コロナ治療薬の緊急開発で実感した「平時の備え」の不足 塩野義製薬社長、次なるパンデミックに向け「社会の支援必要」

 塩野義製薬の新型コロナウイルス感染症の飲み薬「ゾコーバ」(同社提供)

 塩野義製薬が開発した新型コロナウイルス感染症の飲み薬ゾコーバが昨年11月、厚生労働省に緊急承認された。国内で使用できる飲み薬としては米ファイザーのパキロビッド、米メルクのモルヌピラビルに続き3例目。国産では初めてで、これまでに約1万人に処方された。
 今後、中国や韓国など海外での展開を本格化させるとともに、日本や米国で感染者の同居家族を対象に発症を予防する効果も検証する。手代木功社長に今後の展望を聞いた。(共同通信=小川まどか)

 ▽患者に応じて三つの飲み薬の使い分けを

 ゾコーバは、重症化リスクの有無に関係なく軽症や中等症の患者に使える。最終段階の臨床試験(治験)では、鼻水や喉の痛みなどオミクロン株に特徴的とされる5症状が約7日で消え、偽薬(プラセボ)を服用したグループより1日短縮された。

 ―承認から1カ月以上たちますが、現状をどう分析していますか。
 「毎日10万人ぐらいのコロナ感染者がいる中、ゾコーバが対象とする重症化リスク因子のない軽症・中等症の方はもっと多いと思うが、都道府県が決めた医療機関と薬局でしか扱えない中ではまずまずかなと思っています。1万例は一つの節目で、今のところ安全性については臨床試験で認められたものとほぼ変わらない。処方した医師からもフィードバックをもらっており、使ってもらえば満足いただけるのではないかという自信を深めています」
 「症状が消失するまでの期間を1日短縮させる効果について、1日しかないなら使わなくていいとの声もありますが、インフルエンザ治療薬と同程度です。ゾコーバは5日間服用しますが、4日目には感染力のあるウイルスが98%程度いなくなっている。プラセボ群は50%程度です。オミクロン株の症状は軽いと言われるが、誰かに感染させてしまう可能性はあるわけで、ウイルスを早期にたたいておくことはさまざまな意義があるのではないでしょうか」

 インタビューに答える塩野義製薬の手代木功社長=4日、大阪市

 
 ―既に2種類の飲み薬がある中で、新たに選択肢が加わる意義は。
 「ファイザーのパキロビッドもメルクのモルヌピラビルも治験はワクチンを接種していない患者さんのデータで、オミクロン株の流行前です。ゾコーバはオミクロン株流行期に、ワクチン接種・非接種を問わず治験を実施し、有意差を出した世界で初めての薬です。データに基づき、患者に応じて使い分ける必要があると思います」

 

 ▽中国のニーズは「非常に大きい」

 ―海外展開の見通しは。
 「韓国では先日、条件付き製造販売承認を申請しました。中国に関しては年末からかなり(当局の)エンジンがかかった感じがしています。私たちとしては1~3月のできるだけ早いタイミングで承認申請できればいいなと思っています。データは事前に提出しているので、承認までのタイミングはそう遠くないと感じています。中国はゼロコロナからウィズコロナへの移行が急激でした。(パキロビッドに続き)昨年末にモルヌピラビルが承認されたので、ある程度武器は持っていた方がいいということなんだろうと思います。現地生産の体制も整え、承認をいただければ2千万人分ぐらいはなんとか提供できる。ニーズは非常に大きいと思っています」
 「アメリカでは米食品医薬品局(FDA)が発症予防の治験に関心を示しています。良い結果が出ているものがないので、予防投与で承認が取れれば大きい。アクセルを踏もうかなと思っています。私たちはインフルエンザ治療薬ゾフルーザでも予防効能の承認を取っており、ノウハウはありますが、コロナの場合、主要評価項目をどう設定するのか、日米欧の規制当局と協議しているところです」

 ―後遺症の治療薬としての治験は考えていますか。
 「後遺症の定義が世界的に定まっていないため、承認を取るための治験を実施するのは難しい。これまでの処方データを基にプラセボ群と比較するとか、飲み薬を作っている各社は悩んでいるところです。私たちも承認申請までの治験に参加した患者で、ご協力いただける方の追跡調査を行っていますが、どの程度科学的なのか、なかなか難しいです」

 ▽流行状況に左右される感染症事業「継続できる環境を」

 ―感染症への備えをどう進めていけばいいでしょうか。

 塩野義製薬の本社ビル=大阪市

 「今回学んだのは、薬をつくって治験するだけでは感染症の準備なんか全然できないということです。もっと総合的に取り組んでいかないといけない。どういうことかと言うと、例えばゾコーバを作るために私たちはインフルエンザ治療薬ゾフルーザのラインを全て止めています。そう考えると、ファイザーやメルクのような巨大企業はグローバルにネットワークを持っているので早期に一定の数をグローバルに届けることができた。今度、別のパンデミックが訪れた際は、今回汗をかいた分、もうちょっとうまくやれると思いますが、そういう備えが必要でした。次に向けてやるべきことが見えてきたなと思います」
 「もう一つは社会の支援です。感染症は工場を建てて人を雇っても、流行しなければ稼働しない。ある年は全く作りませんでした、では会社としてはしんどい。生産ノウハウを持っている人がいなくなると困ります。継続性が重要で、何とか応援していただきたい。今年、コロナの感染症法上の扱いが5類になり、マスクもなくなって元の生活に戻った時に『よかった、よかった』で終わると次回も同じことになってしまう。産官学プラス社会という枠組みの中で、平時から備えをして、いざという時のスピードを上げていくことが重要です」

 ―緊急承認制度ができて第一号の承認となりましたが、振り返ってみてどうでしょうか。
 「昨年7月にいったん緊急承認が見送られた際はとても残念でしたが、中間段階の治験で明確な結果が出ていませんでした。あの時点では数百例で、安全性を含め、まだ説得力が弱かったと思います。当時は第7波のまっただ中だったので1分1秒でも早く出したいという思いはあったのですが、厳しい使用制限が付くよりは、11月に承認され、その間の4カ月は無駄ではなかったです」

 塩野義製薬の新型コロナウイルス感染症の飲み薬について審議する厚生労働省の専門家会合=2022年11月、東京都千代田区

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