なぜ北海道新幹線の2030年度末延伸開業に黄信号が灯ったか【コラム】

2016年3月の新青森―新函館北斗間の開業から6年、JR北海道とJR東日本は今冬も列車と宿泊を自由に組み合わせるインターネット限定の旅行商品「JR東日本びゅうダイナミックレールパック」などで新幹線の利用促進に努めます(写真:T2 / PIXTA)

新函館北斗―札幌間(線路延長約212キロ)の建設工事が進む北海道新幹線で、目標の2030年度末開業に黄信号が点灯しています。理由を要約すれば、事業費が資材高騰などで当初見込みに比べ4割程度も増加。工期も、トンネル掘削で硬質の岩盤が出現するなど予期しない事態が発生し、一部工区で数年の遅れが見込まれています。

スケジュール通りでも営業運転開始は8年後、といえばその通りですが、最大の問題点は、既に北海道経済が新幹線開業に向けて動き始めていること。本コラムは、国土交通省の資料と、国土交通大臣や北海道知事の会見録などを基に、北海道新幹線建設の現状を極力正確につかむとともに、今後の方向性を探ってみます。

2015年の政府・与党検討委で開業時期を前倒し

北海道新幹線の話に入る前に、思い起こしたいのが2020年に表面化した北陸新幹線敦賀延伸の開業延期と事業費増加。

北陸新幹線 車両イメージ(写真:ヒロキ / PIXTA)

金沢―敦賀間の開業時期は、当初は2025年度とされていましたが、沿線などの早期開業を望む声に押されて、2015年1月の政府・与党整備新幹線検討委員会で2022年度末開業に3年間の前倒しが決まりました。

ところが、2020年11月になって建設主体の鉄道建設・運輸施設整備支援機構(JRTT)が与党整備新幹線建設推進プロジェクトチーム(与党PT)に1年半の開業遅延と2880億円の事業費増加見込みを報告したため社会問題化しました。

北陸新幹線の開業延期でJRTTに業務改善命令

北陸新幹線の工事遅延では、JRTTに業務改善命令が出され、当時の北村隆志理事長が引責辞任しました。

国交省は事態収束に向け、有識者をメンバーとする「北陸新幹線の工程・事業費管理に関する検証委員会」を立ち上げ。工法や事業費を再精査した結果、開業延期は半年間短縮されて1年間に、事業費の増額も2658億円に抑えて、一応の決着をみました。

これらを念頭に置き、今回浮上した北海道新幹線に関する問題をまとめていきます。

資材価格が3割近く高騰、消費税率アップもひびく

北海道新幹線新函館北斗―札幌間の線区概要図。長万部―倶知安間には長万部方から内浦、昆布、ニセコ、羊蹄の4本のトンネルが連なります(資料:国土交通省)

ここから北海道新幹線です。国交省鉄道局は北陸新幹線を教訓に「北海道新幹線(新函館北斗―札幌間)の整備に関する有識者会議」(座長・森地茂政策研究大学院大学客員教授・名誉教授)の設置を決め、2022年12月までに4回の会合を連続開催しました。

国交省は、会議での議論を集約する形で2022年12月7日に報告書を公表。報告書に事業費増加と工事遅延が記載されていたため、社会問題化したというのが全体の流れです。

新函館北斗―札幌間は2012年に着工しましたが、その後に資材価格や工事費が上昇。5%から8%を経て10%へとアップした、消費税率も事業費を押し上げました。

報告書で明らかにされた項目別の事業費増加額は、「予期しない自然条件への対応」が約2700億円、「着工後に生じた関係法令改正などへの対応」が約1340億円、「着工後の関係者協議などへの対応」が約670億円、「資材高騰など着工後の経済情勢変化への対応」が約2050億円で、合計約6760億円。一方で可能とされるコスト縮減は約310億円にとどまることから、差し引き6450億円の事業費増加が判明しました。

巨大な岩塊がシールドマシンの行く手をはばむ

さらに、報告書で明らかになったのが工事の遅れ。JRTTは長万部―倶知安間の羊諦トンネル(全長9750メートル)建設で、軟弱地盤に新工法・SENS(センス)を採用したのですが、山中に予期しない巨大で硬い岩塊が出現。マシンによる掘削を一時中断し、岩を取り除く工事を進めるものの、3~4年の遅れが見込まれる工区も出現しています。

