実は損!?女性がトップになったことがない自治体の住民 議員になるより難しい女性市長、分厚すぎる「ガラスの天井」の正体

市長選挙で演説する女性候補者=2021年7月

  日本の市区町村は全国で1741自治体。このうち、女性が首長を務めているのはわずか43市区町村だけだ。割合にすると2・5%で、ただでさえ少ない女性議員の割合より桁違いに小さい。女性の国会議員は衆院が9・9%、参院は25・8%いる。地方議員も都道府県議は11・8%、市区議17・5%、町村議11・7%だ。
 なぜこんなに少ないのか。ひょっとすると、十分な素質や実績を持つ女性がいても、首長就任を阻む「ガラスの天井」=見えない障壁が存在するのではないか。そう考えて、本人たちに聞いてみることにした。対象は現職の女性市区町村長43人全員。聞き方によってばらつきが出ないようアンケート形式で実施すると、41人が答えてくれた。
 回答からは、現職の女性トップが抱える多くの悩みや示唆が読み取れた。「トップは男」という固定観念、家族や周囲の理解不足、ハラスメントに抗ってきた彼女たちの本音があふれている。
 一方で、独自の経験や視点を生かした施策を進める人もいる。女性の市区町村長が少ないことによる“損失”を指摘する声も少なくない。(共同通信=米良治子、宮川さおり)

 ▽家族に出馬を反対され、当選後も育児や介護との両立に四苦八苦
 調査は、2022年10月15日時点で現職だった女性市区町村長43人を対象とした。質問内容にはハラスメントや誹謗中傷などに関するものもあるため、回答の取り扱いは一部匿名とした。都道府県知事の女性は2人いるが、今回は対象外とした。
 アンケートでは、まず首長選の立候補に際し、女性であることが理由で困難を感じたことや、越えなければならなかった障壁を複数回答で尋ねた。すると、半数超の21人は「なかった」と回答。ただ、このうち16人は、立候補までに国政や地方で議員経験がある人たちだった。政治家だった人は首長への立候補もあまり困難と感じなかったということだろうか。ただし、この16人の中でも4人は首長に就任した後で困難や障壁を感じていたと回答している。
 一方で、立候補時に困難や障壁を感じたのは20人。その理由を複数回答で尋ねると、一番多かったのが「家族の反対など、身近な人の立候補の理解を得ること」で、11人だった。次いで10人が挙げたのは「長時間、休日、夜間に及ぶ選挙活動と、家庭や私生活との両立」。ほかにも9人は「有権者らの『首長は男性』という固定観念」と答え、「オンライン上の誹謗中傷」が8人、「有権者や議員、自治体職員からのハラスメント」も6人いた。
 こうした障壁を乗り越えた方法はさまざまだ。回答の一部を匿名で紹介する。
 (1)立候補に対し、家族の反対にあった人は「夫には応援してくれている方々からも話してもらった」、「支援者が家族を説得した」などと、周囲に協力を仰いでいた。
 (2)「家族の中で反対と賛成に分かれたが、話し合った結果『請われた時こそ花、貢献するべき』という意見でまとまり、その後は全力で応援してくれている」と最終的に家族を味方にした人もいた。
 家庭生活との両立という障壁は、「(選挙が)期間限定ということで(家族が)協力してくれた」人や、「夫と家事・育児の分担についてよく話し合い、解決するための方策を考えた」という人がいる一方で、「高齢の父親と同居しており、家事と介護、看護で大変だったが、介護サービス利用や遠方に住む姉家族の協力により、最期までお世話をしつつ仕事と両立ができた」など苦労した人もいた。
 一方で、“性別役割分業”に縛られる悩みを吐露した回答も。「家事育児は母親というプレッシャーを感じている。乗り越えられていない」

 ▽男性だったら違う対応では?
 誹謗中傷やハラスメントに直面する人は、予想どおり多かった。選挙中に「女性であることをネタにした2万枚以上のはがきが各家庭に届いた」という人は、「誹謗中傷に耐えるメンタル面での強さが必要だった。家族の理解と協力が支え」だったと振り返る。
 こんな人もいた。「対立候補陣営の街頭演説やオンライン上で『女に任せてよいのか。女には無理』と繰り返された。誹謗中傷にとらわれず、自分の姿勢、行政運営を訴え続けた」
 このほか「差別やハラスメントは笑顔で無視」、「その場で『動画で撮るのでもう一度言ってください。ネットに上げます』と言っていたら、面と向かってのハラスメントはなくなった」など、気丈に振る舞っている声が多かった。
 なんで女性はこうした嫌がらせに「笑顔」で耐えなければいけないのだろうかと、率直な疑問が浮かぶ。
 この疑問は、本人たちも感じているようだ。回答を並べてみる。
 「もし私が屈強な男性だったら、違う対応をされたかなと思うことはよくある」
 「まずは自分の子どもをちゃんと育てろと言われた。男性候補なら言われないのでは」
 「当初は、政治経験や行政経験がないことをやり玉にあげられたが、前の男性市長はそのようなことはあまり言われてなかったので、やはり性別と年齢による偏見はあると思う」
 「会議などに出席する場合、折衝相手はほとんど男性で、発言などを必要以上に値踏みされていたように感じた」
 偏見や差別に複雑な思いを抱える人が少なくない。対応に苦慮している姿が垣間見える、こんな回答もある。
 「オンラインハラスメントについてはブロックしたり、無視したりもしているが、有権者であれば線引きが難しいケースもある」

