国内外12クラブに所属。南葛SC・長谷川悠が体得した「相手を生かし、自分も生きる」コミュニケーションスキル

スポーツ界・アスリートのリアルな声を届けるラジオ番組「REAL SPORTS」。元プロ野球選手の五十嵐亮太、スポーツキャスターの秋山真凜、Webメディア「REAL SPORTS」の岩本義弘編集長の3人がパーソナリティーを務め、ゲストのリアルな声を深堀りしていく。今回はゲストに、南葛SCのFW長谷川悠選手が登場。国内外12クラブに在籍した異色のキャリアを振り返るとともに、よりよい人間関係を構築するために必要なコミュニケーションスキルについて聞いた。

(構成=磯田智見、写真提供=南葛SC/松岡健三郎)

交渉したその場で南葛SCへの加入を決断

秋山:本日のゲストは、社会人サッカークラブの南葛SCに所属する長谷川悠選手です。長谷川選手は今シーズンの途中から南葛SCの一員になったんですよね?

長谷川:はい。今年の8月からチームに加入しました。

秋山:岩本さんは南葛SCのGM(ゼネラルマネージャー)を務めていますが、長谷川選手にはシーズン途中にオファーを出したんですか?

岩本:実際にオファーを出したのは今年の7月に入ってからでした。その時点で関東サッカーリーグ1部のスケジュールは年間の半分以上を消化していましたが、10月に開催される全国社会人サッカー選手権大会(以下、全社)に向けてFW陣にケガ人が多く、急いで補強する必要がありました。全社は今シーズンの南葛SCが掲げる最大の目標、JFL(日本フットボールリーグ)昇格につながる大会でしたから。

秋山:そういう背景があったんですね。

岩本:そこで、当時海外リーグでプレーしていた悠くんをリストアップしました。国内外でプレー経験があり、Jリーグでもさまざまなクラブで結果を残した実績もあります。特に勝負どころでインパクトのある活躍を見せるタイプで、2008年にはモンテディオ山形のJ1リーグ初昇格に大きく貢献しました。これだけの経験と実績を持つ選手ならば、短期間でチームにフィットしれくれるのではないかと考えました。

五十嵐:長谷川選手の体のサイズもとても魅力的ですよね。身長はどのくらいあるんですか?

長谷川:187センチあります。

岩本:やはり恵まれた体格を生かした空中戦の強さが武器の一つですから、トーナメント形式で争う全社に臨むにあたり、「どうしてもあと1点がほしい」というシチュエーションで力になってくれると考えました。同時に、足元の技術も高いレベルにありますから、丁寧にボールを扱いながら主導権を握ることを目指す南葛SCのプレースタイルにもマッチすると判断しました。

五十嵐:南葛SCからオファーが届いたときはどんな気分でしたか?

長谷川:本当にありがたいという思いでいっぱいでした。

岩本:1時間ほど交渉して、その場で加入を決めてくれました。当初は8月から11月までの4カ月契約でしたが、すでに契約更新を済ませ、2023シーズンも南葛SCの一員として戦ってくれることになっています。

サッカー界では先輩を「くん」付けで呼ぶ!?

五十嵐:まだ在籍期間は4カ月と少しですが、南葛SCにはどのような印象を抱いていますか?

長谷川:南葛SCにはもともと仲がいい選手、知り合いの選手が多いので、普段からチームメートと会話をする機会が多く、スムーズにチームに馴染めたと感じています。若い選手も仲良くしてくれていて、練習グラウンドまで若手の車に乗せてもらって移動することもよくあります。

五十嵐:最近の若手選手というのは、年齢の離れた選手を前にしても緊張しないものなんですかね? 長谷川選手は今年の7月に35歳になったので、20代の選手にとっては10歳近く離れているわけです。

長谷川:加入当初は若手のみんなが気を使ってくれていました。でも今では、19時からの平日練習が終わったら若手のほうから「飯行きましょう!」って声を掛けてきます(笑)。

五十嵐:野球界では後輩が「ご飯を食べに行きませんか?」と声を掛けてきたとしても、ほとんどの場合は先輩がごちそうします。そのあたりについて、サッカー界はどうなんですか?

