北海道も危ない! 約束を守らない〝おそロシア〟|小笠原理恵 「ロシアは北海道に対するすべての権利を持っている」。こう語ったのは、「公正なロシア」のセルゲイ・ミロノフ党首だ。ウクライナと同様にロシアと領土問題を抱える日本は、ロシアの脅威をも認識し、備えなければならない。

「第二次世界大戦の教訓と関東軍の運命」

ウクライナのゼレンスキー大統領は10月7日、北方領土を日本の領土だとする国内文書に署名した。
「ロシアは、これらの領土に対して何の権利もなく、世界中の誰もがそのことをよく理解している」

日本では好意的に受け止められたが、ロシアを牽制する戦略的意図を考えると諸手をあげて喜ぶことはできない。未だ苦境下にあるゼレンスキー大統領のこの北方領土発言は、ロシアの目を同じ領土問題を抱える日本に向けさせる意図が見え隠れする。

北方領土の返還交渉は現在も進展しないまま膠着状態だ。経済制裁で日ロ関係は冷え切っている。北海道には大規模な在日米軍の駐留基地は存在せず、自衛隊だけでの防衛は困難だ。本格的なロシアの軍事侵攻があれば北海道は奪われてしまう可能性が高い。

ロシアは北方領土の国後、択捉、色丹島の地上軍配備だけでなく、2018年には軍民共用化された択捉島の新空港にSu-35戦闘機や地対空ミサイル、寒冷地用の戦車も配備。日本の北方領土は返還どころか、我が国を脅かす軍事要塞化されている。

2022年3月、ロシアのヘリコプター1機が領空侵犯するなど、航空自衛隊のスクランブル発進回数も中国機に次いでロシア機が多い。9月4日にはロシア軍の大規模軍事演習「ボストーク2022」がロシア、中国の合同海軍艦艇6隻で行われ、日本海で機関銃射撃も行なった。ロシアと中国が同時に北海道沖で軍事演習を行う意味を考えると恐ろしくなる。

4月4日、ロシアの「レグナム通信」のインタビューで「公正なロシア」のセルゲイ・ミロノフ党首は次のように述べている。

「ロシアは北海道に対するすべての権利を持っている。日本の政治家が第二次世界大戦の教訓と関東軍の運命を完全に忘れていないことを願っています」

このミロノフ党首の「第二次世界大戦の教訓と関東軍の運命を思い出せ」という言葉について考えてみたい。関東軍の運命とは、日ソ中立条約を破棄してソビエトが満州に軍事侵攻し、関東軍をシベリアに抑留、強制労働をさせたことだろう。

ミロノフ党首の言う通り、旧ソ連軍が日本に行った残虐な所業とシベリア抑留という国際法違反の事例を振り返っておきたい。

母の叫び「戦争は負けたらダメだ」

京都府に舞鶴という港がある。1945年10月7の引き揚げ第一船「雲仙丸」を皮切りに、13年間で66万人の引揚者がこの港へ帰ってきた。平成27年に舞鶴引揚記念館が改修され、シベリア抑留や満州からの引き揚げの実態、その恐ろしさが実感できた蝋人形による展示はほとんど消えた。

レンガ造りの旧記念館には何度か足を運んだが、戦争の残虐さを知る当事者が高齢で死去していくタイミングを見計らって「なかったこと」にされてしまうのかもしれない。中国や韓国で日本軍の「ありもしない事実」を広める展示館が増えていくのと反比例するように、日本では日本人に対し行われた略奪や殺戮の歴史を忘れさせようとする動きが止まらない。

歴史を風化させないために、満州からの引揚げ時の話をここに記す。ソ連軍に追われた満州からの引き揚げの様子について、亡母が語った話ですが……とご子息が話してくれた。

母親は満州で生まれ育ちました。母がいた撫順あたりは戦時中も比較的平和で、物も豊かだったそうです。母の生家は大きな寺で、満人の使用人に可愛がられて幸せに育ちました。終戦後、ソ連兵がなだれ込み、呼応したかのように朝鮮人の暴動が始まりました。そこからが地獄だったと言っていました。

当初、母の寺では逃げて来た日本人を匿っていました。ソ連兵には囚人上がりが多く、あちこちに引き裂かれた日本人の死体が転がっていたそうです。その殺し方は、それは惨たらしいもので人々は恐怖に震えあがっていました。その中に、若い女性がいました。

逃げ出した時には赤ちゃんを連れていたそうですが、泣き声でソ連兵に見つかったらその場にいる全員が殺される――。結局、彼女は乳飲み子を自らの手で殺さざるを得なかったそうです。無残な殺され方をするよりはせめて自分の手で、という気持ちがあったのかもしれません。

中国残留孤児についても母は「日本人ではなく中国人としてなら生きていけるかもしれない」と我が子を泣く泣く中国人に引き渡したケースが多かったと言っていました。せめて命だけは助かってほしい…。多くのお母さんたちがそう願ったのでしょう。

はじめの頃は匿っていた側でしたが、ソ連軍や八路軍の侵攻が進み、結局は母の一家も寺を捨てて逃げることになりました。終戦時、母は12歳。髪を切って顔に煤を塗り、男の子の格好をして逃げたそうです。

もし、ソ連兵に見つかった場合、女性だとわかるとトラックで連れて行かれて暴行や強姦、虐殺されるという話も聞いていました。逃げる途中で小さな妹は栄養失調と衰弱で亡くなりました。混乱の中でたくさんの命が残酷に踏みつけられるさまを、幼い母はたくさん見聞きしたと言います。

遠目に舞鶴港が見えた時は、船中のみんなで泣いたそうです。母には生まれて初めて見る国でしたが、これが日本だと心の底から嬉しかったとうっすら涙を浮かべていた顔を今でも覚えています。

「戦争は負けたらダメだ。外国には住むな。外国人を絶対に信用するな」

これは生前の母が繰り返していた言葉です。当時は過激に思っていましたが、今思えばそんな悲痛な経験があってこその発言だったのだなと思います。

ロシアと休戦協定は結べない

連日報道されるウクライナの惨状は、この体験談に重なる。首都周辺のブチャでは多数の民間人の死体が見つかった。マリウポリで発見された3つの集団墓地でも同様だ。ドネツク州では奪還したリマンでも、多くの人が殺害されたと見られる2つの集団墓地を発見したという。

ソ連がロシアに変わっても、国際法では認められない民間人の大量虐殺が今もなお行われている。ロシアは約束を守る国ではない。休戦協定が結べない理由はここにある。

ウクライナは全てのウクライナ国民を救う最善の方法として、武力でロシア軍を追い出す選択肢を選んだ。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、日本も自らのことと考え、憂慮しなければならない事態だ。戦争は望まなくても一方的に開始されるものであり、相手が常任理事で核保有国だと国連や欧米諸国も直接的な軍事介入を躊躇すると証明された。

ウクライナと同様にロシアと領土問題を抱える日本はロシアの脅威をも認識し、備えなければならない。長年に渡る防衛予算不足で、兵站、装備、人材とあらゆる面で自衛隊は脆弱だ。反撃能力(敵地攻撃能力)などもほとんどない。

ロシアに破壊の限りを尽くされる恐怖を現実に経験しないよう、可及的速やかに防衛力を立て直すしかない。

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小笠原理恵

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