東青ヶ島海底熱水鉱床「金がどこから運ばれてきたのか解明したい」

国立研究開発法人海洋研究開発機構/野崎達生氏

当サイトでは2021年に「『還住の島』青ヶ島が人口減少で無人島化の危機」という記事を掲載したが、最近、青ヶ島に関する様々な取り組みがメディアやネットに登場するようになった。そうしたメディアで報じられたニュースの1つに青ヶ島周辺海域での金の話題がある。青ヶ島でゴールドラッシュが起きるのだろうか? 取り組みを進めている国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)海底資源センター・グループリーダー代理の野崎達生氏に話を聞いた。

2022年9月に行った航海調査の船上にて。左が野崎氏、右は共同研究者のIHI・福島康之氏= JAMSTEC提供

台風、黒潮‥‥海底の金採取器具の回収は持ち越し

――青ヶ島海域の金採取に取り組むことになった経緯を教えてください。

野崎達生氏 2015年に東京大学の研究グループから青ヶ島の東方海域で海底熱水鉱床(※1)を発見したという発表(※2)がありました。さらにその鉱床に高濃度の金が含まれているという新聞記事(※3)が2016年に出ました。そこで論文で詳細な情報が発表されるのを待っていたところ、2019年に東大のグループが論文を発表しました。その論文を読むと鉱石に含まれている金の濃度が非常に高くてこれはすごいぞと。それで2021年から青ヶ島海域の調査を開始しました。

※1 海底から噴き出す熱水に含まれている金属の元素が海水により冷却され沈殿し出来た鉱床

※2 https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/931/

※3 https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG02H1U_S6A600C1000000/

船上から無人探査機「ハイパードルフィン」を投入して潜航調査を行った=2021年調査、JAMSTEC提供

――現場は青ヶ島の東方12キロの海域ということですが、海底から金をたくさん含む熱水が噴き出て、周囲は金を多く含む鉱物で覆われているのでしょうか?

野崎氏 熱水が噴いている海底の周りには熱水に溶け込んでいたいろいろな金属元素が冷却されて沈殿し、金属元素に富んだ岩石ができます。東青ヶ島海丘カルデラの鉱石は金属元素の中でも金の濃度がとても高いことがわかってきたので、じゃあ、その熱水にも他の海底の熱水よりたくさん金が含まれているのではないか、ということで自然の熱水孔の上に金を吸着する特殊な吸着材を置いて金がどれくらい採取できるのか調査しているところです。

――NHKのネット記事(※4)によると、藻を使った吸着シートを2021年8月に設置し2022年9月に回収ということなのですが、結果はどうだったのでしょう?

2022年の調査は台風に見舞われ調査海域は大荒れ= JAMSTEC提供

野崎氏 実は9月に航海を行ったのですが、台風13、14、15号と3つの台風とぶつかってしまい、黒潮も今、すごく曲がっていて調査をしたい海域にもろに黒潮がきていたせいで潮の流れが速く、無人探査機を使った潜航調査ができなかったのです。そのため熱水孔の上の吸着材を回収することもできず今も海底にある状況です。10日間の航海のうち5日間は東京湾にいて、現場に行っても音波による海底地形・プルーム調査しかできなくてさんざんでした(苦笑)。

――ニュースがないのでどうしたのだろうと思っていたのですが、そういうことだったのですね。次回航海で回収するのですか?

調査海域からのぞむ青ヶ島=2021年調査、JAMSTEC提供

野崎氏 来年度の航海でまた無人探査機の潜航調査を予定していますので、夏ごろになると思いますが回収したいと思います。ただ、長く置きすぎたせいで吸着材が熱水で溶けてなくなってしまうとか、生き物がもっていってしまうとか、吸着材の入った箱が沈殿した鉱物で覆われてしまって熱水と反応できなくなってしまうとかいろんな可能性が考えられるので、いい方に転ぶか、悪い方に転ぶか回収してみないとなんとも言えないですね。

※4 https://www3.nhk.or.jp/news/special/sci_cul/2022/05/special/hydrothermal-chimney-gold/

水深や水の温度など金の沈殿に適した海底環境

――そもそも海底から熱水が噴き出ている場所というのはどのような場所なのですか?

野崎氏 海底熱水鉱床ができる場所って世界地図を見ると分布している場所は決まっていまして、1つは海洋プレートが生み出される場所、中央海嶺といいます。プレートが海底のマグマ活動で新しくできる場所ですね。あとは火山活動が起きる場所というと、プレートが沈み込む上ですね。地質学的には島弧とか背弧というのですが、日本列島のようなところです。日本列島のまわりでプレートが沈み込んでいるところというと伊豆には太平洋プレートが沈み込んでいますよね。沖縄の方にはフィリピン海プレートが沈み込んでいます。その裏側の海底で火山活動が起きるのでそこに熱水鉱床があります。日本周辺で約30地点、世界では700地点を超えて見つかっています。

東青ヶ島海底熱水鉱床の鉱石の研磨片顕微鏡写真。赤丸の部分が金を含んでいるエレクトラム= JAMSTEC提供

――そうした熱水鉱床の中で青ヶ島の熱水鉱床に金が多く含まれているのはどうしてなのですか?

