「自由ではあっても自由ではない」“袴田事件”迫る高裁判断「5点の衣類」血痕の赤みが争点【2023新たな道筋】

1966年、旧静岡県清水市(現静岡市清水区)のみそ製造工場で一家4人が殺害されたいわゆる「袴田事件」。犯人として逮捕され、死刑が確定している袴田巌さんの再審=裁判のやり直しの可否について、東京高裁は今年3月までに決定を出す見込みです。姉の秀子さんは弟の「真の自由」を願いながら、決定を待ちます。

袴田巌さん、86歳。大みそかに少し早めのおせちを楽しむこの瞬間も、その身分は死刑囚です。1966年、旧清水市のみそ製造工場で専務の一家4人が殺害されたいわゆる「袴田事件」。逮捕された袴田さんは、1980年に死刑が確定し、およそ48年間の獄中生活を送りました。

2014年、静岡地裁の決定により、釈放されたものの、再審=裁判のやり直しについて、いまも協議が続いています。袴田さんは釈放されてからは、姉の秀子さんと二人暮らし。秀子さんや支援者のサポートのもと、地元の浜松市で生活を送っています。

釈放からまもなく9年がたちますが、長年の獄中生活の影響で、精神に異常をきたす拘禁症状は依然、残ったまま。それでも、最近では表情が穏やかになるなどの変化がみられるといいます。

<袴田さん支援クラブ 清水一人さん>

「私たちとの関係は、かなり変わってきていますね。以前は話しかけても反応しないということが多かったんですけど、いまは話をすれば『そうだね』とか『空がきれいですね』っていうと『空がきれいだね』とか(いってくれる)」

袴田さんの日課は昼すぎから外に出かけること。本人いわく、「パトロール」だといいます。

<支援者>

「青島みかんだから、いいみかんですよ」

袴田さんは2023年3月には、87歳になります。足腰の衰えで1年ほど前から支援者の運転による車移動に変わりました。

「パトロール」をする袴田さんの姿は、はたから見れば、自由の身であるかのように映ります。しかし、獄中生活が終わってもあくまで袴田さんは死刑囚です。

<袴田さんの姉 秀子さん>

「自由ではあっても、自由ではない。本人は自由に歩いているが、自由ではないですよ、真実は。選挙権がないとか、年金がないとかね。パスポートをとれないとかいうこと。もろもろの一連のすべからく規制されているもん。だから、自由ではありませんよ」

秀子さんは、再審を求める三者協議の場で弟の「真の自由」を求めました。

<袴田さんの姉 秀子さん>

「巌は56年間無実を訴えて参りました。『真の自由』をお与えくださいますよう、重ねてお願い申し上げます、このように(裁判官に)申し上げました」

差し戻し審では、犯行着衣とされるいわゆる「5点の衣類」に付着した血痕の赤みが長時間みそ漬けにされても残るのかどうかーが、大きな争点となっています。

2022年11月には、東京高裁の裁判長が検察側のみそ漬け実験の結果について、直接視察するという異例の対応をとりました。また、最後の三者協議の前には、裁判官が袴田さん本人と約15分ほど面会し、現在の袴田さんの状態を確認したといいます。

<袴田事件弁護団 角替清美弁護士>

「秀子さん、袴田さんに打ち合わせ室を用意していただいて、そこで裁判官と面談するということが実現しました。袴田さんを見る裁判官たちの目はやさしかったと私は感じました」

一方で、検察側は「実験で一部に赤みが観察され、血痕の赤みが残る可能性を示せた」と最終意見をまとめ、袴田さんを再び収監すべきだと訴えています。

裁判のやり直しの可否について、東京高裁は2023年3月までに決定を出す見込みです。今年で90歳となる秀子さんは再審開始を期待して、待ちます。

<袴田さんの姉 秀子さん>

「もう判決が出るのを待ってるだけだもんで。出てみなきゃわからんけど、(よい結果が)出ることに期待してる。しょぼくれちゃおれんよ。死んでもおれん。年は関係ない」

再審の扉は開くのか、袴田事件は重要な局面を迎えます。

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