「消費税大増税」の本心を露呈した岸田首相|山口敬之【WEB連載第22回】 岸田政権の「実績」は大半が「言うだけ」「検討するだけ」だが、岸田首相が「消費税大増税」にありとあらゆる手段を講じて邁進する腹づもりであることが年頭記者会見で露呈した――。(サムネイルは首相官邸HP)

非常に驚いた年頭記者会見

岸田文雄首相は1月4日、伊勢神宮参拝のついでに、国民に向けて年頭会見を行った。私はこれを聴いて、2つの意味で非常に驚いた。まず一つはその姿勢に。もう一つはその内容に。

実は日本の総理大臣が、国民に直接語りかける機会は極めて少ない。日々の記者会見は官房長官に代行させているし、国会での発言は、語りかける相手は目の前に座っている与野党の国会議員であって国民に直接語りかけているわけではない。

一方、官邸の出入りの際に「ぶら下がり」と呼ばれる簡単な質疑応答を行うこともあるが、これは北朝鮮の弾道ミサイル発射や自然災害など、不測の事態が起きた時にセットされる。語りかける相手も総理番の記者で、国民に直接じっくり話しかける種類のものではない。

とすると予め日程がわかっていて、首相が準備をして国民に直接思いを伝えることが出来る機会は、実は年頭会見と施政方針演説、そして予算成立時などの会見くらいしかないのだ。

だから近年の首相は年頭会見に向けて相当な準備をし、国民の歓心を惹きつけようと様々に工夫して国民に語りかけるのが通例となっていた。平素の「防御型」「紋切型」の国会答弁ではなく、「攻める」「語りかける」会見だからこそ、年頭会見には首相個人の人間の器や個性が色濃く滲んだ。

ところが岸田首相の今年の年頭会見には工夫の跡もウィットのカケラもなく、岸田文雄という政治家の思いも気迫も全く伝わらない無味乾燥な「コピペ会見」だった。

施政方針演説原案の「コピペ」

就任以来、岸田首相が行う重要な公式発言はほぼ例外なく何かの「コピペ」である。
その際たるものが、昨年の東南アジア外遊時の「中国名指し批判」だった。

カンボジアの首都・プノンペンで先の全人代で完全引退が決まっていた李克強を前に、中国という国名を挙げて批判してみせた。

これについて日頃から岸田首相を擁護している一部の評論家らは、「岸田首相は覚醒した」「毅然とした外交に目覚めた」などと褒め称えた。

ところがこの発言が実はアメリカ側に言わされただけの無惨な「コピペ発言」だったことが翌日明らかになる。米中首脳会談でバイデン大統領が習近平に語りかけた内容と、ほとんど一言一句同じだったのである。政府関係者も「中国名指し批判」の前にアメリカとの「調整」があったことを認めた。

これについてはHanadaプラス「虚しき岸田政権のコピペ外交」で詳報した。

それでは今回の年頭会見は、何の「コピペ」だったのか。少しでも政治を取材したことがある人間であれば今回の年頭会見の元原稿が今月下旬に行われる施政方針演説原稿の抜粋であることは、容易に想像がつく。

施政方針演説とは総理大臣が衆参両院で通常国会の冒頭に今年1年の政権の運営方針を示すもので、基本的には中央省庁各省の幹部が自分の担当する分野のことを書き、それを官邸で取りまとめる形となる。

各役所としては施政方針演説の内容が春に決まる本予算の獲得額に直結するだけに、並々ならぬ決意を持って渾身の文章を放り込む。だから結果的に大半が個別政策の羅列となり、一般国民が聞いても極めて「つまらない」演説となる。

今年の岸田首相の年頭会見は、正に「施政方針演説スタイル」で、だらだらと政策を羅列する内容だった。そもそも、構成からして年頭会見は施政方針演説と全く同じだった。

年頭会見は、
(1)就任以来取り組んできたことを述べ、
(2)今年1年取り組むこと
という順番だったが、施政方針演説も「政権の実績→重点政策」というのが歴代首相の演説の「基本構造」である。だから岸田年頭会見が施政方針演説の草稿から骨格と表現を抽出したものであることは容易に想像がつく。