野崎氏 金が沈殿する温度は200度前後。230、240度から180度くらいの温度で金を多く含む鉱物は沈殿します。海底で噴き出す熱水の温度は水圧の影響で水深が深いほど温度が上がります。水深が深いところだと水の温度は300度あるいは350度を超えます。300度を超える水で沈殿する鉱物に金はあまり入ってこない。銅とか亜鉛とか鉛が多くなってくる。一方、青ヶ島の東の海域は水深がけっこう浅く700メートルくらいなのです。そうするとそこの熱水の温度は僕らが測ったところでは260度とか、240度くらい。ちょうど金や銀を多く含む鉱物が沈殿するのに適した温度なのですね。一つはそれがコントロールしていると思います。その他にも熱水が沸騰していることや水のpH(イオン指数)が関係していると考えられます。

東青ヶ島海丘カルデラの火山岩の金濃度は低い?

――海底の環境が金の沈殿に適しているということかと思いますが、そもそも金はどこからきているのですか? 青ヶ島の海底の地盤に金が多く含まれているということでしょうか?

野崎氏 青ヶ島の海底から吹き出ている熱水には高濃度の金が含まれているはずなので、その金はどこかから運んできたものと考えられるのですけれど、どこから運んできたのか、実は僕も知りたくてこの研究をしているわけです(笑)。東青ヶ島海丘カルデラを作っている火山岩が金をもっていないとそうはならないはずですが、火山岩自体の金の濃度はものすごく低い。まぁ、まだ自分でちゃんと新鮮な火山岩をとってきちんと調べたわけではないのですが‥。周辺の地質帯から金をもってこなければならないことは間違いないので、どこかにあるのでしょうね。

――今後の調査・研究では金がどこから運ばれてきたのかも焦点になるのですか?

野崎氏 今は無人探査機を潜らせて海底面上の岩とかいろんな物をとって調査していますが、できれば2、3年後くらいには海底を掘削して調査をしてみたいと考えています。海底を掘る機械が海洋研究開発機構にはありまして、海底着座型掘削装置(BMS)というのですが、そのBMSで海底を掘って調査をしたいと考えています。

――ちなみに航海調査で青ヶ島に寄ることはないのですか?

野崎氏 青ヶ島に寄りたくても寄れないのですね。調査船は大きいので青ヶ島には接岸できません。船に搭載されている救命艇なら接岸できますが‥。1度は行ってみたいと思っているのですが、航海のついでにちょっと寄るというわけにはいかないのです(笑)。

地球の環境変動と深く関わっている鉱床

――海底熱水鉱床の調査・研究のその先には地球の姿とか成り立ちを解明するテーマがあるのでしょうか?

野崎氏 私の専門は鉱床学。鉱床学の中でも化学分析(地球化学)を専門としています。もともと陸上の鉱床から研究を始めて、鉱床がいつ出来たのかという年代決定の研究をしていました。鉱床のできかたって時々、地球の環境変化とものすごくリンクするのです。例えば普段、私たちが使っているマンガンの多くは約23億年前にできた鉱床からとっています。なぜかというと約23億年前に地球の表層の酸素濃度が大きく上がったイベントがあったのですね。グレートオキシデーションイベント(Great Oxidation Event:GOE)と呼ばれています。鉱床っていろんなタイプがあって物によるのですが、地球のグローバルな環境変動と関連したりするので、地球の環境変動と鉱床の関係を解明するのがこの学問の面白さです。

――とてもスケールが大きい話しですね。

野崎氏 それとは別にいつできたかということを知れば、じゃあ、何万年前の地層を見れば同じような鉱床が他の場所にもあるはずですよねっていうのを解き明かすことができる。さらに我々の研究は地道なのですけれど、どうやって鉱床ができたのかモデル化することができれば、例えば他の地域に行った時に必ずこの地層とこの地層の間に入っているはずだとか、どこを探せばよいかとか、どういう風に探せばいいか、探査の方法や手法をより効率的に行うことにも貢献できます。

――最近、ちょっとした青ヶ島ブームのような状況なのですが、青ヶ島東方海域の海底熱水鉱床と金の研究にも引き続き注目していきたいと思います。

野崎氏 現在、様々な研究者と共同研究をして鉱石を顕微鏡で見たり、化学分析をして鉱物の化学組成を測ったり、熱水の組成を測ったり多角的にデータを出しています。今後、航海調査、研究を進めて最終的にはなぜ東青ヶ島の海底の鉱石の金の濃度が高いのか明らかにしたいと考えています。

野崎達生】のざき・たつお。国立研究開発法人海洋研究開発機構海洋機能利用部門海底資源センター・グループリーダー代理/主任研究員。東京大学大学院工学化研究科エネルギー・資源フロンティアセンター・客員研究員。神戸大学大学院理学研究科惑星学専攻・客員准教授。千葉工業大学次世代海洋資源研究センター ・招聘研究員。2008年、東京大学大学院工学系研究科地球システム工学専攻博士課程修了。共著に「『地球学入門』―地球の観察 地質・地形・地球史を読み解く―」(2020年、講談社)、「深海―極限の世界 生命と地球の謎に迫る」(2019年、講談社)。

(聞き手・三好達也)

© nonfiction J LLC.