さい銭泥棒で刑務所に5回入った男性が、大学生と出会って知った喜び 「生きづらさ」の背景にあるもの

男性と話す西田さん(左)ら香川大の学生=2022年11月、高松市

 香川大学(高松市)の学生団体が、刑務所を出所した人が再び犯罪に手を染めないよう、支援に取り組んでいる。その主な活動は、出所者と交流する「茶話会(さわかい)」を開くこと。孤立しがちな出所者に居場所を提供し、社会復帰につなげてもらう狙いだ。この茶話会に、40代の男性が参加している。男性は窃盗罪で刑務所に5回入った。そのほとんどが「さい銭泥棒」だ。男性のような再犯者の多くは「生きづらさ」を抱えているという。学生団体「さぬき再犯防止プロジェクト(PROS)」の代表を務める西田侑莉さんは、多くの人にその背景を知ってもらいたいと考えている。(共同通信=広川隆秀)

窃盗罪で刑務所に5回服役した男性=22年12月、高松市

 ▽家族、同級生、教師と人間関係築けず
 男性は高松市で、ある夫婦の長男として生まれた。幼少期に父がギャンブルで借金を作り、家に取り立てが来るようになった。父はストレスから酒を飲み、母や男性に暴力を振るった。男性は小学校低学年の時に母と2人で母の実家に引っ越し、父と離れたという。当時を振り返り「この頃からぐれていったんかな。自暴自棄になってしまって…」と話した。時間を持て余し、近所の神社でさい銭泥棒をして過ごすようになった。
 中学生の時に母が再婚。義理の父と、その連れ子の兄と4人で暮らすようになった。男性によると、母は実父と結婚している時にこの義父とも交際していた。そして義父の息子である義兄は、母の実子でもあるという。複雑な家庭環境だった。
 母を含め、家族と会話することはほとんどなかった。小中学校では特別支援学級に通ったが、仲の良い友達や、気軽に話ができる教師はいなかった。家でも学校でもひとりぼっちだった。
 中学を卒業後、生徒指導の教師に紹介された建設会社に就職した。そこでも特に親しくなる同僚はいなかった。空いている時間は1人でパチンコ店に行き、金がなくなると、寺や神社などで盗みを繰り返す生活。男性にとって盗みは、金を得るだけでなく、張り合いのない日常に「スリル」を与えてくれるものでもあった。
 3回目の刑期を終えて出所した際、会社から「犯罪者は置いておけない」として解雇された。
 4回目の出所時、福祉機関などの支援が受けられる「特別調整」により、香川県地域生活定着支援センターが男性の受け入れ先を調整。その過程で、男性に知的障害があることが初めて判明した。就労支援施設で軽作業をするようになったが、金に困り、再び神社でさい銭を盗んでしまう。2021年1月、3年6カ月の満期で刑務所を釈放された。男性はこれまでの自分をこう表現した。「その日に暮らすのが精いっぱい。捕まったら捕まったで、将来のことなんか考えていなかった」

「茶話会」で作ったクリスマスの折り紙=22年12月、高松市

 ▽表情が変化、自分の考えを話せるように
 男性は取材に淡々と「周りは赤の他人だから関係ない。だから一人でも寂しくない」とも語った。
 ただ、香川県地域生活定着支援センターの福家伸次センター長は、男性の態度の背景にあるものをこう推測する。
 「幼少期にあった家庭内の不遇や、学校で勉強について行けなかった経験から、お金に困っても周囲に相談する習慣がつかなかった。誰かに相談できていたら再犯を防げたかもしれない」
 自分の思っていることを、もっと素直に口に出す機会を増やしてもらおうと、福家センター長が提案したのが大学生との交流だった。
 PROSは、出所者との交流会「茶話会」のほか、専門家を講師として招く研修会などを開いている。目的は、出所者に居場所があると感じてもらったり、一般の人に出所者への理解を深めてもらったりすることだ。
 男性は2021年7月から毎月1回、茶話会に参加している。プライバシーに配慮し、学生と出所者は互いにニックネームで呼び合う。学生は活動で知り得た情報を外部に漏らさず、活動外で出所者と個人的にやりとりしないことを約束する誓約書を書いて参加している。
 男性には「まーさん」のニックネームが付けられた。2022年11月の茶話会では、学生12人とまーさんが、趣味や好きな食べ物などたわいもない会話をしたり、折り紙をしたりして時間を過ごした。
 「絵しりとり」でまーさんが描いた絵を学生が「めっちゃうまい」と褒めると、まーさんは笑みを浮かべた。当初は気乗りしなかったというが、今では「学生たちのように受け入れてくれる人がいるのはうれしい。来月が来るのが楽しみだと思えるようになった」と話す。福家センター長も、まーさんの変化に手応えを感じている。「楽しそうな表情が増え、だんだんと自分の考えを話してくれるようになった」

「絵しりとり」で絵を描く男性=22年11月、高松市

 ▽罪を犯さない人は「たまたま恵まれていただけ」
 2022年版犯罪白書によると、刑法犯の認知件数は2002年の285万3739件をピークに減少し、21年は56万8104件と戦後最少を更新した。一方で再犯者率は増加傾向にあり、20年は49・1%と過去最高だった。
 国は状況を改善しようと2022年、民間団体やNPO法人が「地域ネットワーク」を構築して相談先を紹介するなど、出所者を多角的に支援する取り組みを始めた。
 PROSの活動を指導する香川大法学部の平野美紀教授(刑事法)は、こうした施策に一定の効果があると話す一方で、「国がやることには限界がある」とも考えている。再犯防止の鍵になるのは、一般市民が出所者に対して持つネガティブな意識を変えること。だからこそ、出所者が抱える生きづらさを理解した「居場所と出番(働き先)作り」に社会全体で取り組む必要があると指摘する。

研修会で講演する三光病院の海野院長=22年11月、高松市

 依存症治療が専門の三光病院(高松市)の海野順院長はPROSの研修会で講演し、学生らにこう説いた。「小児期までに虐待やいじめ、成績不良、貧困などといった体験があると、ドラッグなどの依存症リスクを増大させる。(罪を犯さない)多数派は『たまたま自分は恵まれていた』ということを認識することが大切だ」
 PROSの活動には批判的な意見もある。「再犯するのは自分が弱いからだ」「出所者が孤立するのは仕方がない」というものだ。
 これに対し、代表の西田さんはこう答える。「罪を犯した人を特に優遇しているわけではない。困っている人に何ができるのか、少しでも当事者意識を持って考えてもらうため、生きづらさを抱えている出所者がいることを1人でも多くの人に伝えていきたい」。平野教授も学生らの活動の意義を強調する。「考えが柔軟で今後の社会を担っていく学生が支援に取り組むことで、一般の人の意識や考え方を変えていくことにつながる」
 終身刑がない日本では、死刑判決や刑期中の死亡でない限り、受刑者は必ず社会に戻ってくる。PROSは高松矯正管区とも連携し、2022年10月、再犯者を主に収容する高松刑務所で受刑者3人と対談した。同席した私は、受刑者の1人が漏らしたこんな言葉が頭から離れない。「親族でさえ自分を拒絶している。勝手な思いだが、犯罪を繰り返さないためにも社会復帰のチャンスを与えてほしい」

受刑者(手前)と対談する香川大の学生ら=22年10月、高松市

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