さらに「コピペ」の痕跡が顕著だったのが、今年取り組む重要課題を示した部分だ。「新しい資本主義」と「異次元の少子化対策」について、
・厚労省の労務改革や労働移動円滑化
・デジタル庁のDX(デジタル・トランスフォーメーション)
・環境省と経産省のGX(グリーン・トランスフォーメーション)
・経産省と経済安保担当の重要産業の官民連携
など、各省庁の作った「政策目次」をそのままコピペした内容が延々と続いた。

「実績」は大半が「言うだけ」「検討するだけ」

年頭会見で岸田首相がこれまでの「政権の実績」として自賛したのは下記4つである。
・防衛力の抜本強化
・エネルギー政策の転換
・新興企業支援
・資産所得倍増にむけた施策
そして最後に言及したのが、新型コロナウイルス対応だ。

「いわゆる第8波を乗り越え、今年こそ平時の日本を取り戻してまいります」

第8波? 私が滞在しているアメリカでは、昨年7月15日をもって、新規感染者の発表すらやめた。

50州全てでマスクの着用義務が全廃され、地下鉄や航空機、商用施設、スポーツ観戦でも、マスクをしている人を探すほうが大変だ。

久しぶりにコロナの話がニュースになったのは中国での昨年来の感染爆発とそのための水際対策だったが、大した話題にはならなかった。要するに欧米先進国ではコロナは「終わった話」なのだ。

それに対して日本はどうだ? 岸田首相は昨年7月31日、新型コロナウイルスの感染症法上の分類を最高レベルに近い警戒体制である2類から5類に落とすことを「検討する」と記者会見で述べた。

それから半年が経とうとしているが、未だに新型コロナウイルスは2類のままだ。岸田首相はまだ検討しているというのか?

10月には「5類への引き下げは時期尚早」とトーンダウンし、今回の年頭会見では「検討」という言葉すら消えた。

岸田首相の「言うだけ」「検討するだけ」はコロナだけではない。8月24日に政府の基本的なエネルギー政策について「グリーン・トランスフォーメーション(GX)」をぶち上げたが、目玉の一つとされた原発の再稼働や新規増設については、年頭会見では全く言及しなかった。

もし原発を温室効果ガスを発生しないクリーンなエネルギーと位置付けて岸田政権として全面的に推進していこうという「思い」を少しでも持っているなら、年頭会見で新規増設に全く触れないということは考えられない。

次世代型小型原子炉の新規増設など所詮あと20年はかかると言われている。どうせ自分の政権とは無関係の話だから、「言ってみただけ」「打ち出してみただけ」なのだろう。

安倍元首相暗殺以降支持率の底割れに苦しむ岸田首相としては、離れゆく保守層に縋りつくために口にした政策や方針だったが、どれもやり遂げる意志も策もない「言ってみただけ」だったことが、年頭会見で改めて明らかになった。

経済政策は「言うこと」と「やること」が真逆

経済政策に至っては「言うだけ」どころか、「『賃上げ』と『投資』という2つの分配を強固に進める」といいながら賃上げや投資に冷や水をぶっかけるような増税を打ち出しており、論理が完全に破綻している。

「賃金アップ」といいながら法人税増税。「所得倍増」といいながら所得税増税。防衛力増強を言い訳に、自らの重点政策と完全に逆行する増税を打ち出しているのが岸田首相なのだ。

一昨年の総裁選で「貯蓄から投資へ」と言いながら金融所得課税をブチ上げた時には「岸田文雄はバカなのか?」と噂された。今回もそのバカぶりはしっかりと受け継がれ、もはや異次元の段階に入っている。

例えば、岸田首相が年頭会見で繰り返し強調した「賃上げ」を巡る自己矛盾だ。

企業側とすれば、一旦上げた賃金は余程のことがなければ下げられないから、収益が伸びても賃上げを決断するのは相当な勇気がいることなのだ。そのことは、岸田首相もわかっているようだ。年頭会見ではこんなことを述べている。

「この30年間、企業収益が伸びても期待されたほどに賃金は伸びず、想定されたトリクルダウンは起きなかった」

そうした企業の基本的な体質や思考手順を踏まえて、政府として確実に賃上げを実現出来る環境を作るために最も確実で手っ取り早いのが法人税減税だ。

企業が賃上げを決断するためには、そのための資金を何らかの形で調達してこなければならない。「法人税を下げたんだから、その分賃上げしろ」と言えば、経営者も聞く耳を持つ。