 

 ▽現在の少子高齢化問題は「政治の場に女性がいなかったため」
 世界経済フォーラム(WEF)の2022年版「男女格差(ジェンダー・ギャップ)」報告で、日本は政治分野で146カ国中139位。先進国では突出した低さだ。政治に女性の参画が少ないことが、社会にどんな不利益をもたらすのだろうか。
 この点をアンケートで尋ねると、女性首長が少ないことで社会が抱えるデメリットやリスクについて、「ある」と答えた人は31人に上った。
 懸念の一つは、政策立案の視点や施策が偏ってしまうことだ。
 「女性が参画しにくい地域社会やまち、制度ができてしまう。結果として、女性が暮らしにくい地域になる」(藤田明美・新潟県加茂市長)
 「現実の女性ではなく、男性が想像する女性像を前提に施策が決まる」(山崎晴恵・兵庫県宝塚市長)
 「家庭を顧みない男性しか首長になれないのでは、多様な人に配慮する政策は生まれない」(内藤佐和子・徳島市長)
 回答の中には、少子高齢化問題や人口減少、都会への一極集中につながるという指摘もあった。
 兵庫県芦屋市の伊藤舞市長は「現在の少子高齢化問題は、政治の場に女性がいなかったために手立てが出来なかったと考える」と強調している。
 青森県外ケ浜町の山崎結子町長はこう言い切った。「女性を社会で生かしきれていないのは、人口減少の中でリスクしかない。外から見れば、女性がいない組織=閉鎖的で進歩がない、いまだに女性は常に男性を立てて下働きする存在であるべきと考えているという風に思われる。それが嫌で、都会に出たがる若い女性は多い」
 ほかの人の回答にも続々と深刻な指摘が。「性別にかかわりなく、その個性と能力を発揮できる社会をめざす中で、自治体のトップに女性が少ないという事実は、まだまだ象徴的に性別役割分業などを意識させてしまう」(村田邦子・神奈川県二宮町長)
 「政治の世界で、いわゆる『ガラスの天井』が意識されることは、社会全体にとっても、女性の社会進出を妨げる要因になると思う」(城間幹子・前那覇市長)

 ▽母親にも出産祝い、公園増設…生活者目線の改革進める
 では、実際に女性がトップとなった自治体ではどんな施策が実現しているのか。首長に就任して良かったこと(複数回答)を尋ねると、31人が「地域貢献や地元に役立つ仕事ができていると実感できる」と回答。次いで「有権者に近く、有権者が望む政策を実現しやすい」が28人、「幅広い分野で与えられる権限が多く、国会議員や地方議員と比べてより政策を実現しやすい」という人も25人いた。
 就任後に女性としての経験や視点が生かされたり、反映されたりした施策があるかどうか尋ねた。
 「主婦、母、嫁、祖母、娘、地域のおばさんなど様々な立場であるその時々の自分の感性を大切にし、経験を活かした」(藤井律子・山口県周南市長)
 「子育てや生活者として長年、過ごしてきた経験を生かして、子どもの生命や安全を第一に考えた姿勢、生活者の目線に立った施策を展開できていると思う」(佐藤弥斗・神奈川県座間市長)
 子育て支援や教育現場の改革を実践した人が多いようだ。
 青森県外ケ浜町の山崎町長はこんな喜びを紹介してくれた。「赤ちゃんへのメニューはいろいろあるが、お母さんに何もないと感じ、出産祝い品に授乳服カタログを送ったところ、好評。中学の入学祝い品でジャージを送るようにした。制服代等で出費が重なる時期なので、大変ありがたがられている」
 埼玉県長瀞町の大沢たきえ町長は「公園については、昔から保護者からの要望があったが、男性町長は『長瀞町は町中が自然公園である』との考えで取り上げてくれなかった。そこで就任早々に、計画を立て実行に移し、大小4か所の公園を整備した」と記述している。
 福岡県宗像市の伊豆美沙子市長は「女性活躍のためには、家庭での男性活躍が必要であり、子どものうちから男女問わず家事ができるように育てたいとの思いから、『魚さばき教室』など家事教育に力を入れている」という。
 このほか、芝田裕美・千葉県鎌ケ谷市長、藤田明美・新潟県加茂市長らは、自治体の管理職や審議会委員などに女性登用を進めた事例を挙げている。

