スポーツ中継はネットが主戦場に【2023年を占う!】メディア

安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)

【まとめ】

・去年、メディア界最大のニュースは、ABEMAによるサッカーW杯全64試合無料生中継

サイバーのメディア事業の赤字幅は2020年から縮小傾向に。

・テレビも変わらなければ、今後、W杯やボクシング、格闘技などのメインマッチなどは地上波では観れなくなるかもしれない。

2022年、メディア界最大のニュースは、インターネットテレビのABEMAによる「FIFAワールドカップカタール2022」開幕戦から決勝までの全64試合無料生中継だろう。

なぜこれが最大のニュースなのか。それは、スポーツ中継の担い手が、地上波テレビからインターネットテレビに移った歴史的な年だからだ。

ABEMAを知らない人もいるだろうから簡単に説明すると、株式会社サイバーエージェントと株式会社テレビ朝日が出資して2015年4月に設立された株式会社AbemaTVが運営する、ライブストリーミング形式インターネットTVプラットフォームであり、ビデオ・オン・デマンド・サービスだ。ようは、スマホで見るテレビだと思えばよい。2016年4月から放送を開始しており、すでに7年目に突入している。

サイバーエージェントとは、メディア事業、インターネット広告事業、ゲーム事業を主とするIT企業である。

▲図 ABEMA、FIFAワールドカップカタール2022ロゴ 出典:サイバーエージェント

今回ABEMAがすごかったのは、完全無料生中継だけでなく、見逃しフルマッチ配信、追っかけ再生、ハイライト(名場面集)、マルチアングル映像、試合データなど、新しい機能が満載で、従来のテレビ視聴とは異なる新視聴体験を提供したことだろう。また、本田圭佑氏の歯に衣着せぬ解説も好評を博した。

しかしなんといったって、テレビの前にいなくてもスマホさえあればいつでもどこでも試合を視聴出来る、というのは大きい。移動中だろうが、ベッドの中だろうが、好きなときに観ることができるという便利さが受けたことは間違いない。かくいう筆者もおおいにABEMAを利用させてもらった。

実際、かつてないほど多くの人がABEMAでW杯を観た。日本対スペイン戦、コスタリカ対ドイツ戦などが中継された去年12月2日の視聴者数(ABEMAに訪れたデイリーのユニークブラウザ数)は、1700万人を突破し、ABEMA開局史上最高数値を記録したのだから。(サイバーエージェントプレスリリース 2022年12月3日

多いと言っても1700万という数字はABEMAに接続した回数だから、その人数が同時に視聴していたわけではない。今のところ、地上波テレビの視聴者の方がまだ多い事は間違いなさそうだが、今回地上波の放送した試合回数はさみしかった。

NHKが開幕戦と決勝を含む21試合を地上波、BSで放送。(動画配信サービスのNHKプラスでも同時配信)テレビ朝日とフジテレビが、各10試合ずつの計20試合を生中継するにとどまった。

これはひとえにテレビ局側が放映権料を払えなかったからに他ならない。サイバーエージェントは200億円ともいわれる放映権料を、ありあまるゲームと広告ビジネスによる利益でまかなった。隔世の感がある。

今後、W杯やボクシング、格闘技などのメインマッチなどは地上波では観れなくなるかもしれない。地上波テレビの収益性が落ちてきているからだ。すでにテレビの広告費はインターネット広告に抜かれている。

では、ABEMAは今後もこうしたスポーツのビッグイベントを無料放送し続けるのだろうか?なにしろ、巨額の放映権料に加え、配信料、中継を支えるCDN(コンテンツ・デリバリー・ネットワーク)費用、スタジオセットやMC、ゲストの出演費、事前の広告宣伝費などがかかる。ばかにならない額だ。

一方で、広告収益やプレミア会員(月額960円)増加による収益が期待できるし、WAU(週間アクティブユーザー数)増加も広告収入の増加要因となる。広告、ゲーム事業が好調である限り、ABEMAはこのまま突っ走るかもしれない。

また一部コンテンツをPPV(ペイパービュー:有料オンラインライブ)にする選択肢もある。ABEMAはすでに格闘技イベントなどでPPVの実績が豊富で、いつでも有料課金に移行できるのは強みだ。

もうひとつABEMAの強みは、CTV戦略が好調なことだ。CTVとはConnected TV(コネクテッドテレビ)、すなわちインターネットに接続したテレビを指す。

最近のテレビのリモコンやAmazonのFireTVStickには、ABEMAの起動ボタンがついている。スポーツや格闘技は大画面と相性が良い。スマホやタブレットで見るより、大画面のテレビで見た方が迫力があるし、友達や家族と一緒に観ることもできる。家ではCTV、通勤通学時はスマホ、という使い分けをするユーザーが増えれば、これもABEMAのメディア事業にとって収益を底上げする要因となる。

▲写真 テレビリモコンに設置されているABEMAの起動ボタン ⒸJapan In-depth編集部

在京キー局5社らが出資している見逃し無料配信動画サービスTver(ティーバー)や、フジテレビが運営する公式の動画・電子書籍配信サービスFOD(エフオーディー:フジテレビオンデマンド)なども頑張ってはいるが、ことスポーツビッグイベントの中継に関しては、ABEMAに対して分が悪そうだ。

一方で、上に述べたようにサイバーはメディア事業に巨額投資を続けており、赤字が続いているのは周知の事実だ。2019年の206億円の赤字を最後に2020年から赤字幅は縮小傾向にあるが、2022年は依然128億円の赤字となっている。

そうした中、急激に売り上げを伸ばしているのが周辺事業と呼ばれる「WINTICKET(ウィンチケット)」だ。サイバーの連結子会社である株式会社ウインチケットによる競輪・オートレースのインターネット投票サービスである。急速に売り上げを伸ばしており、メディア事業の収益を大幅に押し上げる可能性がある。実際、サイバーもそれを期待しているだろう。

▲図 サイバーエージェント メディア事業の売上高と営業損益 出典:サイバーエージェント決算資料(2021年10月~2022年9月)

ただ、「周辺事業」が打ち出の小槌だとわかれば、なにもわざわざ苦労して広告、月額課金、PPVなどで稼がなくてもいいや、という空気が社内にまん延しないとも限らない。そうなると、メディア事業の累損を一層し、黒字に転換する時期が遅れるかもしれない。無論、サイバーのことだから、そうならないように収益改善のみちすじは明確に描かれているとは思うが。

いずれにしろ、地上波テレビにとって、ABEMAが強敵に育ってきているのは事実だ。とても安閑としてはいられないだろう。一方で、ABEMAはテレビの今後のビジネスモデルの参考になる先行指標をいくつも提示してくれている。テレビが本当に変わることができるかどうかも今年は問われることになろう。

トップ写真:FIFA ワールド カップ カタール 2022 決勝戦でフランスを下し、優勝を喜ぶアルゼンチンチーム(2022年12月18日、カタール・ドーハ)出典:Photo by Richard Sellers/Getty Images

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