暗黒物質由来の「反ヘリウム3」は(もしあれば)観測可能なことが判明

(Credit: ORIGINS Cluster/S. Kwauka)

銀河が銀河としてこの宇宙に存在する以上、その回転速度は重力で恒星を引き留められる限界の速度以下のはずです。ところが銀河の回転速度を実際に調べてみると、恒星の数をもとに見積もられた銀河の質量から推定される重力では、恒星を引き留めることが不可能なほど高速で回転していることがわかっています。この観測データは、光などの電磁波で観測ができず、重力を通じてのみ間接的に存在を知ることができる「暗黒物質(ダークマター)」の存在を示唆しています。その量は、電磁波で観測できる普通の物質の4倍以上もあることになります。暗黒物質の正体は現在でも不明です。

暗黒物質の正体の候補の1つとして、普通の物質とはほとんど相互作用しない未知の素粒子や、素粒子が結合した複合粒子の形態が提案されています。それらの直接観測は困難であるものの、そのような形態の暗黒物質が崩壊すると、観測可能な普通の物質に変化する可能性があります。その中で普通の物質を観測しやすい崩壊ルートがある場合、その量を観測することで、間接的に暗黒物質が存在するかどうかを知ることができます。

観測可能な物質候補の1つに、ヘリウムの反物質である「反ヘリウム3」があります。反ヘリウム3が観測対象となる理由はいくつかあります。まず、反物質は自然界にほぼ存在せず、発生源と観測シグナルが限られるという特性があります。次に、反ヘリウム3は地球上でも加速器を使って合成されており、性質が比較的判明している数少ない反物質です。さらに、暗黒物質の崩壊で生じる反ヘリウム3のエネルギーは低く、宇宙線による核反応で生じる反ヘリウム3と区別できることが示唆されています。

しかし、暗黒物質の崩壊で生じる反ヘリウム3は、通常であれば地球に到達するまでに数万光年の距離を進むと考えられます。反物質は通常の物質と衝突すれば消滅してしまうのですが、星間空間には星間物質としてガスなどの物質が非常に希薄ながらも存在するため、数万光年を移動する間に反ヘリウム3の何割かが消滅すると考えられます。では、その割合はどのくらいなのでしょうか?

世界最大の加速器施設「LHC(大型ハドロン衝突型加速器)」を利用している国際研究チームの1つ「ALICEコラボレーション」は、反ヘリウム3と物質の相互作用に関する割合を正確に測定することを試みました。

ALICEコラボレーションは、LHC内で陽子と鉛原子核を加速させ互いに衝突させることで、大量の反ヘリウム3を生じさせる実験を行いました。生成した反ヘリウム3は検出器に到達してシグナルを残します。その大量のデータを分析することで反ヘリウム3の性質を調べることが、元々の実験の主目的です。

しかし、原子核の衝突場所と検出器の間にある装置の性質を考慮することで、反ヘリウム3が物質と相互作用して消滅する確率を知ることができます。銀河の中にある物質密度は比較的判明しているため、反ヘリウム3と物質の相互作用に関する性質を詳しく知れば、これを銀河全体に当てはめることが可能となるのです。

【▲ 図: ダークマターの崩壊で生じた反ヘリウム3は、数万光年を進むうちに一部が物質と衝突して消滅するものの、残った一部が地球に到達しうると考えられる。宇宙線で生じる反ヘリウム3など他の起源の物とはエネルギーで区別できると考えられる。 (Image Credit: ALICE Collaboration) 】

実験の結果、銀河を数万光年進む反ヘリウム3は、全体の50%が地球到達前に消滅することが明らかにされました。これにより、暗黒物質の崩壊で生じる反ヘリウム3は、地球でもその半分程度を観測できる可能性が示されました。一方、宇宙線で生じる反ヘリウム3の消滅率は、その運動量によって10%から75%まで変化しますが、いずれの数値でも暗黒物質由来の反ヘリウム3とはエネルギー値で区別することが可能です。

宇宙に存在する反ヘリウム3は、国際宇宙ステーションに設置されているアルファ磁気分光計ですでにその存在が知られています。また2025年には、北極圏上空に気球を飛ばして観測を行うGAPS計画が予定されています。

これらの観測データを精査すれば、暗黒物質由来の反ヘリウム3の存在を示すシグナルの有無が明らかになるでしょう。もしそのようなシグナルがあるとすれば、暗黒物質の正体に関わる何らかの情報が得られるようになるかもしれません。

Source

  • Image Credit: ORIGINS Cluster/S. Kwauka
  • The ALICE Collaboration. \- “Measurement of anti-3He nuclei absorption in matter and impact on their propagation in the Galaxy”. (Nature Physics)
  • Laura Fabbietti. \- “Antihelium nuclei as messengers from the depths of the galaxy”. (Technical University of Munich)

文/彩恵りり

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