CM史とCM炎上史(下) 歳末は「火の用心」最終回

林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録

【まとめ】

・フェミニストと称される人たちから、露出度の高い服装の女性が描かれたポスターなどに対しクレームが多い。

・CMはまだ「見ない自由もある」が、駅など公共性が高い場所のポスターはそうも行かない。

・過激な意見を発信し承認欲求を満たそうとする声が多数意見なのか、検証するゆとりもなく拡散される。

前々回、CMにも意外と面白いものがあると述べた。

数年前、意外どころか本当に吹いたのがJAバンクのCMで、先輩の女子社員が新人に、

「分からないことがあったら、なんでも聞いて」

と話しかける。すると、いかにもオタク青年風の新人が、ぼそりとつぶやくのだ。

「人はどこから来て、どこへ行くのでしょうか」

女子社員が固まってしまう演技が素晴らしかった。バリバリのキャリアウーマンという風情でなかったところが、またいい。なんという女優さんか知らないが。

より最近、具体的には令和になってからだが、求人ボックスというアルバイト紹介サイトのCMで、たまたま目にとまった女の子が実にかわいらしく、この時はつい検索をかけてしまった。

ネット社会は、こういう時だけはありがたい。瞬時に「福原遥」の名がヒットした。現在NHKの朝ドラで主演をつとめる(ごめん、ちゃんと見てない)、あの福原遥である。子役当時から人気者だったようだが、そのあたりはよく知らない。

とは言え、いくらCMが面白かったり印象的であったとしても、今のところバイトを探すつもりはないし、JAバンクに新規で口座を開こうという気も起きなかった。

CMなど所詮その程度のもの……と言いたいところだが、業界の噂によれば、若い頃から

「炭酸飲料は嫌いではないが、コーラだけは口に合わないので飲まない」

などと公言していたにも関わらず、早見優が出演したCMを見た途端に宗旨替えしてコカコーラを買いに走った作家がいる、とのことなので、価値観は人それぞれということか。

他にも昭和の時代には、グリコのポッキーのCMが、女性アイドルの登竜門などと言われていた。

岡田奈々(AKBのお騒がせ女とは、同姓同名の別人)、山口百恵、倉田まり子、松田聖子、本田美奈子……と列挙しただけで涙腺が怪しくなるが、これに共感していただける読者は、残念ながらもはや高齢者と呼ばれる身であろう笑。

平成の世でもガッキーこと新垣結衣がこのCMでブレイクしている。

ただし後日談があって、彼女の後に起用されたのがタレントのIMALUであった。明石家さんまの娘だが、放送開始直後から、

「見るに堪えない」「ガッキーに戻して」

というクレームが殺到したそうだ。気の毒にも思えるが、当人が、血は争えないと言うべきか、あちこちで自虐ネタにして笑いを取っているので、そのまま引用させていただいた。

他にも1987年から放送された、三井のリハウスのCMも美少女揃いで、リハウスガールと称されていた。初代が宮沢りえで、夏帆や川口春奈などがいる。

昨年、その宮沢りえが、15代目リハウスガールの近藤華と共演し、

「ママもあなたぐらいの時に、初めてリハウスしたのよ」

と語るCMが話題になった。1987年というと私は日本にいなかったので、リアルタイムでは見ていないが、彼女は当時14歳。ロングヘアの初々しい姿をYouTubeで見て、

