金杉駐インドネシア大使の「バティックの心得」

インドネシアのビジネスシーンや公的な場で欠かせない、バティックのシャツ。それをほぼ毎日着ているのが金杉憲治・駐インドネシア日本大使だ。NHKの人気番組「サラメシ」に金杉大使が登場した時、日本の視聴者のツイートは「大使メシ」よりも「大使のシャツ」に集中した。カラフルでど派手なバティックのシャツは相当なインパクトだったよう。大使のバティック・シャツは全て自前なのか、何着ぐらいあるのか、バティックのTPO、着てみた感想など、「大使シャツ」に関するさまざまな「?」に加え、「外交シーンでのバティック」について、聞いた。(文・池田華子)

バティック・シャツを手にする金杉大使。着ているのはスマトラ島メダンで買った物、右はリドワン・カミル西ジャワ州知事デザイン、左は中部ジャワの伝統的なバティック### ご当地バティックへの思いがある

金杉大使が東ジャワ州のコフィファ知事に会いに行った時。面会時間が夜までずれ込み、ようやく会えたと思ったら、開口一番、「なぜあなたは中部ジャワのバティックを着ているんですか?」と言われた。冗談めいた口調だったが、いきなりの強烈な一言に、「びっくりしました。意味がわからなかったです」と大使。

コフィファ知事はその後すぐに、「あなたが着るのは、これでしょ」と言って、東ジャワ州マドゥラ産のバティックの生地をプレゼントしてくれた。「次回来る時は、これを着てくださいね」という言葉と共に。

「その土地のバティックに対する思いがあるんだなと思いました。『その土地の物を着た方がいい』という気持ちを植え付けてもらえたのは彼女のおかげですね」と大使。

コフィファ知事のくれたマドゥラ島のバティック生地で仕立てたシャツ。海草柄の海モチーフ

それ以来、公式訪問の時はできるだけ、その土地のバティックを着て行くようにしている。着いてから買ったり、総領事館の職員に買っておいてもらって、現地に着いてから着替える、ということも。「さりげないアピール。わかってもらえればいいですし、(相手に)わかってもらえなくても、中には気付く人がいるかもしれない」という、ささやかな外交努力だ。

バティックがあまり作られていない地域もある。パプア州へ行った時は、パプアを象徴する鳥である極楽鳥を描いた黒地のバティック・シャツをプレゼントされた。現地ではそれを着ていて、とても喜ばれたと言う。

西ジャワ州へ行った時には、リドワン・カミル知事のデザインによるバティックをプレゼントされた。ガルーダと星のかわいらしい模様に「RK」のイニシャル入り。建築家の同知事は、中小企業を支援するため、「自分のデザインを商品にして、『リドワン・カミル・デザイン』と銘打って売ってもいい」とコピーライト・フリーにしているという。そうして出来たバティックだ。再び西ジャワ州を訪れた時には、もちろんそれを着用した。

ジャカルタを象徴するブタウィの人形「オンデル・オンデル」が全面に描かれたバティック・シャツは、知らない人が見るとびっくりする模様なのだが、これぞ、ザ・ジャカルタ柄。ジャカルタ州関連の行事がある時には、それを着ている。次期大統領選の有力候補であるアニス・バスウェダン氏が州知事を離任する時の「お別れ会」にも着用し、「お、着てるね」と声をかけられた。

ジャカルタ名物、オンデル・オンデル柄のバティック(IG@jpnambsindonesiaより)### 「どこでも大丈夫なバティックは便利」

バティックのシャツを着るのは、インドネシアに来てからが初めてではない。1996〜98年に一等書記官としてマレーシアに駐在していた時も、バティック・シャツを着ていた。当時は、今ほどバティックに注目は集まっておらず、バティックとスーツを半々ぐらいの割合で着ていたと言う。しかし、インドネシアに来てからは、ほとんど、バティック

「バティックを着ていれば『誰も文句を言わない』と言うと語弊がありますが、フォーマルな席からインフォーマルな席まで、スマートカジュアルといった場でも、長袖バティックを着ていればどこでも大丈夫なので、バティックはすごく便利ですね」

