第九十二回「優しさに溢れた歌は、ダニー・ハサウェイのように唄える人を選ぶもの」

世の中には優しい音楽というのがあります。無性に優しくて、聴いていると、「ありがとうございます」と思えてきて、涙すら出てきそうになります。でも、そのような優しい歌は、唄える人を選ぶといいますか、どうにもこうにも優しくない人が唄うと、ボロが出るというか、いやらしさがビシバシ出て、聴いていられません。 以前、どういうわけだか出演させていただいた映画がありました。その映画の撮影で、わたしは病院の病室にいました。息子が入院していて、わたしは父の役で、ベッドの脇に座っていました。そこに、安田祥子さん、由紀さおりさんの姉妹がやってきて、唄ってくださるというシーンでした。つまり、撮影ではありますが、生で、お二人の歌を聴く機会があったのです。お二人は、童謡を唄ってくれました。このときは、撮影ながらも、歌が体に染み入り、涙を流しそうになってしまいました。実際に泣くシーンだったので、それはそれでよかったのですが、「ああ、歌って優しいものなんだ」と思った経験でございました。撮影なのに、なんだか得した気分にもなったのです。 外国の歌でも、「なんだこの優しさは!」と、衝撃を受けた歌があります。あるときラジオを聴いていたら、ダニー・ハサウェイが歌う「He Ain't Heavy, He's My Brother」が流れてきたのです。この歌は、題名がすべてを物語っています。わたしが勝手に訳しますと、「彼は重くない、なぜなら彼はわたしの兄弟だから」といったところでしょうか。歌詞は、長くて曲がりくねった道を歩きながら、弟を背負っています。歌の元になった本当の出来事もあるそうです。歩けなくなった兄弟を背負う子どもがいて、神父が「重くないかい?」と訊くと、題名のように答えたそうです。 この歌は、ボビー・スコットという方とボブ・ラッセルという方の共作で、いろんな人が歌っています。わたしは、いろいろ聴いてみましたが、やはり優しさに溢れて、涙が出そうになるのは、ダニー・ハサウェイの唄うものでした。 なんで、ダニー・ハサウェイは、こんなに優しい感じで歌うことができるのでしょう? ダニー・ハサウェイは、頭に被ったキャスケット帽や、彼の目、雰囲気、なにもかもが優しさに溢れています。本当に素敵な人なんだなと思えてきます。キャスケット帽は優しい人しか被ってはならないとも思えてきます。そんなこんなで、今回紹介したいのはダニー・ハサウェイ『These Songs for You, Live!』です。収録されているどの曲も優しさに溢れています。 なんだか、最近はわたしは、せこせこ、きりきりしながら生きているような気がします。そんなこんなで、ダニー・ハサウェイを聴いて、優しさに溢れる人間になりたいと思うのでした。どうぞよろしくお願いします。

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