲しい作品を紹介する「今日のアンコール」。武笠さんが選んだのはオーギュスト・ルノワールの「帽子の娘」(1910年)です。

これは本展覧会に合わせ出品したSOMPO美術館の収蔵作品で、片桐は「最初に見た『詩人アリス・ヴァリエール=メルツバッハの肖像』よりも完成度で言えば、描き切れていない部分もあるんですけど、瑞々しく動きがあって、今にも動き出しそうな感じですね」とその印象を述べます。一方、武笠さんは女性が柔らかに微笑んでいる様子や帽子についた花などがとてもかわいらしく、見ていて心が安らぐ、特に難しいことを考えずに見ているだけでやさしい気持ちになる作品とその魅力を語っていました。

最後はミュージアムショップへ。まずは数多く並ぶクリアファイルを前に「ユトリロの絵はクリアファイルになるといいですよね~。まるでノートルダムに行ったかのような。これはノートルダム寺院のショップに売っていそうな感じのパンチがありますね」と片桐。

トートバッグもユトリロの作品がモチーフになっているものが多く、やはりこちらではユトリロのグッズが人気だそう。その他にも有平糖というお菓子を手にしつつ、片桐が注目したのはポストカード専用の額。クリアファイルと並ぶ定番グッズ、ポストカードを飾る額がこちらには7~8種類あり、片桐は「ポストカードを買っても家に帰ったらもう(袋から)出さない人がいるじゃないですか(笑)。これを買ってかければすぐに飾れますね」と興味を示していました。

※開館状況は、SOMPO美術館の公式サイトでご確認ください。

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<番組概要>
番組名:わたしの芸術劇場
放送日時:毎週金曜 21:25~21:54、毎週日曜 12:00~12:25<TOKYO MX1>、毎週日曜 8:00~8:25<TOKYO MX2>
「エムキャス」でも同時配信
出演者:片桐仁
番組Webサイト:https://s.mxtv.jp/variety/geijutsu_gekijou/

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