「面白うて やがて哀しき」

という気分にさせられた。子の感情もまた、昭和世代にしか分からないものであろうか。

平成の後半に一世を風靡したAKBも、色々なCMに出演していたが、炎上騒ぎが起きたことがある。

2012年に放送された、UHA味覚糖「ぷっちょ」のCMで、当時の人気メンバーだった「初代神7」が、次々とお菓子を口移しして行く。

女の子同士のキスシーンのようにも見えてファンは狂喜……と思いきや

「不衛生だ」「下品極まりない」

という抗議が殺到し、BPO(放送倫理・番組向上機構)が乗り出す騒ぎになったとか。

食べ物だから、衛生上どうなのかというCMは抗議を受けても仕方なかっただろうが、中には首をかしげたくなるような炎上エピソードもある。

2014年に放送されたKIRINのチューハイ「本搾り」のCMで、巨大な(と言っても成人男性くらい)カエルの着ぐるみが登場するのだが、これがなぜか、

「未成年者のアルコール飲料に対する関心を助長する」

として、依存症の問題に取り組む団体から抗議を受けたのだとか。

前回も少し触れたが、これがよろしくないというのであれば、

「ボトル一本空けられなくて男か」

というのはどうなのか。晩酌のたびにウィスキーのボトル一本空けられる人は、すでにアルコール依存症の疑いがある。

この件についても、やはり前に紹介した、大手広告代理店の社員に話を聞いたが、

「CM制作の現場は、結構気を遣っているのですけどね」

ということであった。たとえば、妊娠中の女性はアルコール飲料のCMに出演させない、との不文律があるので、既婚の女優や女性タレントの起用には慎重なのだとか。

問いと答えが噛み合っていないようにも思えたが、カエルの着ぐるみが未成年者の飲酒を誘発しかねないという論理の方が、よほど理解しがたい。

このような、クレーマーと称される人たちの怖さを示す例として必ず引き合いに出されるのが、2014年に放送されたカルビーのポテトチップスのCMである。

出演は三又又三(みまた・またぞう)。ビートたけしの弟子で、武田鉄矢のものまねなどをレパートリーとする「キモい」系のお笑い芸人だ。

その彼が突如として、公園でサッカーボールを蹴ったり、さわやかな青年を演じたところ、ネットが沸騰し、

「生理的に受け付けない」「このCMが流れている間は買わない」

というクレームが殺到。なんと3日で放送中止に追い込まれたという。

CM自体、ビートたけしが監修していて、彼一流の毒を含んだユーモアであったのかも知れないが、視聴者の受け容れるところとはならなかった。前々回に『ハリスの旋風』という漫画・アニメについて述べたが、お菓子のスポンダードはなかなかハードルが高い事業であるらしい。

最近はまた、フェミニストと称される人たちから、露出度の高い服装の女性が描かれたポスターなどに対してクレームがつく例も多い。性的な画像が不愉快なのだとか。

たしかに、CMはまだ「見ない自由もある」で済まされるが、駅など公共性が高く人も多い場所に貼られるポスターは、そういうわけにも行かない。

しかし、女性が肌をさらしているポスターの、一体どこが不愉快なのかは、いささか理解に苦しむ。

たとえば過去には、浅野ゆう子、早見優、山田優といった面々が、露出度の高い水着で登場するポスターがよく目についた。

しかしこれは、いずれも化粧品メーカーのポスターで、女性向けの日焼け止めなどを売り込むためのものだったのである。早い話が女性に向けて、こんなスタイルになってみたくはないですか、というコンセプトだったと思われる。よく盗まれて、ほとんどの場合、犯人は男性だったとも聞くが。

この例でも明らかなように、水着やミニスカートの女性が登場するポスターに、性の商品化という側面がないのかと言われれば、それはあるだろう。それでもなお、私はこうしたポスターやCMも「あり」だと思う。

端的に言えば、暴力はいけません、と言われたなら誰も反論はできないが、暴力反対という論理でもってプロレスが排撃されるようでは、それもそれで住みにくい世の中になってしまうのではないだろうか。

もうひとつ、これは明らかにネット社会の弊害で、前に取り上げたYouTuberの再生数稼ぎもそうだが、とかく過激な意見を発信して承認欲求を満たそうとする人がいる。そのような声が、本当に多数意見なのか否か、検証するゆとりもなく「ネットの声」として拡散されてしまうのだ。

声が大きい人の意見ほど通りやすい、というのは今に始まったことではないけれども、真に民主的な世の中とは、そうしたものではないはずである。

(これまでの連載はこちら。その1その2その3その4その5、その6林信吾の「西方見聞録」シリーズ

トップ写真:渋谷のスクランブル交差点でみられる数々の広告ポスター

出典:Photo by Frédéric Soltan/Corbis via Getty Images

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