長谷川:もちろん選手やチームによって異なるところもあるとは思いますが、基本的には先輩がごちそうしますね。

秋山:ちなみに、自分が所属しているクラブのGMと一緒にラジオ番組に出演するのはどういう感覚なんですか?(笑)

長谷川:普段から岩本さんとは会話をすることが多いので、特に違和感はありません(笑)。

五十嵐:野球界ではあり得ないことですね。現役時代、もし僕が球団のGMから「一緒にメディアに出演しよう」と誘われたとしても、「えっ!? どうしようかな……」って本気で悩んでいたと思います。それに、GMから「くん」付けで名前を呼ばれるなんて、僕にはまったく考えられません。

岩本:野球界において、GMが選手の名前を呼ぶ際には呼び捨てが当たり前ということなんですね。

五十嵐:まさにそうです。名前の呼び方については、サッカーの文化と野球の文化は全然違います。サッカー界では、先輩のことも「くん」付けで呼ぶことがありますよね?

長谷川:先輩に対しても「くん」付けで呼ぶケースが多いですね。ただ、南葛SCのチームメートで言えば、稲本(潤一)選手に対しては「イナさん」と呼んでいます。

五十嵐:稲本選手は僕と同じ43歳でしたよね? やはり8歳差くらいあると「さん」付けになるのかな?

長谷川:そうなのかもしれません。ちなみに、4歳上の今野(泰幸)選手のことは「コンちゃん」と呼んでいます(笑)。

岩本:何歳離れていようが、今野選手のことはみんなが「コンちゃん」と呼んでいますね(笑)。

五十嵐:そういう呼び方が僕にとっては不思議だし、ものすごく違和感があります(笑)。

19歳のころに投げ掛けられた先輩からの厳しい言葉

五十嵐:シーズン半ば過ぎからチームに加入したとなると、南葛SCにとって長谷川選手はJFL昇格のための“超助っ人”ですよね。10月の全社についてはどう振り返りますか?

長谷川:プロ1年目の2006年、当時J2だった柏レイソルに在籍していた僕は、シーズン途中に東海リーグ1部だったFC岐阜に期限付きで移籍しました。そのFC岐阜でもJFL昇格を懸けて社会人の全国大会に臨んだ経験があるんですが、あのとき以来、この大会の厳しさを久しぶりに体感しました。

五十嵐:その厳しさとは?

長谷川:大会はタイトなスケジュールで行われ、2連戦や3連戦は当たり前。その上、1試合ごとの勝敗、勝負どころで得点できるか失点するかで、クラブの未来も選手の未来も大きく変わってきます。FC岐阜時代、当時の僕はまだ19歳で右も左もわからないまま出場していましたが、今年はとてつもない緊張感がありましたし、あのころの先輩たちが「この大会だけは足が震える」と言っていたことを心の底から実感しました。

岩本:19歳のころには、FC岐阜の先輩から怒られたらしいね?

長谷川:そうなんです。本当に大事な試合で決定機を逃してしまったシーンがありました。当時の僕はレイソルからレンタルでFC岐阜に加入していた身だったので、先輩たちからは「お前には帰るところがあるからいいよな」と。

秋山:それは厳しい言葉ですね……。

長谷川:ただ、最終的にFC岐阜はJFL昇格を成し遂げることができたんです。すると今度は、先輩たちが「選手としてJFLや地域リーグのカテゴリーまで下がってきてしまうと、そう簡単にJリーグの舞台には戻れない。だから来年以降、お前はレイソルに戻ってずっとJリーグのピッチで活躍できるように努力を続けろよ」と声を掛けてくれました。あのシュートを外した悔しさ、そして先輩たちのエールがあったからこそ、プロ2年目からは試合に絡めるようになりました。

