パーパスは背骨。社員全員を巻き込み、何度でも議論を:SB国際会議特別企画「BRANDS FOR GOOD+ SUMMIT」(1)

サステナブル・ブランド ジャパンは11月29日、企業がマーケティング活動(コミュニケーション)を通して生活者の行動変容を促すことを目的にした、米国発のイニシアチブである「Brands for Good」を日本でローンチした。これを記念して東京・日本橋の室町三井ホール&カンファレンスで行われた特別企画「BRANDS FOR GOOD+ SUMMIT」では持続可能な社会に向けて、企業のパーパスをブランディングにどう生かし、さらにそれをサステナビリティの文脈におけるマーケティングにどうつなげていくかという論点からさまざまなセッションが展開された。ここではセブン銀行会長の舟竹泰昭氏による「パーパス論」を紹介する。(廣末智子)

SESSION1「パーパス・ドリブン企業の実際」
パネリスト:
舟竹泰昭・セブン銀行 代表取締役会長
齊藤三希子・SMO(エスエムオー) 代表取締役=聞き手

お客さまの『あったらいいな』を超えて、日常の未来を生みだし続ける。

セブン銀行はセブンイレブン店舗内のATMを運営する金融機関として2001年に創業。現在、国内に約2万7000台、米国に約9000台、インドネシア約5000台、フィリピンに約3000台設置するATMをベースに事業の多角化を進め、グローバルで年間約1366億円の経常収益を上げる。そんな同社が、2021年に発表したのが「お客さまの『あったらいいな』を超えて、日常の未来を生みだし続ける。」というパーパスだ。

セッションは、このパーパスをトップとして先頭に立って推進した舟竹氏と、同社のパーパス策定にパートナーとして携わったコンサルティング会社、SMO(東京・港)の齊藤三希子CEOが対話し、齊藤氏が舟竹氏に質問を投げかける方式で進行した。

舟竹氏は、セブン銀行がパーパスを策定した背景を、「キャッシュレスの波が押し寄せ、現金をベースにしたビジネスに大きな逆風が吹くなか、次の展開を考えねばならない時期に来ていた」と説明。その上で「当社の原点である、お客さまの思いをもう一度明文化することで、会社の意思統一を図る」「そもそもこれから何のために存在していけばいいのか」「ATM以外のビジネスを展開する上での判断指標、道標になるものが必要だ」という3つの思いがきっかけになったと話した。

パーパス策定に向け、採用したのは全社巻き込み型のアプローチだった。それは「次代を担う若い人を含めて、しっかりと議論していきたい」と舟竹氏自身が強く感じたからだ。具体的には経営層と、入社1、2年目の若手から中堅まで約50人の社員有志によるチームを編成。約3カ月間、延べ14回のワークショップを開き、さらに約170人の社員に、会社の存在意義をどう考えているかについてのヒアリングやアンケートを重ねて内容を煮詰めたという。

「社員から、大事にしたい価値観は何か、この会社のどこがいいかといった要素をピックアップすると、膨大な数が出てきました。そして、その膨大な数から本当に必要なものは何かを絞り込む作業に入り、最後に10個残ったワードを、我々にとってはいちばんコアな部分に沿って再度絞り込み、それを一文に落とし込みました」(舟竹氏)

自分達で定めたパーパスを自分達で破るわけにはいかない

次に、話はパーパスの浸透の段階に及び、舟竹氏は、同社が社長のメッセージ動画や特設サイト、パーパスブックなどに加え、「役員陣にとって、お客さまがまさに目の前にいるという意識で議論できるように」との意味合いで、経営会議や取締役会に架空の“お客さま席”を設けるなどの取り組みをしていることを紹介。さらにそれを組織の中で具体的に落とし込んでいくなかで、「お客さまの『あったらいいな』を超えていないから」という判断から、既に数億円のコストをかけて準備に入っていた事業の開発を断腸の思いで却下したことも明かされた。

これについては当初、社内から「なんでやめるのか?」という非難の声も出たそうだが、舟竹氏は「お客さまの『あったらいいな』を超える事業を進めようとしている我々の姿勢を示す良い機会だった」と回想。さらに「やはり経営陣も含めて、自分達で定めたパーパスを自分達で破るわけにはいかない、疑いを持って進めるわけにはいかないという気持ちになった」と続け、パーパスが「経営の判断基準」となり得ることを示唆した。

一方、齊藤氏からは、「今、世の中がビジネス的に必ずしも良い環境ではない中、パーパスを見失ってしまう企業もあったりするが」と前置きした上で、「セブン銀行がパーパスを見失わず、パーパスを判断の拠り所にして邁進し続ける秘訣はどこにあるのか」とパーパスの核心に迫る質問も。

これに対し、舟竹氏は「お客さまの『あったらいいな』をもとに生まれたATMの運営という単純なビジネスをずっとやってきたことが強みになっている。他社との差別化のポイントはどこかを考えると、必ずその原点に戻ってくる。身近な生活導線の中にあるATMで何ができたらいいだろうという、常にお客さまの立場で考えざるを得ない状況にあるので、パーパスを見失わない環境に恵まれているのかもしれない。会社の風土的にもそうだ」と答えた。

さらに、舟竹氏からは「会社というのはまさに夢やお客さまの思いで誕生し、参画する人たちの情熱で成長する。そしてそこから取引が広がり、責任感が生まれて経営が安定するものだが、普通の会社はそれが徐々に行き過ぎ、過剰管理、過剰コンプライアンス、過剰PDCA、官僚主義に陥り、衰退期へと入る」とする言葉も聞かれた。

自身が社長に就任した2018年当時の同社は、「まさに衰退期に入る直前」で、「これではまずい」と改革を進め、「ちょうどその時に出てきたパーパスを使うことで、会社にもう一本背骨をたてようというところから始めた」。セブン銀行にとってパーパスは、文字通り「背骨」に当たるものなのだ。

最後はこれからパーパスを策定しようとしている企業へのアドバイス。舟竹氏は「せっかくつくるのであれば、社員全員を巻き込んだ形でつくり、そのプロセス自体を大事にしてほしい。何度でも何度でも議論をし、出てきた価値観を一度拡散させた上で、もう一度絞り込んでいく。そこで最後に残った自分たちの強みや思いを言葉にしていく手法がいちばんつくりやすいのではないか」と呼びかけ、講演を締めくくった。

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