<夜明けのレンズ 起立性調節障害を越えて> 『限界』 進路に苦悩、体調が悪化

自分の夢に向かって歩き出す勇気が持てず苦しむ日々。生きている意味さえ実感できなくなった(写真はイメージ)

 朝起きられないなどの症状が特徴で、思春期に発症することが多い起立性調節障害。進路に悩んでいた昨年、この病気を発症して葛藤しながらも、映像作品に関わる夢に向かって歩き始めた女子高生がいる。野田国際高(長崎市)3年の國武惠理さん(17)。この夏、好きな楽曲のミュージックビデオ(MV)を初めて撮影、制作しネット上で公開した。自分の気持ちに向き合うこと、誰かに思いを届けること―。カメラのレンズを向けながら学び、闇夜を歩むようだった日常に明るさを取り戻した10代の姿を見つめた。

 10月初旬。秋風が吹き抜けるオランダ坂の途中で國武さんは足を止めた。「この角で登場人物2人が偶然出会うように撮るのが難しくて」と笑い、自前のジンバル(撮影用スマホの安定器)を振る。そこは、今春制作に初挑戦したMVのロケ地だった。

 福岡県出身。医療従事者の両親の元で一人っ子として育った。好きなことも将来の夢も特にはなかったが、小学生の頃から塾に通っていた影響で中学受験に挑戦。長崎県内の中高一貫の進学校に合格して5年前に母親らと長崎市に移住した。
 吹奏楽部と勉強の両立に励んでいた中学時代。日中の眠気や気分の落ち込みに悩まされた時期があった。病院では自律神経の未発達を指摘されたがなかなか改善しない。
 そんな時に動画投稿サイト「ユーチューブ」の動画で偶然見た有名俳優の演技にくぎ付けになった。「何、この人」。夢中で出演作を鑑賞するうちに気持ちが少しずつ明るくなった。「俳優は人を救えるんだ。私もなりたい」。中学3年の頃から憧れが少しずつ将来の目標に変わっていった。
 心から何かをやりたいと感じたのは生まれて初めて。だが俳優になりたいと望めば望むほど「絶対になれない」と思った。ずばぬけた容姿も経験もなく前に進む自信はない。なのに諦めることもできない。同じ医療の道に進むと信じ、遠くの学校に通わせてくれた両親にも申し訳なかった。「見捨てられらどうしよう」。進路について話そうとすると涙が出た。
 本格的な大学受験の準備に入るため、進路を決めなければならなかった高校2年の昨年5月。ストレスが限界に達した。塾まで車で送り届けてくれた母と口論になり、とっさに車を飛び出してしまった。行く当てはなく家に向かって歩いていた途中、橋の上で足が止まった。既に同じ目標に向かって頑張る同世代がいるのに、自分はただ学校に行って授業を受けているだけ。進路さえ決められない―。自分がどんどん嫌になった。「ここにいる意味なんてない」。勢いよく流れる川をじっと見つめた。
 その日を境に、少しずつ日常が崩れていった。
 朝のスクールバスに乗れない日が次第に増えた。朝、声をかけられても起き上がれない。布団から引っ張り出されても制服に着替えている途中に眠り込んだ。「どうして来られないの」。担任や部活の仲間は何度も尋ねたが、自分が一番理由を知りたくて苦しかった。
 迎えに行けば学校に来られると思ったのかもしれない。ある朝、担任が自宅を訪ねてきた。パニックになり、風呂場に逃げ込み鍵をかけ、担任が帰るまで必死で閉じこもった。その後、状況はさらに悪化。どんなに起こされても夕方まで眠り続ける日々が始まった。


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