五十嵐:素晴らしいエピソードですね。

長谷川:今年10月の全社では、当時のデジャブかと思うくらい、南葛SCの若手選手が大事なところでシュートを外すシーンがありました。チームにとっても本人にとっても悔しい場面ではありつつも、若いころの自分と重ね合わせ、「こいつもここから成長していけるんじゃないか」と強く感じました。実際、大会後に成長の証が見られるので、この先もどこまで伸びていけるか個人的に注目しています。

若手へアドバイスを送る姿はまるでコーチのよう

岩本:悠くん本人も後輩に関する話をしていましたが、彼のすごいところの一つに、若手選手たちに惜しみなくアドバイスができるところが挙げられます。相手選手との競り合い方、ボールの受け方、正しいポジショニングの取り方など、まるでコーチかのように後輩たちに声を掛けています。サッカー界にそういうタイプの選手は決して多くないので、その姿はとても印象的です。

秋山:チームメートというよりも、ライバルという見方をするケースが多いんですね。

岩本:特にゴールという結果がすべてのFWの選手において、そこまで動き方について細かくアドバイスする選手は珍しい存在です。

五十嵐:長谷川選手としては、若い選手たちに少しでも自分の経験を伝えたいという思いがあるんですか?

長谷川:彼らに対して「伝えたい」「教えたい」というよりは、僕なりの考え方を共有することで、そのあとに自分自身がプレーしやすくなると考えています。お互いのイメージをわかり合えているときが一番いいプレーができる状態だと思っているので、練習中はチームメートと話をしている時間も長いかもしれません。直接話をすることで解決できる問題や課題はたくさんありますから。

秋山:確かにコミュニケーションを取ることで物事の多くは前進していきますよね。

一番の強みはサッカー界にたくさんの仲間がいること

秋山:長谷川選手のプロフィールを見てびっくりしたのが、所属クラブの多さでした。流通経済大学付属柏高校を卒業して、柏レイソル、FC岐阜、柏レイソル、アビスパ福岡、モンテディオ山形、大宮アルディージャ、徳島ヴォルティス、清水エスパルス、V・ファーレン長崎、ウロンゴン・オリンピックFC、シドニー・オリンピックFC、セントジョージFC、そして現在は南葛SCに所属しています。

岩本:こんな経歴を持つ選手はなかなかいませんよね(笑)。

五十嵐:これだけ多くのクラブでプレーしたことで得られたことやよかったことは、どのような部分になりますか?

長谷川:一番はサッカー界にたくさんの仲間ができたことです。どのクラブに移籍したとしても、知っている選手がいるというのは自分にとって大きな強みです。また、所属先によってさまざまなサッカースタイルやクラブのカラーがありますから、多様な考え方を見聞きできたことはいい経験になっています。

五十嵐:いろいろなクラブに所属してきて、ここはちょっと馴染みにくいなと感じるクラブもあったりするんですか?

長谷川:これだけ移籍を繰り返していると、やはり当初は苦労するクラブもありました。でも、いつの間にかチームメートの輪に溶け込むことができ、最終的にはどのクラブにも居心地のよさを感じました。そのなかでも一番スムーズに馴染めたのは南葛SCです。大宮アルディージャで一緒だった下平匠、清水エスパルスで一緒だった楠神順平、それに流経大柏高校の後輩が5人もいますから、コミュニケーションが取りやすい環境でした。

五十嵐:野球は団体競技でありながら、一部では個人競技のような側面もあります。一方、選手全員が連動するサッカーでは、チームに馴染むためにどういう部分が重要になってくるんですか?

長谷川:やはりコミュニケーションを取ってお互いのプレーの特徴を理解し合うことは大切です。日本のチームの場合、“よくも悪くも”選手たちのなかで「このシーンではこう動こう」というイメージがだいたい一緒なんです。だから、選手個々の特徴を理解し合えれば、相手を生かすこともできるし、自分を生かしてもらうこともできます。

秋山:コミュニケーションの方法は、移籍をたくさんしたからこそ身につけられた部分なんですか?

