宮田莉朋のリアルとバーチャルの“二刀流”を支える自宅シミュレーター環境と活用方法

 8月7日に開催された2022年スーパーGT第4戦富士は、シリーズ史上初めて450kmレースが完結した一戦だった。2ピット/3スティントの戦いを制したのは、37号車KeePer TOM’S GR Supraのサッシャ・フェネストラズ/宮田莉朋で、2位の12号車カルソニックIMPUL Zに対して7.5秒、3位の24号車リアライズコーポレーションADVAN Zを約13秒引き離しての快勝だった。

 しかし、その内実にタイム差ほどの余裕はなく、とくに第2〜3のダブルスティントを担当した宮田には「ガソリンを使うな」、「でも、タイムは上げろ」という難しいタスクが課せられていた。もっとも、それは宮田自身が望む戦い方でもあったという。

「12号車、24号車との戦いになることは、ある程度見えていましたからね。僕たちが勝つためには、2回目のピットで(滞在時間を短くするために)給油量をギリギリまで攻めるしか選択肢はありませんでした」

 この決断がトムスにとって悩ましいものだったことは想像に難くない。現在とはドライバーラインアップこそ異なるものの、チームとしては2020年スーパーGT最終戦での“悪夢の記憶”があるからだ。当時の37号車はわずか数百mlだけ燃料が足りず、ほぼ手中に収めていたGT500シリーズチャンピオンの座を獲り逃してしまった苦い経験がある。ギリギリの給油量で宮田をコースへと送り出した担当エンジニアは、そうした記憶がフラッシュバックして気が気でならなかったという。

 ところが、そんなチームの不安をよそに、宮田自身は冷静に任務を遂行していた。

「1コーナーやダンロップコーナー飛び込み時のコースティングは、さまざまな方法がありますけど、結局のところ『どれだけ早めにスロットルを戻すか』。そして、『どれだけタイムの落ち幅を最小限にとどめられるか』。このバランスですよね。その美味しいところはすぐに見つけられました」

「100Rもまったく走らせ方を変えていました。あのレースでの僕は、通常のレコードラインとは比較にならないくらいインベタ気味に走っていました。旋回中のボトムスピードが落ちる一方で、距離を稼げる(短くできる)」

「この走らせ方だとスロットルを抜いている時間が多くなるので、そのぶん燃費が稼げるわけです。旋回半径(R)は小さくなるものの、この走らせ方でもタイヤには優しかった。あのようなシチュエーションになると、いかにタイヤをもたせられるかが重要で、そのマネジメントも狙ったとおりに決まりました」

2022年スーパーGT第4戦富士を制した37号車KeePer TOM’S GR Supra(サッシャ・フェネストラズ/宮田莉朋)

 このレースにおける宮田は、まるで百戦錬磨のベテランドライバーが繰り出すようなワザを、いとも簡単に、そして臨機応変に実戦で披露してみせた。なぜ、そのようなことができたのか?

「自宅のシミュレーターで、普段から僕がいろいろ試していることと同じですから」

 宮田は驚くほどひょうひょうと語った。

「シミュレーターではおもにGT3のレースに出ています。リアルの世界で言えば、GTワールドチャレンジのようなところですね。ほかの規格、たとえばLMP2車両なども走っているぶんには楽しいのですが、僕はGT3のほうがより再現性が高いと思います」

「マックス・フェルスタッペンともオンライン上でレースをしたことがありますが、彼がGT3のレースに好んで出ているのもそうした理由かもしれません。レースフォーマットは『40分間』『給油のための1回ピットが義務』というもので、スタートから燃料消量をできるかぎりおさえればピットでの停止時間が少なく済むことは現実でも、シミュレーターでも同じです。レース終盤に向けてタイヤも温存しておきたいので、普段からいつもそうしたことを考えながらシミュレーターでトレーニングしています」

■宮田のSIMキャリア、世界のeスポーツ事情

 宮田のシミュレーター歴は長く、バリエーションに富んでいる。小学校3年生当時、まだレーシングカートを走っているときに、初めて『グランツーリスモ』をプレイしてから、そのキャリアは始まった。

