泣き寝入りするしかない…88歳の認知症の方が巻き込まれたお金のトラブル

高齢者の割合が増加する日本。年齢とともに有病率が高まる認知症について正しく理解し、対処法を知っておくことは重要です。

そこで、長寿日本一の入居者がいる老人ホームの施設長・柴谷匡哉 氏の著書『施設長たいへんです、すぐ来てください!』(飛鳥新社)より、一部を抜粋・編集して実際に起きた事例をもとに認知症の症状や周辺症状を解説します。


午前2時に部屋に現れる 「見知らぬあの人」は誰?

症状 鏡現象

「部屋に知らん人が入ってくるねん。何とかしてー!」

そう言いながら事務所に来られたのは、ケアハウスに入居されている田中恵子(84歳)さん。長年自宅で独り暮らしをしていましたが、食事の支度や身の回りのことが徐々にできなくなり、ケアハウスへ入居されました。

三度の食事には時間通りきちんと食堂まで降りて来られ、1階の大浴場にも1人で規則通り入り、生活態度にもなんの問題もありません。ただ、自宅にいるときは認知症の症状が強く出ていたので、環境の変化でさらにひどくならないか、ご家族は心配されていました。

その田中さんが、入居2週間目、寮母にちょっと相談があると深刻な顔で事務所に来られたのです。

私どものケアハウスは、1部屋が約8畳の個室で、洗面所とミニキッチン、洋式トイレを完備しており、24時間通話可能なナースコールと、玄関の扉には鍵もついています。食事つきの老人用ワンルームマンションと言えば想像しやすいと思います。

施錠さえしていれば、他の入居者や、まして外部から他人が勝手に入るようなことはありません。

「どんな人が入って来るの?」
「すごく怖い顔した人!」
「知っている人?」
「全く知らない女性」

それも毎晩、深夜2時頃になると部屋に入って来るので怖いと訴えます。

寮母が「知らない人が部屋に入ってきたらナースコール鳴らしてね」とお願いすると、「絶対鳴らします」と田中さん。こうして、しばらく様子を見ることになりました。宿直も、巡回中に誰かウロウロしていないか注意し、午前2時にナースコールが鳴るのではと注意していましたが、一向に鳴りません。

一方、田中さんは真夜中の訪問者のことを、他の入居者たちに食堂やお風呂でも訴えます。

「夜中に怖い顔した人が入って来るねん! 怖いわー!」「じっとこっちを睨んでるねん」。

すると「田中さんの部屋に泥棒が入ったみたいやで!」「外から知らん人が入って来て物騒や。なんとかしてー」と話が入居者伝いに徐々に広がり、雪だるま式に大きくなっていきました。しまいには、田中さんの横でいつも話を聞いてお食事をされている入居者が、「施設長たいへんやで! 施設に泥棒が入るねん。警察に連絡して」と私に直じか談判に来られた日もありました。

そんなある日、宿直者がお盆休みで手配できず、私がすることになりました(今でこそ私が宿直することはありませんが、施設ができた当時はちょくちょくしていたのです)。まさか自分が宿直のときにナースコールはないと高をくくっていたのですが……。

ピッピッピッーとけたたましい音が宿直室に鳴り響きました。飛び起きて時計を見ると、午前2時! 「来た!」と思いながら、事務所に急いで走って行き、ナースコールの点滅する部屋のボタンを押して受話器に向かって「どーしましたー?」と声をかけると、「田中です、部屋に知らない人が!」。

「ついに来たか!」と私は急いで部屋に向かいました。部屋に入って田中さんに「どこですか?」と尋ねると、怯えた様子で指をさします。「こ、こ、この人!」と震えながらその指がさしている先を見ると、そこには鏡に映る田中さんの顔がありました。

そのとき私は悟りました。田中さんは日中は他の入居者と会話もし、食事や入浴もきちんとしていましたが、部屋で一人になると我々が気づかなかった認知症の症状が出ていたのです。翌朝、私は寮母と一緒に田中さんの洗面所の鏡に大きな布を被せました。

それ以降、田中さんの部屋に真夜中の訪問者はぱたっと来なくなりました。

対処法

今回のケースのように、鏡に向かって話しかけたりする行為を「鏡現象」もしくは「鏡像反応」と言います。アルツハイマー型認知症の中等度から重度の高齢者に特有の現象で、鏡を認識できないことによるものと考えられています。

鏡に映る自分の姿を他人だと認識し、話しかけもします。その様子は身ぶり手ぶりも交え、あたかも鏡の中の人物と語り合っているようで、時には、怒ったり追い払おうとしたりもします。やがて、鏡に映る像も認知できなくなると鏡に関心を示さなくなり、最後は鏡を鏡として認知できなくなってしまいます。

家族や支援する人はたいへん戸惑います。

鏡現象は、鏡に映る像を誤って認識する現象ですから、幻覚ではありません。鏡に自身の姿が映らないよう、鏡の向きを変えたり、鏡の前に布をかけたりしてください。それだけで鏡現象は生じなくなり、不安、恐怖心、焦燥も緩和されます。

犯人は誰だ? コツコツ貯めた預貯金が減っていく

お金の記憶障害

認知症高齢者は、さまざまな社会的活動が制限されてしまいます。その中には認知症を発症したご本人の財産の管理も含まれます。

問題は財産の管理・処分に制限がかかり、たとえご本人のために財産を活用したいというご家族の意向があったとしても、叶わなくなってしまうこと。ご本人が自ら遺言を書いたとしても、それを法的に有効とすることはできず、希望通りの財産管理や相続の実現が困難になります。

