カリスマ公務員が生まれたワケ 秦野市④「高岡発ニッポン再興」その45

出町譲(高岡市議会議員・作家)

【まとめ】

・公共施設は工夫次第でカネになる宝の山、いわば『都市鉱山』である。

・新規のハコモノは投資した額より多くの利益を得られるかどうかの採算性が重要だ。

・ハコモノを作る発想から抜ける自治体とそうでない自治体とでは、将来は大きな差がついてしまう。

それにしても、通常役所といえば、なるべく目立たないように生きる職員が多いのですが、どうして、志村さんのようなカリスマ公務員が生まれたのでしょうか。その元をたどると、当時の市長にぶち当たりました。

市長だった古谷義幸さんは元々、プロパンガス店を営んでいました。民間出身だけに、公務員の仕事にもっとビジネス感覚が必要だと考えていたのです。

「秦野市の公共施設の維持管理は年間65億円です。これだけ巨額の支出があるにもかかわらず、行政組織はカネの使い方に無頓着でした。職員はカネがどこからか湧いてくるとでも思っていたのです。こうした姿勢をまず変えないといけないと思ったのです」

その上でこんな考えを示します。「公共施設にはデッドスペースもたくさんあるが、そうした所も有効活用できる。公共施設は工夫次第でカネになる宝の山だ。いわば『都市鉱山』だ」。

それは言葉だけでなく、実践されています。

秦野市役所の敷地内にはコンビニが建っています。「コンビニを呼んだら儲かるのではないか」という古谷さんの発想がきっかけでした。工事費は全部店舗側が持ちますが、賃料収入がしっかり市に入る仕組みになっています。

役所の中に入っているコンビニは少なくないのですが、役所の敷地内で独立した店舗はこの秦野市が初めてだといいます。こうした店舗だと、コンビニにとっても、24時間、365日の営業が可能です。

さらにこのコンビニでは、図書館の図書返却ができたり、住民票を受け取ったりもできます。秦野市特産の土産なども販売しています。

秦野市にとっては、賃料収入が入る。空き駐車場ならお金にはならなかったのに、「稼ぐ拠点」になったのです。

秦野市役所の意識改革は徐々に始まり、コスト意識が芽生えてきました。富士山も眺望できる温泉施設の「名水はだの富士見の湯」。ゴミ焼却場の焼却熱を利用した温浴施設で、地元自治会から要望が上がり、建設したものです。市の施設だが、市の担当者はまず「コスト」を重視しました。

指定管理者制度を利用して、運営は民間に任せることにしたのです。その結果、市には月100万円入る仕組みになっています。それは修繕費に充てます。ただ、市の担当者はさらに踏み込んで、建設費の回収も考えた。そこでたどり着いたのは、コンセッション方式です。土地や建物を所有したまま、30―50年の運営権を売却する仕組みです。

ハコモノ30パーセント削減計画を打ち出していることから、新規のハコモノは採算性が重要だ。その意識が職員の間でも浸透し、知恵が出てくるのだといいます。

さらに、古谷さんや志村さんは、市民に対しても丁寧に説明しました。なぜ数値目標が必要で、それを実行しなければならないのか。そしてそれを先送りすると、次世代に大きな負担になるという説明です。こうした説明は効果が出ました。アンケート調査によれば、ハコモノ削減大作戦は、市民の70パーセントほどが賛成しています。

志村さんはハコモノ削減をこう総括します。

「私たち現在の市民は、将来の市民に対し無責任であってはなりません。子や孫の世代に大きな負担を押し付けないために、今私たちができること、しておかなければならないことがあります。そこから逃げてはダメなのです」
元地方創生担当大臣の石破茂さんも秦野市の取り組みを高く評価する一人です。『日本列島創生論』でこう表現しています。

秦野市のような自治体と、いまだにハコモノを作る発想から抜けない自治体とでは、将来は大きな差がついてしまうのは明らかです。後者は、一時的には大きな建物を建てて、景気が良い気分になれるかもしれませんが、そういう無駄なものがどうなったか。すでに墓標のような建物は全国にあるでしょう」

墓標のような建物といえば、私は、北海道の夕張市の遊園地や博物館を思い出します。夕張市は結局、ハコモノの重荷に耐えられなくなって破綻したのです。

夕張市は決して他人事ではありません。人口減少という忍び寄る有事の今、将来の市民のためにサンドバッグとなっても闘えるかどうか。公務員の覚悟、そして首長のリーダーシップが問われています。

(シリーズ完 はこちらから)

トップ写真:秦野市役所に誘致したコンビニ(筆者提供)

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