「本当は育てたかった」21歳の女性は、なぜ出産直後の赤子をやむなく放置したのか 最悪の事態免れ、芽生えた「希望」

 生後間もない女児を駐車場に放置して保護責任者遺棄罪に問われた女性(21)に対し、千葉地方裁判所は2022年10月、有罪判決を言い渡した。破局した交際相手の子を身ごもり、本当は「育てたかった」という。妊娠したことを同居する母親にも打ち明けられなかったのは、小さい時から厳しく、叱責を恐れたため。ただ、厳格だと思っていた母が証人として出廷し、自責の念を吐露。親子の関係は、事件を機に変わっていった。(共同通信=広根結樹)

女児を産んだ公園=千葉市花見川区

 ▽気付いた時には中絶できず
 検察側の冒頭陳述や被告人質問によると、女性が妊娠に気づいたのは2022年1月。交際相手とは既に破局しており、中絶できる期間も過ぎていた。打ち明けたのは仲の良い友人だけ。「自分でどうにかするから」と話した。
 同居の母とは生活のリズムが異なることもあり、普段から顔を合わせることは少なかった。おなかは大きくなっていったが、気付かれないまま時が経過した。
 5月22日夜、自宅でおなかが痛み、1人で車を運転して近くの公園に行き、出産。スマートフォンで女児を撮影した。でも、家に連れて帰れば母に怒鳴り散らされる…。それでも車の後部座席に女児を置き、帰宅してシャワーを浴びた。女児にはペット用のおむつを履かせ、毛布に包んだ。
 「育てたい」との思いが募った。だが、貯金はないし、飲食店での仕事を続けながら育児もできそうにない。悩み抜いた末、手放そうと決めた。自宅から車で約30分の駐車場。人通りは少なくない。「誰かに気づいてもらえるかも」と考え、毛布に包んだまま女児を置いて立ち去った。
 約2時間20分後、近所の人が発見して110番。救急搬送された女児は低体温症と多血症を患い、入院したものの一命は取り留めた。女性は7月28日、保護責任者遺棄容疑で千葉県警に逮捕された。出産から2カ月後だった。

女児が遺棄された駐車場=千葉市稲毛区

 ▽「ごめんね」としか言えない
 10月の初公判、女性は起訴内容を認めた。か細い声だった。反省の態度を示し、「いくら切羽詰まっていたとはいえ、言い訳にしか聞こえないと思う」と断った上でこう話した。「自分じゃ何もできないから。職も安定しておらず、母にも言えず、こまごました心配や不安が募ってこういうことになった。子どもには『ごめんね』としか言えない」
 母親に打ち明けられなかった理由を問われると「母に叱られる」「母に怒鳴り散らされる」などと説明した。
 幼少期から母に厳しくしつけられたと振り返った。妹との3人家族。母は「母子家庭だからとばかにされないように」厳しくしつけていた。さらに、当時は妹が妊娠中で、母はその出産準備に追われていた。

千葉県警本部=千葉市中央区

 ▽留置場の面会、少しずつ会話が
 法廷に立った母は事件を振り返り、後悔を口にした。
 「私を怖いと思わせたことが原因」
 女性が逮捕された後は、何が起きているのか理解できないまま数日間を過ごしたという。ただ、次第に事態を受け入れられるようになった。「母として何でこんなにつらい思いを子どもにさせたのか…」と悔やんだと法廷で明らかにした。
 女性が逮捕後に勾留されていた警察の留置場には、毎日足を運んだ。そのうちに会話が少しずつ生まれるようになったという。
 「言葉は悪いけど、この事件のおかげで言い訳せずに娘と話すことができた」
 法廷では、女性も母親と同じ思いを口にした。母との関係が少しずつ、ゆっくりと修復できたといい、「今はとても良好。まだ申し訳ない気持ちはあるけど、普通に話せる関係になったのかな」

女性の公判があった千葉地裁の法廷=千葉市中央区

 ▽「家族みんなで受け入れる」
 女性は起訴後に保釈された。その後は母と妹夫婦、その子どもを合わせた5人で暮らしている。家族全員で幼子の面倒をみて、母と妹夫婦が仕事に出る日中は、女性が子守をしているという。
 一方、被告となった女性が手放した女児は今、施設で過ごしている。女性は娘への思いを問われると「一緒にいたい。やってしまったことへの償いをする。人一倍愛情をかけて育てたい」と述べた。引き取りを切望し、今後は仕事を見つけて子どもを迎える準備をするという。「自分でもばかなことをしたと思う。自分の子どもにも申し訳ないことをした。本当にすいませんでした」
 母親も同じ気持ちでいる。「持ち家なので住む場所はある。大人4人が働けば、経済的にも心配はない。子どもを手放すことはしないで。みんなで受け入れるから」と女性に伝えたと明かした。
 母親は法廷で、涙を浮かべてこう続けた。「ちゃんと(子どもを)抱っこしてほしい。みんなで抱っこしたい。娘も私もこの後悔を力にして、もう一度家族として、赤ちゃんとももう一回やり直すチャンスをいただけたら。これ以上の後悔は繰り返さないようにこの先、みんなで力を合わせる」

 ▽判決
 千葉地裁は判決で、女児の生命に重大な影響を及ぼしかねない危険で悪質な行為だったと指摘したものの、反省の態度や母との良好な関係を評価し、執行猶予を付けた。女性はじっと前を向いて微動だにせず、判決に聞き入った。
 言い渡しが終わると、傍聴席で見守る母の元へすぐに駆け寄り、母は女性の頭に優しく手を置いた。まだ幼さが残るが、「母親」として生きていくことを決意した。多くの人が関わって女児の一命を取り留めたことで、あたたかい家族関係をいつか築けるようになると希望を持った。

千葉地裁の弁護人席

 ▽男女ともに性教育が必要
 この事件のように、思いがけない妊娠に悩みを抱いた女性が誰にも相談できず、孤立してしまうケースは少なくない。どのようにすれば防げたのか。
 千葉県船橋市で予期せぬ妊婦の相談事業などをするNPO法人「ベビーブリッジ」の熊田ひとみ代表は、報道などで事件を知り「なぜ相談してくれなかったのか。同じ県内で苦しんでいた女性、子どもを救えなかったのはふがいない。周知し切れていない我々の責任だ」と悔やむ。「家族に相談できないなら、全国どこにでもある我々のような機関に相談してほしかった」とし、もし相談があった場合は、家族らに内容を明かさずに解決策を一緒に考えることもできたという。
 そもそもの問題の背景には教育があるとも指摘する。「男女ともに、学校現場や家庭内での性教育が早期から行われていれば、予期せぬ妊娠や産み落としなども減る」
 今回のように、妊娠後に対応に困った女性がやむにやまれずに遺棄し、逮捕されて責任を問われるケースは多い。「そこには絶対にパートナーがいる。それなのに、女性が全て罪をかぶっている現状だ」。性行為による妊娠の可能性や、意図しない妊娠があった場合にどうすべきかなどの対処法について、男女ともに十分に教育を受けていれば、「2人で考えて対処できる」と話した。
 「初めての出産はどんな状況の人でもパニックになる。不意の妊娠で病院に通っていない場合はなおさら大変」と熊田さん。「相談できる人に相談して、もしもそういう人がいなかったら、相談事業をしているNPOに頼ってほしい。当事者に寄り添い、何が最善なのかを一緒に考えたい」と呼びかけた。

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