 FIA-F4参戦時は『rFactor』で4輪ならではのドライビング習得に活用し、その後は、『Asseto Corsa』シリーズなども試したことがあったという。そして、2020年5月、世界が新型コロナウイルス感染症の感染拡大に見舞われたタイミングから『iRacing』に没頭している。

『iRacing』とは実名での参加が求められ、世界中のSIMレーサーがしのぎを削るソフトウェア。その戦績は個人別に数値化/レーティングされ、取材時の宮田のポイントは「9459」。日本国内では間違いなくトップレベルで、世界ランキングで『24位』の実績を持つと聞けば、その実力も想像がつくだろう。

「リアルでも、バーチャルでも速いやつがいる」、宮田の存在はヨーロッパeスポーツ関係者の目にとまった。

自宅のシミュレーターでトレーニングを積む宮田莉朋

「2021年7月末、ある方を通じてヨーロッパのeスポーツチーム『BSプラス・コンペティション』からオファーをいただきました。その内容は『現実の世界のレースでトップカテゴリーを走っていて、なおかつシミュレーターでも速いドライバーを探している。ウチのチームに加入してくれないか?』というものでした。そこはBMWのワークスチームでもあるので、リアルの世界でお世話になっているトヨタさんに相談し、快諾いただいたうえで『ぜひ!』とお返事しました」

 近年、eスポーツは日本国内でもかなり浸透してきたが、世界のソレは比較にならないほど進んでいる。そのことは宮田自身もチームに加入したあとに実感したという。

「有名どころでは、マックス・フェルスタッペンなどが所属している『レッドライン』で、もしかすると、そのチーム名くらいは聞いたことがある人もいるかもしれませんね。ただ、それ以外にもeスポーツチームはたくさん存在します。ウチ(BSプラス・コンペティション)もそうですが、これだけ(eスポーツだけ)で生計を立てている人も数多くいます」

「また、インディカーのeレースにランド・ノリスが参戦してきたときは、普段、F1の現場で彼が一緒に仕事をしている本物のトラックエンジニアを連れてきていましたし、ポルシェワークスとしてLMDh車両の開発に関わっている人がSIMレーサーとして活躍していたり。まったくの偶然ではありますが、僕と同じチームにはTGR-Eのエンジニアもドライバーとして加わっているなど、とにかく日本とは何もかもが違うんです」

「ドライバーやエンジニアとしてリアルの世界で活躍する人たちも、eスポーツだけで生計を立てている“プロフェッショナル”も、分け隔てなく真剣に向き合っている姿が印象的ですね」

宮田莉朋の自宅にあるシミュレーター。総額はおよそ169万円

■宮田莉朋仕様シミュレーターの作り方/活用法

 現在の宮田はリアルでも、バーチャルでもトップカテゴリーのプロとして活躍している。少なくとも日本国内で“二刀流”をやってのけているのは彼ひとりだけだ。そんな宮田が自宅に備えるシミュレーター環境とはいったいどのようなものだろうか。

 シミュレーターの中枢として機能するパソコン、いわゆるゲーミングPCは、当然のことながら性能と価格がほぼ比例する。

「グラフィックボードとか、CPUとか、こだわりはじめて上を見ればたしかにキリがないですね。40〜50万円はざらですから。でも、僕は、いたって普通の25万円くらいの吊るしのゲーミングPCを使っています。これくらいの金額のものでまったく問題ないと思います。ただ、PCは、やはり水冷がいい。いままでの自分の経験からすると空冷では冷却が追いつかないので、水冷タイプをおすすめします」

「3画面のゲーミングモニターは1枚5万円ほどものをAmazonで購入しました。3画面を取り付けるフレームも5万円ちょっとなので、合計約20万円。4画面化のためのモニターとフレームは、合わせて4万円ほどですね」(一覧表は後述)

宮田莉朋の自宅シミュレーターのPC。MSI製でグラボはGeForce RTX3070を搭載。CPUはAMD Ryzen。CPUクーラーENERMA X製簡易水冷式を使用
Simlabの3画面モニターフレームに加え、4画面用のステーも装着し、視認性を向上

