コロナ禍で1・4兆円を貸したけど、35%が「返せない」 ぎりぎりの生活どう支える? 返済免除の対象外でも多くの人が困窮

特例貸し付けに関する文書を見る細川容子さん(仮名)。返済免除の申請が認められるか不安を抱える=2022年10月、大阪府内

 新型コロナウイルスの影響で生活が苦しくなり、国から無利子でお金を借りたものの、返済できない人が相次いでいる。これまでの貸し付け総額は1・4兆円超と未曽有の規模。2023年1月から返済が始まるが、「返せない」と免除を申請したケースが既に35%に上る。お金を借りても困窮から抜け出せない人がそれだけいるということだ。条件を満たせば返済は免除されるが、免除対象から漏れる人でも困窮状態の人は多い。政府がその場しのぎで貸し付けを続けたことが裏目に出ていて、支援が追い付いてない実態がある。(共同通信=大野雅仁、沢田和樹、市川亨)

特例貸し付けの利用者に送られた貸付金の振り込み通知書(画像を一部モザイク加工しています)

 ▽貯蓄底つき、水で空腹しのぐ
 「免除にならず、返済を求められたら生活は立ちゆかない」。大阪府内で暮らす50代の細川容子さん(仮名)はそう表情を曇らせる。
 2020年春にコロナ禍で飲食店の仕事を失い、細川さんが救いを求めたのが「特例貸し付け」という国の制度だ。
 2020年3月から始まり、22年9月末まで実施。最大20万円の「緊急小口資金」と、最大60万円を3回まで貸す「総合支援資金」という2種類があり、一時は最大200万円まで借りられた。いずれも無利子で、市区町村の社会福祉協議会が受付窓口となった。
 細川さんは155万円を借りたが、貯金も含めてほぼ底をついた。2022年9月に病院の調理補助として再び働き始めたが、持病で長時間の勤務は難しく、10月には辞めざるを得なくなった。安定した収入がない中、直撃したのが物価高。1日1食で水を飲んで空腹をごまかし、高騰する光熱費を減らそうと、電気を消して薄暗い中で過ごす。
 特例貸し付けは、住民税が非課税の低所得世帯は返済が免除される。細川さん自身の収入は課税水準未満のため2022年6月に免除を申請したが、長男の世帯で扶養家族になっているため、形式的には対象外だ。
 ただ長男とは一緒に住んでおらず、仕送りも受けていない。「息子も子どもが生まれたばかりで、家計は楽ではなく頼れない」。返済免除の申請結果は12月中旬現在、まだ届いていない。

 

 ▽「制度自体に問題」との指摘も
 2022年3月末までの貸し付け分については、8~9月ごろが免除申請のピークだったため、共同通信は10月に47都道府県の社会福祉協議会を対象に調査を実施。岩手、茨城を除く45都道府県社会福祉協議会から回答を得た。
 その結果、免除の申請は全国で約88万件に上り、貸付件数の35%を占めるという実態が明らかになった。奈良県では48%と半分近くに上り、和歌山県と青森県で46%、愛媛県と高知県でも44%と割合が高かった。
 自己破産が決まった人も少なくとも約3400人いた。
 返済が免除される「住民税非課税」は、東京都の単身世帯の場合、年収約100万円以下が目安。かなり厳しい条件のため、全国社会福祉協議会(全社協)は2022年7月、条件の緩和を求める要望書を国に提出した。
 10月に開かれた生活困窮者支援に関する厚生労働省の審議会でも「非常に厳しいラインだ」「貸付金がかえって立ち直りの足かせになってはいけない」などの意見が相次いだ。
 日本弁護士連合会は、生活が困窮した世帯への支援を貸し付けで行うという制度設計自体に問題があったと指摘。2022年10月に発表した声明で「免除の範囲を抜本的に拡大すべきだ」と政府に求めた。
 だが、厚労省幹部は条件緩和には否定的だ。「後から免除対象を広げたら、我慢して借りなかった人との間で不公平になる」

特例貸付金の相談に応じる社会福祉協議会の職員=2020年6月、兵庫県尼崎市(同市社協提供)

 ▽スピード優先、負の側面
 特例貸し付けは、生活に困った人に早くお金を渡すというスピードを優先した結果、書類審査だけで貸すケースも多かった。当初は短期間限定のはずだったが、コロナ禍が長引いたこともあって、受付期間を10回も延長。各社会福祉協議会が従来、一体で実施してきた生活相談や自立支援も提供されなかった。緩い審査で「とにかくお金を貸すだけだった」という負の側面がある。
 厚労省は返済免除の対象外の人を含め、継続的な支援や関係機関との連携を社会福祉協議会に求めているが、対象者が多過ぎて現場の対応は追い付いていないのが実情だ。
 貸付金の制度はこれまでも災害などの緊急時に利用されてきた。リーマン・ショック後の景気低迷や東日本大震災があった09~11年度の3年間では、貸付額は約707億円だった。ところが、今回のコロナ禍では2年半で約1兆4269億円に達し、約20倍と異例の規模だ。

 窓口となる各社会福祉協議会からは「一人一人に寄り添った支援は難しい」(静岡県社協)、「国は財政面で現場の態勢強化をもっと支援してほしい」(栃木県社協)といった声が上がる。
 業務が繁忙となり、思うような支援ができないジレンマも重なって各社会福祉協議会では退職する人が増加。全社協の調査では、退職者がいると回答した市区町村社会福祉協議会はコロナ禍前の19年度は7・8%だったが、21年度は18・1%。2倍以上に増えた。
 また、宮城県社会福祉協議会の担当者は、東日本大震災の特例貸し付けの際も相談支援が伴わなかったことで「その後の対応が非常に困難になっている」と語る。震災から12年近くたっても、利用者約4万人のうち約1万2千人がまだ返済中。「今回も同じような状況になるのでは」と懸念を示した。

 

日本福祉大の角崎洋平准教授(本人提供)

 ▽伴走支援へ柔軟な対応を
 今後どのような対応が求められるのか。特例貸し付けに詳しい日本福祉大の角崎洋平准教授は、住民税非課税であることが返済免除の条件になっていることに関し「ある時点の収入だけで判断するのは、金融と福祉双方の観点から適切ではない」と指摘。「将来的に収支の見通しが立たないケースも免除の対象に加え、同時に家計改善などの支援もしていくべきだ」と訴える。
 住民税非課税の世帯以外でも「返済できない」という人が今後、多数出てくるとの見方を示した上で「各社会福祉協議会は毎月の返済額を減らしたり、長期的に猶予したりする柔軟な対応や伴走的な支援をしてほしい。国もそれを積極的に認めるべきだ」と話している。

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