長谷川:そういうところもあると思います。やはり人それぞれ、感じ方や捉え方が違いますから、僕の意見を押しつけるのではなく、「こういう動き方をするとこういうメリットがある」という部分をわかりやすく説明しようと意識しています。ただ、声を掛けすぎることで動きにくさを感じるタイプもいるので、一人ひとりによってアプローチの仕方は変えているつもりです。

チーム力を高めるビノベーションレポートとは?

岩本:悠くんはコミュニケーションツールに関するビジネスにも取り組んでいます。

五十嵐:それはどのようなものなんですか?

長谷川:「ビノベーションレポート」といいます。簡単にいうと「自分のことは意外と知らない」「自分のことをもっと知ろう」というスタンスで自己分析テストに臨んでもらい、その回答をもとに受験者の行動特性やモチベーション、ストレス耐性などを分類、データ化します。僕は受験者にテストの結果を解説し、行動変容を促す解説者の資格を取りました。

岩本:僕も実際にテストを受けて解説をしてもらいました。140の質問に答えるだけで、性格面や人間関係における自分の特徴がわかるんです。このビノベーションレポートを通じて自分自身と相手の性質が把握できていれば、普段の人間関係の向上はもちろん、スポーツの世界でも監督と選手、GMと選手、GMと監督などのコミュニケーションに生かせます。南葛SCでも導入する予定です。

長谷川:例えばモチベーションの分野については、試合に臨む際に「自由にやっていいよ」「楽しんでね」と言われることを好む選手もいれば、そう言われると何をしたらいいのかわからなくなって混乱してしまう選手もいます。逆に、「君にはこういう役割、こういうプレーを期待している」と細かく言われたほうが、相手からの信頼感が伝わってくるというタイプもいます。そういうお互いの性質を知り合うことで、個人からグループ、グループからチームというように輪が大きくなり、最終的にはチーム強化につなげていくことができるんです。

五十嵐:野球界でも、明確な指示があるほうが動きやすいという選手も少なくありません。あくまで個人的な見解ですが、「プロ野球選手なんだから、指示される前に自分で考えて行動するべきだろう?」と僕は思っていたんですが、そうではないタイプもたくさんいる。だから、選手の性格をしっかりと把握するためにはぜひ導入すべきですよね。これは僕もぜひやってみたいですね。

秋山:チームに所属する選手一人ひとりの性格を理解できると、全体のコミュニケーションがより深まりそうです。

長谷川:自分では気づきにくいデータもちゃんと結果に表れます。例えば、好きなことと嫌いなことの差が明確な人は自分でもその特徴を自覚している傾向がありますが、一方で好きなことと嫌いなことの差が明確でない人は、その特徴を自分でも気づいていないんです。

五十嵐:スポーツや会社、さまざまな組織で生かせそうですし、夫婦でもお互いの性格がわかり合うことで夫婦喧嘩が減りそうですよね(笑)。

長谷川:そのとおりです。夫婦で受験する方もいますし、なかには子どもを受験させて結果が知りたいという親御さんもいます。さまざまな分野で活用することができますので、興味がある方はぜひ「ビノベーションレポート」で検索してみてください。

<了>

[PROFILE]
長谷川悠(はせがわ・ゆう)
1987年7月5日生まれ、山梨県出身。南葛SC所属。流通経済大学付属柏高校を卒業後の2006年に柏レイソルでプロキャリアをスタートさせ、10年以上にわたりJリーグの舞台で活躍。J1リーグでは178試合26得点、J2リーグでは113試合19得点をマークしている。2020年からはオーストラリアのクラブでプレーし、2022年8月から関東サッカーリーグ1部に所属する南葛SCに加入した。187センチ、79キロという恵まれた体格を生かしたポストプレーや空中戦の強さが武器。また、ボールコントロールやシュートの技術も優れ、あらゆる形で相手ゴールに襲い掛かるストライカーである。

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