福井県坂井市三国町の真宗大谷派唯称寺の山門に毎月第2火曜、「のの・まーの」と記された手書きの看板が張り出される。本堂から、母親と子どもたちのにぎやかな話し声や笑い声が聞こえてくる。
「のの・まーの」は坊守(住職の妻)の山田顕子さん(55)が、友人と始めた子育てサロンだ。「寺にママが息抜きできる場をつくりたかった」と山田さん。本堂隣の畳敷きの部屋で、母親と子どもがおしゃべりしたり、おもちゃで遊んだりしている。
この日初めて参加した30代の母親は「自宅で子どもとずっと二人きりは息が詰まるのでありがたい」。新型コロナウイルスの影響で公共施設の利用が制限されるケースがあり、コロナ禍の中で“駆け込み寺”のようになっている。
「のの・まーの」は、仏様を意味する幼児語「ののさま」と、スペイン語で「手」を指す「マーノ」から名付けた。「仏様のように、誰しも優しく包み込んでくれるような場所にしたい」との思いからだ。
10月からは山田さんの娘で、若坊守の理央さん(31)も本格的にメンバーに加わった。寺と門徒との関係が希薄になり、特に若い世代は「寺離れ」が進む。母娘の思いは共通している。「寺は本来、みんなの居場所。人が集う場であり続けたい」
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唯称寺は、室町時代から約500年間、地域の門徒に支えられてきた。三国ゆかりの詩人三好達治が、地元の青年たちと文学談議を繰り広げた場でもある。
福井県のデータによると、県内の仏教系の宗教法人数は1989年に1767あったが、今年11月末時点で1678に減少。真宗大谷派でも286から260になっている。唯称寺も近年は報恩講などに若い世代が集まらず、顕子さんは将来に危機感を抱き、2016年から寺でマルシェなどのイベントを開いてきた。
子育てサロン「のの・まーの」は、顕子さんが、理央さんの子育ての大変さを見て、今年7月から行っている。顕子さんの友人でセラピストの中川博美さん(43)=同県福井市、カイロプラクターの清兼あゆみさん(39)=坂井市=に声をかけ、これまでに6回実施してきた。
手作りアクセサリーや野菜の販売のほか、子どもの手形や足形で作ったアート作品を提供するブースもある。出展者は全員が母親。「2人目より3人目の方が出産に時間がかかった」「私も陣痛が弱くて」「ワンオペ育児で大変」―。子育て、家庭、仕事の“ママ談議”に花が咲く。
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理央さんは「そもそも寺を継ぐつもりはなかった」と話す。県内企業に勤めた後に上京し、都内にある坂井市のアンテナショップで働いた。母が企画した寺でのマルシェを手伝うために度々帰省していたが、イベントの意義が分からず「どこか冷めていた」(理央さん)。その後、僧侶の男性との結婚を機に20年に実家に戻り、寺の現状と母の思いを知り活動に加わった。
理央さんにとって寺は遊び場だった。幼い頃は広い本堂で友達と一緒に座布団を並べて遊び、高校時代には体育祭の応援団の練習もした。2児の母親になった今は、おもちゃのバイクにまたがって本堂を走る息子らと一緒になって遊ぶ。「今のママたちの気持ちが分かる。つらいこと、大変なことはもちろん、うれしいことも共有したい。頼ってもらえる存在になりたい」
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「私は法話はできないけど、人に寄り添うことならできる。ママたちの話をじっくり聞くことができる」と顕子さん。「たわいもない話や愚痴でもここでしゃべってもらえれば息抜きになる」。話したくない人は昼寝しているだけでも構わないという。
顕子さんは「仏事とイベントは唯称寺の両輪でどちらも大事」と強調する。住職の孝彦さん(56)は「(妻は)行動派。そのご縁で多くの人とつながり催しが開催できている。寺の伝統を守りつつ、時代に応じた求めに応えていくのも大切だ」とエールを送る。
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