羊蹄トンネルで発生した巨大岩塊への対応策。シールドマシン前方の岩塊を除去するため2022年4月から小断面トンネルを建設し、進行方向反対側から岩塊を除去します(資料:国土交通省)

SENSは、山岳トンネルを都市地下鉄のようなシールドマシンで掘り進む工法で、北海道新幹線では新青森駅―新中小国信号場間の津軽蓬田トンネルで実績があったのですが、道内では一部適用できない区間が発生しました。

「財源確保は関係機関との調整を丁寧に」(斉藤国交相)

こうした状況を、国や北海道はどうみるのでしょう。斉藤鉄夫国土交通大臣は報告書公表後、2022年12月9日の会見で、北海道新幹線の事業費増加と開業遅延について、「財源に関しては、関係機関との調整を丁寧に進めたい。国交省としては引き続き、関係者の皆さんと協力をしながら、新幹線の着実な整備に努めていく」と発言しています。

さらに、上原淳鉄道局長が北海道庁を訪れて、報告書内容を鈴木直道知事に説明。鈴木知事は「できる限り地方負担を軽減してほしい」と述べ、事業費増加に伴う地方負担の増加に警戒感を示しました。

道庁での会合に同席した札幌市の秋元克広市長は、「2030年度末開業に向けて沿線では街づくりが進んでいる。当初予定から極力ずれ込まないよう検討してほしい」と要請しました。

北海道新幹線の到着を待つ道都の表玄関・JR札幌駅。新幹線開業はまだ先ですが、構内店舗の一部配置換えなど既に準備は始まっています(写真:まちゃー / PIXTA)

現時点で確定的な工期を見通すのは困難

国交省の有識者会議は、今後の対応策を大要次の4点に集約しました。

1、事業費は、コスト縮減やリスク発生の抑制に努めつつ、継続的なモニタリングを実施する。
2、事業を円滑に進めるため、建設主体のJRTTばかりでなく、国交省鉄道局、北海道をはじめとする関係自治体、JR北海道などの関係機関は共通認識を持って取り組む。
3、関係機関が緊密に情報共有し、相互協力体制を構築する。
4、工事進行に応じたタイミングで必要な見直しを適切に行う。

具体的には、一部トンネル工区で一方向からの掘削に代えて双方向からの同時掘削で工期を短縮するなど工法を工夫。開業時期に関しては、開業予定の2030年度末までにまだ8年あって不確定要素も多いことから、「現時点で確定的な工期を見通すのは難しい」の判断に至りました。

北海道新幹線の建設コスト縮減事例。防音壁かさ上げ区間を見直して、きめ細かくコストを縮減します(資料:国土交通省)

北海道新幹線の開業時期は5年間前倒しされていた

ここで思い出したことがあります。北陸新幹線の章で紹介した2015年の政府・与党整備新幹線検討委員会では、北海道新幹線の開業時期も5年間前倒しされました。そもそもこの時の判断に無理がなかったのかを考える必要もありそうです。

「見通しの甘さ」を指摘するのは簡単ですが、これまで紹介したように、予測不可能な事態が事業費増加や工期遅延を招いたのは明らかです。

建設業界の常識からは、東京オリンピック・パラリンピックが終了して、本来なら資材価格や工事費は落ち着くはずでした。現在のような円安、世界情勢の不安定化は、誰もが予測できませんでした。

現時点で最善の方策、それは報告書にある通り、JRTTは工法工夫などで極力工期遅延を回避すること。そして国、自治体、JR北海道などの関係機関は共通認識を持って、〝北の大地を走る新幹線〟の開業に向けた機運を盛り上げることが、今求められているように思えます。

2022年12月23日に閣議決定された令和5年度政府予算案では、北海道新幹線新函館北斗―札幌間の事業費として前年度より350億円多い1700億円が計上されました。

2023年の整備新幹線で話題の中心になることが確実な北海道新幹線。沿線街づくりに力を入れたり、国内外に新幹線をPRするなど、開業までに取り組めることは数多くあるはずです。

記事:上里夏生

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