第2次安倍政権では欧米並みに法人税を下げることを政権の重要目標として掲げ、租税特別措置を利用して3兆8000億円の法人税減税を実現した。その上で、安倍首相は経済団体幹部と面会して直接賃上げを要請した。そこまでするのが総理大臣の「本気の賃上げ政策」だ。

ところが岸田首相は真逆をやっている。防衛費増のたかだか1兆円のために法人税を上げると宣言したのだ。

ただでさえ賃金を上げたがらない企業に対して「この先国庫に支払う税金が増えるというのに、賃金はあげられない」という絶好の言い訳の材料を岸田首相が与えているのだ。

要するに賃上げについては、「言うだけ」ですらなく企業の賃上げマインドに自ら冷や水をぶっかけている首相を「バカ」「自己矛盾」と呼んでも、誹謗中傷には当たらないだろう。

増税だけは周到かつ執拗

少しでも永田町を取材した人間にとっては、年頭会見が施政方針演説の「コピペ」であることは一目瞭然だったからこそ、その内容の異常性に多くの関係者が驚愕した。

それは岸田首相が「消費税大増税」にありとあらゆる手段を講じて邁進する腹づもりであること、そしてそのキーワードが「異次元の少子化対策」であることが図らずも露呈したからである。

岸田首相は年頭会見の後半、今年取り組む重点課題として2つの課題を挙げた。
・新しい好循環の基盤の起動
・異次元の少子化対策

このうち「異次元の少子化対策」としては3つの強化策を示した。
(1)児童手当など経済的支援
(2)保育・子育てサービス
(3)育休など働き方改革

少子化対策としては、すでにこども家庭庁の新設で4兆8000億円ほどの歳出増が確定しているが、「異次元の少子化対策」というならこれだけでは全く不十分だ。

年頭会見で強調した3つの強化策を岸田首相が本気でやるなら、それぞれ少なくとも数兆〜数十兆円規模の歳出が想定される。

例えば、現行では1万円〜1万5千円程度の児童手当に約1兆6000億円の特別会計を計上している。しかし児童手当を数千円積みましたところで少子化に歯止めがかかるはずもない。児童手当を倍増・3倍増してこそ「異次元の少子化対策」と言える。このためには即2〜6兆円の歳出純増が不可欠となる。

保育・子育てサービスの向上と一口に言っても、ここにかかる費用は莫大だ。少子化で託児所保育所の経営が厳しくなる中、本当に子供を産み育てやすい環境を先行して作り出すためには、子育て関連企業支援という形で巨額の税金投入が不可欠となる。

ここで必要となる金額は支援のスタイルによって上下するが、多くの専門家が「少子化に歯止めがかかるように子育てサービスを拡充するために必要な公的資金が10兆円を下回ることはあり得ない」と口を揃える。

岸田首相は昨年12月10日の記者会見で防衛費増の安定財源を確保するため国債を発行する可能性について問われ、「未来の世代に対する責任として取り得ない」と否定した上で「将来世代に先送りすることなく、今を生きる我々が将来世代への責任として対応すべきものと考えた」と述べた。

43兆円の防衛費増額分のうちのわずか1兆円を題材に増税を正当化した岸田首相だ。「異次元の少子化対策」で必要となる新たな数十兆円規模の歳出増で、ターゲットとなる「国民負担」は消費税以外考えられない。

これを裏付けるように、党税調最高幹部の甘利明前幹事長が「消費税増税も選択肢」とすかさず述べて物議を醸した。

新型コロナウイルス対策やエネルギー政策など増税に直結しない事柄については「言うだけ」「検討するだけ」。ところが、増税に対しては周到に準備し、狡猾に理論武装し、執拗に主張する。

国民に直接語りかける貴重な機会に、政治家としての矜持も総理大臣としての思いも込めず、「コピペ」でお茶を濁した岸田首相。

しかし、コピペ元が岸田政権が今年取り組む重要政策を羅列した施政方針演説だからこそ、その要旨をまとめて年頭会見に集約する過程で図らずも露呈したのが「消費税大増税」という岸田首相本人の秘めたる「最重要課題」だったのである。

岸田首相が政権を握っている限り、ありとあらゆる手段を使って消費税を上げにくる。そのことだけが確実に伝わった年頭会見だった。

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山口敬之

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