中国人に台湾有事勃発の可能性を聞いた「異例」の世論調査、その結果は? 「言論NPO」工藤泰志代表に解説してもらった

「東京―北京フォーラム」で、ビデオメッセージを寄せる中国の王毅・国務委員兼外相(当時)=2022年12月7日、東京都港区

 日本の民間非営利のシンクタンク「言論NPO」が2022年夏、中国人に台湾海峡危機やロシアのウクライナ侵攻について尋ねる異例の世論調査を実施した。台湾海峡での軍事紛争の可能性について、中国人の6割が「起こる」と懸念。ロシアのウクライナ侵攻の評価については、侵攻を全面的には支持していない中国世論の存在も明らかになった。言論NPOの工藤泰志代表に調査に至った経緯や分析を聞いた。(共同通信=山上高弘)

 ▽日中の2500人に質問

 世論調査は2005年から中国のメディアグループと毎年、共同で実施してきた。22年は18歳以上の日本人1000人と中国人1528人に、政治、外交、経済など日中関係に関わるさまざまな問題について尋ねた。日本側では7~8月に全国の50地点で調査用紙を配布し、回収する方式で、中国側では7~9月に北京、上海、成都など10都市で調査員による面接方式で実施された。

 18年間継続して実施している日中両国の相手国への印象は、毎年メディアで大きく取り上げられ、日中間の国民感情を知る重要な指標になっている。2022年の調査では中国への印象を「良くない」と答えた日本人が87・3%(前年比3・6ポイント減)、中国人は62・6%(同3・5ポイント減)だった。国交正常化50年の節目の年だったが、国民感情の劇的な改善はみられなかった。
 22年の調査では台湾とウクライナという中国側にとって敏感な問題についても尋ねた。台湾海峡での軍事紛争の可能性について、「数年以内に起こる」「将来的には起こる」と答えた中国人が56・7%に上った。日本人では44・5%だった。ロシアのウクライナ侵攻に対する評価では、日本人の73・2%が「国連憲章などに反し、反対すべき」と答えた一方で、中国人では「北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大に伴う自衛行動で、間違っていない」と肯定する意見が39・5%で最多だった。

 ▽工藤代表「最初は全部バツだった」

 ―2022年の調査には台湾とウクライナについての設問が入りました。

 「台湾とウクライナについて尋ねるのは初めてのことでした。言論NPOは毎年、調査の結果を公表後に日中の政財界人や有識者約100人を集めた国際会議『東京―北京フォーラム』を開いています。22年のフォーラムでのテーマを考える中で、ロシアのウクライナ侵攻で壊れてしまった世界の平和秩序を修復するための議論を進めないといけないと考えました。議論のベースを作るために、日中双方にとって重要な台湾とウクライナについて両国民がどう思っているのかを明らかにしたいと思いました」

言論NPOの工藤泰志代表

 ―最初は全部反対されたと伺いました。

 「設問内容は毎年、言論NPOで考え、中国側に提案する形になっています。台湾とウクライナは中国にとって極めて政治的で敏感な問題です。まず30問程度を提案したら、案の定、全部バツでした。ただ平和秩序の修復を目指して22年のフォーラムで議論するのに、肝心の二つの問題を全否定されると話し合いのベースができない。健全な世論や国民意識をベースに課題解決のための議論をしたい。そう粘り強く伝えて話し合った結果、中国側も『対話を成功させたい』と、最終的に台湾とウクライナで2問ずつ、計4問でOKが出ました。これにはさすがに驚きました。世界が一番聞きたかった設問をOKしてくれたのです」

 ―台湾に関しての調査結果をどう捉えますか。

 「台湾海峡での軍事紛争の可能性について、約6割の中国人が台湾海峡危機を現実的なものと捉えていることが分かりました。22年8月にはペロシ米下院議長の台湾訪問を受けた中国軍による軍事演習があり、台湾海峡で緊張が高まったことも一因かと思います。同時に日本人の46・3%が『わからない』と回答しており、国内での議論不足も見えてきました。緊張の原因として中国人は米国を、日本人は中国を1番に挙げており、米中対立の影響が色濃く出ました。興味深かったのは、『東アジアが目指すべき価値観』など他の設問項目で、対立よりも不戦や紛争回避を望む中国人の割合が増えていたことです。米中対立の中で紛争の危険性を感じつつ、平和や不戦を求める民意の存在を垣間見ました」

 ▽ロシアのウクライナ侵攻、中国人の反応は?

 ―ウクライナについてはどうですか。

 「ロシアのウクライナ侵攻に対する評価では、ロシアを肯定する意見が最多でしたが、『反対すべき』(21・6%)や『ロシアの行為は間違っているが、事情も配慮すべき』(29・0%)を足すと約半数になり、世論の中には必ずしもロシアの行為を全面的には賛成できないとする意見が一定程度の割合で存在することが分かりました。中ロは友好国にもかかわらず、国内には多様な意見があるのです」

 ―結果を公表した約1週間後、2022年の「東京―北京フォーラム」が開かれました。

 「22年は二つの全体会議と、政治・外交や経済、メディアなどの八つの分科会で、両国の有識者が台湾やウクライナを含めた激しい議論を交わしました。例えば安全保障の分科会では、偶発的な事故から戦争になる可能性があるにもかかわらず、日中間のルールやホットラインが十分ではないことが指摘されました。台湾海峡での紛争回避のためには危機管理が何よりも重要です。フォーラムで採択された『平和協力宣言』の中でも『民意を重視し、地域の緊張を高める全ての行動を自制することを、求める』とし、海空連絡メカニズムの強化や防衛当局者による定期協議の早期実施などが盛り込まれました。また22年は新たな試みとして日中の若者世代による青年対話も行い、次世代が日中関係を真剣に議論する光景にわくわくしました。いろんな視点から日中関係を考えるチャレンジをこれからも進めていきます」

「東京ー北京フォーラム」での分科会で、議論を交わす安全保障の専門家ら

 ―23年は日中平和友好条約締結から45年です。今後の日中関係について教えてください。

 「まずは両国政府が民意を受け止め、対立ではなく、平和と安定のために努力をしてほしいと思います。習近平国家主席は22年11月に開かれた岸田文雄首相との首脳会談の内容を重視し、新しい日中関係を作りたいと思っているはずです。両国の外相訪問を含めて首脳交流も進むと思います。外交の力が本当に問われている時に、私たち民間にできるのは環境作りです。両国政府に働きかけると共に、23年は北京に乗り込んで、新型コロナウイルス感染拡大後に中断してしまった対面でのフォーラムを開催できたらと考えています」

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【言論NPO】
 2001年に設立された民間非営利のシンクタンクで、世界やアジアの知識層と連携して日本国内や国境を越えた課題解決に取り組む。日中や日韓の世論調査を実施する他、日米欧など世界の民主主義10カ国の有力シンクタンク代表が一堂に会する「東京会議」をはじめとした国際会議を開催する。

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