第一戦スタート

 詩人の吉野弘さんに手紙が届いた。誤字がある。〈第一戦でご活躍の貴殿に是非ご講演をお願い申し上げたく…〉。正しくは「第一線」だが、まあ、これでもいいか、と思ったという▲エッセー集「詩の一歩手前で」(河出文庫)にこう書いている。〈第2ラウンド以降、スタミナが持つかどうかは判(わか)らないが、ともかく今、第一回戦でリングのなかを動き回っていることは確かだ〉。そこを認められての講演依頼だろう、と▲冗談めかした一文をかみしめる。私は「第一線」ならぬ「第一戦」、つまり初戦のさなかにあり、何事も初陣を飾るつもりで頑張っている。詩人は誇らしげでもある▲きょうが仕事始めという人は多い。今年の「第一戦」に臨む心づもりはいかがだろう。ゴングか笛か号砲か、スタートの合図をおのおの胸で鳴らして、2023年が本格的に動きだす▲吉野さんの詩の一節を。〈「歳」の中にも「止」があります/…歳は人それぞれの宿命に応じて/その歩みを止めるのです〉(「止」戯歌(ざれうた))▲月日の流れに身を任せていた人がふと立ち止まり、後ろを振り返る。歳月が止まるとは、そういうことかもしれない。いつも第一戦に臨むつもりで前を向く。ふと足を止めて後ろを向く。ひたむきさと自省を胸に携え、前後の視界を良くしておきたい。(徹)

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