たまに、バティックではなく「スーツ」というドレスコードの時がある。例えば、昨年にバリ島で開催されたG20では、インドネシア政府から「スーツ」という指定が出されていた。「指定がない時は、もう、ほぼ毎日、バティックです」と、バティックを愛用している。

インドネシア日本友好協会顧問のギナンジャール氏がくれたバティック・シャツ。「ハレの日に着てください」と言われたので、企業の開所式など、おめでたい席で着るようにしている。プロフィール写真にも使用し、登場頻度が高い### 「ハレの日」用、重要なアポ用、日常着

現在持っているバティックのシャツは40着ぐらい。その他に、まだシャツに仕立てていない布が10枚ぐらいある。「実は、布をよくいただくんですよ。いただいたら、基本的にはできるだけ作って着ようと思っています」。仕立ては長年、日本大使館に出入りしているテイラーさんにお願いしている。

「前任者(石井正文氏)は、3年8カ月いて、(バティックのシャツは)120着ぐらいあったそうです。私はちょうど折り返し地点で40、50着だから、ちょっと及ばないなぁ」

もらった布で仕立てることもあれば、自分でシャツを買うこともある。インドネシア着任直後は、「コロナ禍の最中で、なかなか人に会えなかったんですが、バティックはあった方がいいなと思って」、ショッピングモールへ買いに行った。

前任の石井氏が置いていったバティックも3着ほどある。初めて大使インスタグラムに登場した時に着ていたのも、そのうちの1着だ。「実は、ちょっとサイズが大きいんですが、当時は2週間の隔離があって、外へ買いに行けなかったので、着られそうな物を選んで着ました」。

初めてインスタグラムに登場した時のバティック。オーバーサイズだったので、後で仕立屋さんに頼んで、サイズを直した。右は泰子夫人(IG@jpnambsindonesiaより)

その日に着るバティックは自分で選ぶ。「ちょっとおめでたい、ハレのイベントがある時は、少し存在感のある派手な物を。大統領や閣僚に会いに行く時は、伝統的な、保守的な『茶色いの』がいいかな、とか、少し気にしながらやっています。日ごろは、明るい色の方が自分の気持ちになじみます」と話す。

好きなのは青系。インドラマユでバティックを制作していた伊藤ふさ美さんの藍染めバティックを気に入って、ジャカルタの展示会でシャツを購入した。これを日本の一時帰国の時に着てみた。周りの反応は? 「特に何もなかったので、よかったな、と思います(笑)」。

日本でもバティック! 伊藤ふさ美さんの藍染め(IG@jpnambsindonesiaより)### 日本でバティック・シャツを広めるには?

バティックは、色や柄が派手すぎて「日本では着られない」と言われている。しかし、バティックのバリエーションは非常に幅広く、派手ではない色や柄のバティックもたくさんある。しかし、バティックの日本での認知度はまだまだ低い。日本では、かりゆしが「クールビズ」に採用されているし、アロハシャツの人気も高い。バティックが、かりゆしやアロハと比肩するぐらいの知名度と人気を得るにはどうすればいいのだろうか? 大使に意見を聞いてみたところ、意外な指摘があった。

「バティック・シャツは長袖で、裏地が付いているのが多いじゃないですか。インドネシアで、冷房の効いた寒いビルの中にいると、ちょうどいいんですけど、日本は外も暑いし、建物の中に入っても暑い。まずは、涼しい、っていうのが基本じゃないですかね。かりゆしやアロハ、特にアロハの方は、言い方は悪いですけど『ペロペロ』で、すごく軽くて涼しい。日本は暑くて湿気が多い、ということで言えば、『半袖、裏地なし、涼しい素材』っていうのが大事なんじゃないですかね」

色や柄に関しては、伊藤ふさ美さんのバティックをはじめとして、「日本で着られる物もあると思う」という意見だ。「バティックの手法(防染)も、日本人にはなじみがあると思います」。

バティックに見えて、実はこれはアロハシャツ。公邸での自主隔離中、人に会う予定もないので、アロハで過ごしていたそう。バティックも、このように気軽に着られれば良いのかも(IG@jpnambsindonesiaより)

ジョグジャカルタでは蝋描きも体験した。チャップと手描きでバティックのハンカチを自作(IG@jpnambsindonesiaより)

金杉大使インスタグラム

https://www.instagram.com/jpnambsindonesia/

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