人の温かさに触れた旅 74歳で長崎街道・230キロを踏破

常盤橋前で写真に納まる松井さん=福岡県北九州市(松井さん提供)

 佐世保市ハウステンボス町の松井昭夫さん(74)が、江戸時代に長崎・出島から北九州市の小倉を結び、西洋文化を伝える幹線だった長崎街道(約230キロ)を踏破した。人との出会いが楽しかったという松井さんは、踏破の余韻に浸ることなく次の目標の平戸街道に向けてトレーニングを続けている。

 元高校教諭の松井さんは、一昨年7月に埼玉県から妻の由紀さん(71)の実家近くの佐世保市に転居してきた。学生時代から歩くことが好きで、これまで「坂本龍馬脱藩の道」や「奥の細道」などの踏破に挑戦してきた。「長崎といえば長崎街道」だと思い、引っ越した暁には挑戦することを決めていた。
 転居後、自宅周辺を1日15キロ程歩き、5月からは“本番”に向け山道も歩いた。そして6月8日に長崎市の出島を出発。長崎街道の旅をスタートさせた。
 連続して歩くのではなく、1日歩いては公共交通機関を使って自宅に戻り、次は前回の終点から歩くといった方法で挑戦した。
 グーグルマップは使わずに、頼りは地図と地域の人。道に迷うこともあり、「本来の距離より長く歩いている」と松井さん。25ある宿場の雰囲気の違いを堪能しながら1日約20キロ歩いた。佐賀県、福岡県は現地に1泊して2日続けて歩き帰宅、を繰り返す。江戸時代の面影が残る福岡県飯塚市の内野宿では「(江戸時代に)取り残されたような感覚」に陥ったという。
 旅で印象的だったのは「現地の人たちの温かさ」。歩いているとよく声をかけられ、暑い日にはジュースをくれた人も。行く先々で現地の人との交流が生まれ、「住所を教えてくれた人とは今でも手紙のやりとりをしている」という。
 最終日の11月26日には、ゴールの常盤橋(北九州市小倉北区)までの数キロを現地の高校生が案内してくれ、「旅のご褒美だった」と振り返る。由紀さんが横断幕を持って迎え、通行人らの拍手を受けながら高校生と一緒に常盤橋に到着した。

長崎街道の地図を手にする松井さん=佐世保市内

 踏破挑戦の幕は下りた-。となるところだが、資料を調べる中で、街道の終わりを同市門司区の大里宿とする説があることを知り、常盤橋から数キロ足を伸ばし豊前大里宿跡まで歩みを進め、そこでようやく「本当のゴール」となった。締めて計約370キロ。140キロも遠回りしての、半年にわたる挑戦は終わった。
 2023年は平戸街道を目指すという松井さんは「今回の旅で味をしめたので、次はもっと楽しい旅の出会いがあるのではと期待している」と笑顔を見せた。


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