健全な地球環境のため、社会経済システムの劇的な方向転換を促す 『Earth for All 万人のための地球「成長の限界」から50年 ローマクラブ新レポート』

科学者や経営者などで構成され、地球環境についての提言を行うローマクラブは『Earth for All: A Survival Guide for Humanity』を2022年9月に発表した。「小出し手遅れ(Too Little Too Late)」、「大きな飛躍(Giant Leap)」の2つのシナリオをもとに未来の世界の姿を予測し、「大きな飛躍」のシナリオでは「貧困」「不平等」「女性のエンパワメント」「食料」「エネルギー」の5つの分野で今すぐに取り組むべき課題と具体的な解決策に踏み込んでいる。『Earth for All 万人のための地球「成長の限界」から50年 ローマクラブ新レポート』はこの提言の日本語翻訳版であり、健全な地球環境を守るために、社会経済システムの劇的な方向転換を促している。(松島香織)

「2100年には地球の平均気温は2.5℃以上上昇」、「政府は異常事態に対応するだけで精一杯となり、社会的緊張は増大」。これらは、「小出し手遅れ」のシナリオから導き出された結果だ。「小出し手遅れ」とは、基本的に現状維持でなりゆきに任せた場合である。つまり、このまま気候変動に対し有効な対策をしない限り、環境への影響は増大し異常事態がニューノーマルとなる。生物の多様性が崩れるだけでなく、ウェルビーイングの低下と社会的緊張の高まりが社会の崩壊につながるリスクが高いことを示している。

一方で、「大きな飛躍」のシナリオでは、貧困や不平等などの5つの分野で取り組みを劇的に見直し推進することを前提に、プラネタリーバウンダリー(地球の限界)の範囲内でウェルビーイングの最大化を目指している。

「大きな飛躍」のシナリオは2020年から2030年、2030年から2050年、そして2050年以降の3つの年代で考察されている。2020年から2030年は、世界銀行やIMF、世界貿易機関(WTO)などが、気候、持続可能性、ウェルビーイングに重点を置くグリーンな投資を支援することにより途上国への資金は大幅に拡大すると予測。政府が教育や医療などのインフラへ投資し、国民のウェルビーイングを高めるべき「決定的な10年」としている。

5つの分野のうち、貧困では政策の選択肢が少ないことを指摘し、現在の国際金融システム、貿易協定、技術共有の仕組みを変革することが必要だとしている。世界の大半を占める低所得国は資源も技術も不足しており、地理的な条件からも気候変動の影響を受けやすい。早急に行動を起こさなくてはならず、貧困への取り組みなしに経済的な繁栄と脱炭素は並び立たないとしている。

「貧困」「不平等」「女性のエンパワメント」「食料」「エネルギー」の5つの分野の取り組みは密接に関連しあい、どれかひとつが欠けても明るい未来は描けない。こうした段階的な5つの分野の対策により、2050年代には公平な富の分配が進み人口が安定。再生エネルギーの活用や再生型農業、適切な消費が基盤となった社会活動を推進すれば、自然資源にかかる負荷を低減できる。これらにより、温室効果ガス排出量は2050年代には約90%削減され、21世紀末には気温上昇を1.5℃程度まで戻す見通しが立つという。

本書が強く求めているのは、「勝者総取り」の現在の資本主義をウェルビーイングの成長に移行する、経済システムの再構築である。自由市場の名のもとに、お金がお金を生み出すレンティア(不労所得)経済の台頭を「何十億もの人々の機会、安全、ウェルビーイングを犠牲にしてきた」と痛烈に批判している。

本書の主な原著者は、ローマクラブの共同会長を務め、30年以上にわたり気候変動や持続可能性などの分野で主導的な役割を担うサンドリン・ディクソン・デクレーブ氏や、1972年に経済成長の限界を警告したローマクラブの『成長の限界』の共同執筆者であるヨルゲン・ランダース氏、「プラネタリーバウンダリー」の枠組みを提唱する科学者研究チームを主導するヨハン・ロックストローム氏など。

中部大学卓越教授/ローマクラブ常任委員・日本支部長の林良嗣氏(左)と地球環境戦略研究機関理事長の武内和彦氏(右) (11月28日)

著者の一人であるデクレーブ氏は、11月28日に開催された持続可能なアジア太平洋に関する国際フォーラム(公益財団法人地球環境戦略研究機関主催)にオンラインで講演。「G7諸国の74%の人々は気候変動に関してトランスフォーメーションが必要であり、経済のウェルビーイングを達成したいと考えている。これは本書が求めていることだ。またレジリエントな経済も大事だが、各国が技術や財政を共有することが重要である。新しい経済モデルを強化して、いまの世界的な危機を打破したい」と力強く語った。

ローマクラブが経済成長の限界を警告した『成長の限界』から50年経た現在、深刻化する気候変動や生物多様性の喪失、ウクライナ侵攻に伴うエネルギーや食料危機等、地球規模のさまざまな脅威に直面している。本書は、持続可能でレジリエントな社会の実現を具体的に示し、一人ひとりが既存のシステムから劇的な変革を意識し自分事化すれば、明るい未来を描けることを教えてくれる。

『Earth for All 万人のための地球 『成長の限界』から50年 ローマクラブ新レポート』
発 行:丸善出版 2022年11月30日
原著者:S. ディクソン=デクレーブ / O. ガフニー / J. ゴーシュ / J. ランダース / J. ロックストローム / P.E. ストックネス
監 訳:武内和彦 公益財団法人地球環境戦略研究機関理事長
監 修:ローマクラブ日本
翻 訳:公益財団法人地球環境戦略研究機関

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