ツアーは誰のものか LIVゴルフ私論/小林至博士のゴルフ余聞

独自の団体戦を取り入れたLIVゴルフ。その行く末は(写真は2022年「LIV招待 ポートランド」)(撮影/田辺安啓(JJ))

2022年の漢字は「戦」が選出された。対立、分断、そして戦争へとエスカレートしていくさまは、人類史において、幾度も繰り返されてきた「いつか来た道」ではあるものの、冷戦終結から30年もの間、グローバル化の時代が続くと、なんとなくこのまま行くような気がしていたというのが、私たち市井の人々のほとんどだったように思う。グローバル化とは要するに、その中心にいるアメリカが一人勝ちするだけだ、との声はあり、アメリカ発のIT企業大手4社FANG(Facebook、Amazon、Netflix、Google)の時価総額が日本のGDPの倍になるような市場環境からしてその通りだろう。

一方で、自由貿易と国際分業は、格差を生みはしたものの、世界全体の経済を押し上げたことも確かだ。そんな、パクス・アメリカーナ(アメリカによる平和)のパラダイムが、新たな冷戦、そして経済のブロック化により、大きく揺れ動いている。2022年は分断の時代に入ったことを象徴する年になった。

パクス・アメリカーナから一転、分断の時代に入ったのは、プロゴルフ界もそうである。ここ数年、噂となっていたサウジアラビア資本による新ツアー「LIVゴルフ」が現実のものとなった。フィル・ミケルソン、リー・ウェストウッド(イングランド)ら、峠を過ぎた往年のスーパースターの移籍は当初から予想されていたが、ダスティン・ジョンソン、ブライソン・デシャンボー、ブルックス・ケプカら、現役バリバリのスーパースターが多数、LIVゴルフへ移籍したことで、米PGAツアーを中心としたピラミッド構造は大きく揺れ動いている。

米PGAツアーのビジネスの根幹は、世界最高峰のツアーであることだ。収入(放送権、スポンサー料、チケット、グッズなど)も、支出(賞金など)も、スケジュールも、絶対的なマーケットリーダーとして君臨してきた。米PGAツアー以上の高額賞金で世界のトッププロを囲おうとするLIVゴルフは、そのエコシステムを揺るがす脅威である。

両雄並び立たず。そのことをよく承知している米PGAツアーは、まずは、速やかに潰せるかどうかを模索した。LIVに移籍する選手を除名するなど、諸々のネガティブキャンペーンはその一環である。しかし、相手はサウジ。人権問題をはじめ、アメリカ的価値観とは大きく異なっても、日欧米は友好関係を堅持している世界一の産油国がバックボーンとなっている以上、ことは簡単にいかない。となれば、次に考えるのは、折り合いをつける方策を模索することだ。LIV批判の急先鋒だったロリー・マキロイやタイガー・ウッズが、「まずはグレッグ(・ノーマンCEO)が辞めなければならない」と条件をつけて共存について触れた。来年は、共催イベントの発表があるかもよ。

世界の分断は、弱い立場の人々を苦しめ、尊い人命が犠牲になる、実に忌まわしい状況だが、このプロゴルフ界の分断は、悪いことではない。米PGAツアーは、賞金額を大幅に増額したり、欧州ツアーとの連携を強化したり、日本など各国ツアーに連携の手を差し延べるなど、選手の待遇は良くなる一方だ。ツアーは誰のものか、なんてガバナンス向上の議論も出てきている。FIFA(国際サッカー連盟)やIOC(国際オリンピック委員会)をみればわかるように、独占事業体は必ず腐敗する。独裁国家サウジが資本のLIVゴルフの存在がプロゴルフ界のガバナンスの向上に寄与するって、不思議な感じもするが、まあいいか。(小林至・桜美林大学教授)

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