 ゲーミングPCとモニター/フレーム、ここまでの合計で約50万円。世界ランキング24位になり、eスポーツチームからプロとしてオファーを受けた環境としては、想像以上のコストパフォーマンスだ。しかし、宮田が重視するポイントは操作系まわりのデバイスにあった。

「ステアリングに伝わるトルクを制御するモーターは『シムキューブ』を使っています。値段的に一番手の届きやすいスポーツ、その次にプロ、一番上にはアルティメットの3種類がラインアップされていますが、僕はアルティメット(約43万円)を選んでいます。細かなトルクの制御ができること、縁石に乗ったときの再現性が非常に高いので。シミュレーター初心者にはスポーツでも充分なレベルだと思います」

「ペダルは『シムタグ』(約30万円)で、メーカーはオーダーを受けてから作りはじめます。実車と同じユニットを使用していることが特徴で、僕は油圧式を選択しています。踏力をはじめとしたブレーキペダルのフィーリングが驚くほど実車にちかく、だからこそリアルに向けたトレーニングに役立っています」

「ステアリングは『LM-Xステアリングホイール』(約38万円)です。ここも製作に1カ月程期間がかかるところですが、そのぶんクオリティは間違いない。ちなみに、ペダル(『シムタグ』)とステアリングは、マックス・フェルスタッペンも同じものを使っています」

フィードバックの鍵となるステアリングモーターはシムキューブのSimucube2 ultimate
ペダルはシムタグ(Simtag)の油圧式をチョイス
ステアリングは『LM-X Steering Wheel』を選択

 宮田のシミュレーターは総額170万円ほどかかっているが、そのうち約120万円は筐体を含めた操作系にあてている。宮田自身が、シミュレーターに対して求めているものは、この内訳から垣間見ることができる。

 そもそもモータースポーツは、ほかの競技と比べて圧倒的に練習機会が少ないスポーツだ。そうした条件のなかで結果を残すために、宮田は自身の考えにもとづいた環境を整え、シミュレーターを活用する。

「国内、たとえばいまのスーパーフォーミュラで言えば野尻(智紀)さんと平川(亮)さんが速く、正直、いまの僕には彼らを打ち負かすために必要な経験が足りません。その経験を少しでもシミュレーターで補えるなら、それを使わない手はないですよね」

「たとえば、現実のレースの成績やタイムが悪かった場合、僕は帰宅してすぐにシミュレーターに乗り込みます。リアルの世界での不甲斐ない結果が、果たしてクルマ側にあったのか、自分自身のドライビングにあったのかを検証するためです」

「シミュレーターを続けていると、エンジニアリングの知識も増えてきます。そのおかげで以前の自分と比べると、セッティングの最適解に近づくスピードは確実に早くなっていることを実感しています」

 リアルとバーチャルの“二刀流”で活躍する宮田は、シミュレーターによって着実に経験値を積んでいる。そんな彼が見据えるのは日本国内にとどまらず、リアルなレースにおける世界への挑戦だ。宮田の地道な努力が、現実の世界で実を結ぶのはいつか。

■動画:宮田莉朋の自宅へ潜入! 現役国内トップドライバーの自宅レーシングシミュレーター環境とiRacing
URL:https://youtu.be/kpr25NKhFi0

■宮田莉朋の自宅シミュレーター環境/購入時総額:169万7834円

【ゲーミングPC】
・簡易水冷式ゲーミングPC本体:25万6980円

【ゲーミングモニター/フレーム】
・MSI Optix G32CQ4 湾曲パネル32インチ 3画面ゲーミングモニター:単価4万9800円
・Simlabモニターフレーム3画面:約5万5217円

・モニター4画面用:2万9864円
・ゲーミングモニター:ASUS製27インチ

・4画面取り付けモニターフレーム:約13701円

【操作系】
・モーター
Simucube2 ultimate:約43万4,119円

・ペダル
Simtagペダル:約30万3745円

・ステアリング
LM-X Steering Wheel:約38万28円

・フレーム
長谷川工業/DRAPOJI:7万4660円

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