 ▽立候補への高いハードル
 2018年、選挙の候補者数を男女均等にすることを目指す「政治分野の男女共同参画推進法」が成立した。政府が2020年末に閣議決定した第5次男女共同参画基本計画では、国政選挙や統一地方選で候補者に女性が占める割合を「2025年までに35%」との目標を掲げている。
 アンケートでは、女性首長を増やすためにどんな施策や対応が必要か(複数回答)を尋ねた。最も多い回答は「女性政治家を増やすための政治塾、セミナー、女性模擬議会などの開催」で22人。次いで「学校教育での地道なジェンダー平等教育」が21人、「ハラスメントや誹謗中傷対策に関する支援」が16人で続いた。
 「選挙を乗り越えるために、相談できるネットワークをつくる」(高井美穂・徳島県三好市長)
 「人手やお金がかからない選挙制度の確立」(藤田明美・新潟県加茂市長)
 ほかにも、子育てや介護の負担軽減や支援を求める声が複数上がった。新潟県津南町の桑原悠町長は「学校だけでなく大人にもジェンダーへの地道な啓発が必要」と訴えている。
 誹謗中傷やハラスメント対策を前提に「選挙の際にプライベートな事を公表する必要はなく、本人の経歴や理念で選ぶようにならないと、立候補のハードルは高いと思う。公人であるからプライバシー不要という考え方はおかしいと思う」(柴崎光子・埼玉県和光市長)という意見もあった。

 ▽苛烈なハラスメント、男性より女性に、議員より首長に
 政治家に対するハラスメントは、男性よりも女性の方がより被害を受けている実態が、これまでの調査でも明らかになっている。
 主にハラスメント対策で女性地方議員を支援する「スタンド・バイ・ウィメン」の浜田真里代表が、多くの地方議員や首長経験者らを対象に聞き取り調査をしたところ、首長選挙では、候補者に対する怪文書やデマなど嫌がらせが議員選挙よりも苛烈になることが分かった。首長は注目度が高い上、利害関係者も多いためで、相手陣営が仕掛けたとみられるオンライン上での嫌がらせや攻撃も過激になる。あまりに誹謗中傷がひどいため「政治家として発信ができなくなるのは打撃だが、交流サイト(SNS)のアカウントを閉じた人もいる」という。
 「特に首長選挙では“相手の落選運動”の様相が色濃くなり、まともな政策論争になっていない。候補者が女性の場合、攻撃材料として女性であるということが使われやすい。そもそもこうした選挙風土を変える必要がある」と強調した。

 

フィンランドのマリン首相、2022年10月7日撮影(アナトリア通信提供・ゲッティ=共同)

 ▽諸外国でも意外に少ない女性首長
 女性議員の割合が高いヨーロッパの国々でも、首長の割合となると事情が違ってくるようだ。例えば過去に女性大統領を生み、現職首相が女性、閣僚の半数も女性というフィンランド。在日本フィンランド大使館広報部プロジェクトコーディネーターの堀内都喜子さんによると、2017年の地方自治体選挙では議員の4割を女性が占め、議長も約4割が女性だった。一方で、首長は2割で、議員の約半分の割合にとどまる。
 堀内さんは「2000年代に入るころはまだ首長は男性がほとんどで女性は1割以下だった。それでもずいぶん増えてきた。首長は公募制で、もともと女性の応募者が少なかったが、行政学を学ぶ女性が増えてきたこともあり、今後は女性首長が増えると言われています」と説明する。
 内閣も男女半数を実現するフランスでも同様の状況という。フランスの政治に詳しい専修大の村上彩佳講師によると、フランスでは地方自治体の首長は、議会の中から議員の互選で選ばれる。選挙の候補者を男女同数にするよう求めた「パリテ法」に基づき、地方議会の議員は男女同数で立候補する必要があり、議員の数は男女半々が実現している。だが首長になると、男性が多いのが現状だ。
 村上さんは「議員比率はクオータ制など制度で改善できるが、首長は明文化されたルールでなんとかできるものではない。問題提起、議論して変えていくしかない。フランスでも課題として認識されている」と話す。
 ヨーロッパの中にはクオータ制度で議員数を均等に近づけてきた国が少なくないが、村上さんは「てこ入れして同数にしたけれど、(首長や議長といった)パワーの有りどころは変わっていないじゃないかという失望感につながった。各国とも次の課題としてとらえている」と指摘している。

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