転機は前澤友作さん…学費実質無償の「神山まるごと高専」2023年春開校 初代校長の福井大学院卒業生が描く姿とは

神山まるごと高専の建設予定地に立つ大蔵峰樹さん=徳島県神山町(大蔵さん提供)
神山まるごと高専の校舎「オフィス」の研究室イメージ(同校提供)

 「モノをつくる力で、コトを起こす人」。徳島県神山町に2023年春開校する「神山まるごと高専」が育てる人材像だ。

 25年ほど前の福井大学大学院時代に(衣料品通販大手ZOZO創業者の)前澤友作さんと出会ったことが転機になった。仲間と興した学生ベンチャーに興味を持ってもらい、通販サイト「ゾゾタウン」の開発を託された。見た目の美しさや使い勝手などで試行錯誤した。苦戦の連続の中で、新時代の技術者には、社会のニーズに応えるデザイン力が必須だと思い知った。

 福井の恐竜や眼鏡、伝統工芸など、地方には光る素材が多い。デジタルとの融合や素材同士の掛け合わせで、思いがけない成長産業が生まれる可能性を秘める。事業創出の主役を担うのは、技術力と創造力を兼ね備える「起業するエンジニア」だ。

 神山まるごと高専は、技術者教育を軸に、デザイン力や起業家精神を培う課題解決型の演習も盛り込む。舞台は人口約5千人の過疎の町。ここから巣立つ人材が地域に、日本に変革をもたらす。

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 -神山まるごと高専は「起業する技術者」を育てるとしている。狙いは。

 米国経済を引っ張る巨大IT(情報技術)企業を思い起こしてほしい。メタ(旧フェイスブック)のマーク・ザッカーバーグ氏、マイクロソフトのビル・ゲイツ氏ら創業者の多くが技術者出身だ。

 日本のIT業界にも優れたエンジニアは多くいる。しかし高度な技術力を持つ起業家は、欧米に比べ少ないのが現状だ。欧米の情報工学の高等教育では、美しさや使い勝手に関するデザイン力、さらにマネタイズ(収益化)や組織マネジメントを含む「起業家精神」を培う文化がある。これを日本でもやるのが目的だ。

 -なぜ神山町なのか。

 町の過疎対策が出発点。早くから高速通信網を整備し、ITベンチャーが次々とサテライトオフィスを開設した。国内外の芸術家が滞在して創作と交流を行う活動も盛んで、「地方創生の聖地」とも呼ばれる。次代を担う若年層の呼び込みと教育の充実を図ろうと、IT企業のトップと、まちづくりを主導する地元NPO法人の代表者らが開校の構想を練り、高専出身の私に校長就任の打診があった。

 -「起業する技術者」は地域に何をもたらすか。

 どの地方にもポテンシャルのある素材があり、福井が特別ということはない。素材をどう生かすかで大きな差が生まれる。

 福井ならではの素材の一つが眼鏡。レンズに情報を映す「スマートグラス」は「ポストスマホ」の第1候補として注目される。農林水産業の効率アップとITも相性が良い。

 成長分野をゼロからつくるのはハードルが高く、既存の素材に付加価値を見いだし、産業を創出することが地方創生の近道だ。デジタル分野に精通した若い起業家たちが起爆剤になる。

 -福井高専を含め全国57の高専は、ほとんどが国立。私立の神山まるごと高専の運営の仕組みは。

 ソニーやソフトバンクなど企業から計100億円の出資を募り、投資による運用益を奨学金に回すことで、1学科40人体制の学費を実質無償化する。出資企業への就職や起業後の事業連携が想定され、企業側にもメリットがある。

 教室を飛び出し、実社会でモノやコトをつくる経験積むことは今後の人材育成に欠かせない。ただ、こうした教育は学校単独では行えない。神山だけでなく、他の地域でも、地元企業が高専や大学と今以上に積極的に関わり、学生に起業家精神を養う機会を与えてほしい。

大蔵峰樹さん(おおくら・みねき)1976年滋賀県出身。福井高専電子情報工学科から福井大学工学部を経て、同大大学院博士後期課程修了。大学院在学中の2000年5月、友人と有限会社シャフトを設立。衣料品通販大手ZOZOの通販サイト「ゾゾタウン」のシステム開発などを手がけ、最高技術責任者(CTO)などを務める。現在はZOZOグループ会社取締役。工学博士。来年4月に開校する私立神山まるごと高専(徳島県神山町)の初代校長に就く。高専の新設は19年ぶり。⇒特集「ふくいをヒラク」記事一覧

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