ケアハウスに最近ご入居いただいた落合夏子(88歳)さんは、生涯独身で身近親戚の方もおらず、一人で公団住宅にお住まいでした。長年大手企業に勤められ、年金や今までの貯えが十分にあり、お金に困ることもありませんでした。「老人ホームには絶対に入りたくない。近所に親しくお付き合いしてる人がいるので、その人たちにお世話になりながら今の家で最後まで暮らしたい」と切望され、遠縁の方にもそう話されていたそうです。

そんなある日、遠縁の方が久しぶりに電話を入れると、支離滅裂な話を繰り返す落合さんの様子に「もしかして、認知症?」と心配になりました。このまま一人で生活していくのは厳しいのではと当ケアハウスに相談があり、そのまま入居されてきたのでした。

驚いたのは、落合さんの認知症が結構進んでいたことです。よくお一人で生活できていたと関心したほどでしたが、聞くと、近所の方二人が代わる代わる食事を届けておられたそうでした。

入居前にその近所の方から施設に電話があり、「本当に入居するのか?」「我々でしっかり面倒みるので」と何度も電話がかかって来ました。寮母が一言、「こんなこと初めてですね。近所の人が面倒みるって、何か魂胆があったりして!」と言うくらいでした。

後日、「施設長たいへんです!」。寮母が私を見つけて、事務所から駆け寄ってきます。「どうしたの?」と聞くと、「親切の魂胆がわかりました!」と私に息せき切って報告に来ました。

「これを見てください」と差し出してきたのが、落合さんの通帳でした。詳しく見てみると、10万円、20万円、50万円とまとまった金額が定期的に引き出されていたことが、はっきり記録されていたのです。その額、ここ3年でなんと500万円ほど。

念のため落合さんにその出金について聞いても、「さあ、お金出してますか?」と対岸の火事のような様子でした。

「これ間違いなく、あの近所の人やな!」

そう私が言うと、寮母が確かめてみますと、すぐに電話をかけました。近所の人は、悪びれる様子もなく、やれ落合さんのために何々を買ってあげただの、やれ食材費や生活費に使っただのと説明します。

そこで寮母が一言「領収書ありますか?」と聞くと、「そんなん領収書なんかないし、私らは落合さんによかれと思ってやってあげたのに、お金使い込んでるとか疑われて心外や!」「まさか、落合さんのこと一番心配してる私をほんまに疑ってるの?」と逆ギレしてくる始末でした。

落合さんにご家族がいれば警察にも相談しますが、今回は残念ながら泣き寝入りです。当の落合さんは、「よくしてくれたのよ」と全く気にするそぶりもありませんでした。この落合さんですが、実はコツコツ貯めた預金が5000万円近くあり、近所の人は認知症になった落合さんをターゲットにしていたと思われます。

その後、落合さんは当ケアハウスで2年、特別養護老人ホームで2年過ごされた後、病院でお亡くなりになりました。お金をあの世には持っていけないと言いますが、身寄りのない落合さんは、遺言もなく、せっかく貯めた5000万円はほとんど手つかずのまま、結局国庫に帰属されてしまいました。

対処法

今回のケースは、認知症の方のお金のトラブルです。金銭管理が正しくできず、詐欺まがいの被害に遭い、最終的には全財産が国庫に帰属してしまいました。

一般的には、銀行は名義人が認知症だとわかった場合は口座を凍結させてしまい、介護費用などの支払いまでできなくなってしまいます。ただし、成年後見制度を活用することで、預金を利用できるようになります。

成年後見制度は、認知症などによって判断能力が低下してしまい、契約や財産管理が難しくなった人を支援するための制度で、「法定後見制度」と「任意後見制度」の2種類があります。法定後見制度は、判断能力が不十分となった人の権利を法的に支援、保護するための制度です。

任意後見制度とは、判断能力が衰えたときのために、自己判断ができるうちから備えておくための制度です。ただ成年後見制度には、報酬がかかったり、本人の財産を自由に使えない、途中で辞めることができないなどのデメリットもあります。

もう一つ公的な制度に「日常生活自立支援事業」があります。判断能力が不十分な方に対してサービスの利用援助をするものです。実施主体は、各都道府県や指定都市の社会福祉協議会で、窓口業務は市町村の社会福祉協議会等で行われています。

援助の内容は福祉サービスや苦情解決、日常生活の消費やサービス利用・契約に関するものです。他に、日常的な金銭管理や生活環境の変化を知るための定期的な訪問が行われます。ただ、本人に制度を理解できる程度の判断能力が残っていないと利用できず、不動産管理や遺産分割等はできません。

最後に、認知症に備える事前対策に有効な手法として注目されているのが「家族信託」です。財産管理を受託者に託していれば、仮に委託者が認知症になったとしても、信託の目的の範囲内で、受託者が銀行預金の引き出し、定期預金口座の解約手続き、遺言の作成、各種契約の締結、資産の運用や処分、不動産の修繕などの行為を行うことが可能です。ただ、家族間の不公平感を生む恐れや、扱えない不動産や財産もあるなどデメリットもあります。

認知症の方のお金については、将来、いつ何が起こるかわからないということを考慮したうえで、できるだけ早く検討を始めることが大切です。

施設長たいへんです、すぐ来てください!

著者:柴谷匡哉
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