「履き古した靴が生まれ変わった!」イギリス国王の名にちなむ修理法の魅力 深掘りして分かった、チャールズ国王の意外な哲学

チャールズパッチを施したオールデンの靴を手にする革靴職人の佐藤正兼さん=2022年11月、東京都渋谷区(撮影:村山幸親)

 東京都渋谷区で工房を構える革靴職人の佐藤正兼さん(40)は、10年ほど前から「チャールズパッチ」という名の革靴の修理法を手がけている。ひび割れなどで破損した部分に当て革(パッチ)を当てて再生する。この手法を名付けたのも佐藤さんだ。英国のチャールズ国王が、同様の修理を施しながら長年にわたって同じ靴を愛用していることにちなんだ。寿命とされた靴をよみがえらせる手法として、靴修理の業界で徐々に知られるようになり、現在ではチャールズパッチを修理のメニューとして取り入れる専門店も少なくない。
 英国から遠く離れた日本で、チャールズ国王にゆかりある革靴の修理法が広まりつつあるとは、何とも興味深い。“継ぎはぎ”をキーワードに取材を進めると「良い物を長く愛用する」という価値観とともに、時代に先駆けた環境意識を持ち続けた国王の哲学の一端を知ることとなった。(共同通信=西田あすか)

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地下一階にある佐藤正兼さんの工房「Studio―hidden」。白い看板が目印だ=2022年11月、東京都渋谷区

 ▽スニーカー愛転じて革靴に目覚める
 JR原宿駅からほど近い閑静な住宅街にある佐藤さんの工房「Studio-hidden」。隠れ家のようなひっそりとしたたたずまいのため、目印の看板に気付かず何度も通り過ぎてしまったほどだ。地下へと続く階段を下りると、打ちっ放しのコンクリートに囲まれた小さなスタジオが広がり、丸眼鏡をかけた佐藤さんが柔和な笑顔で出迎えてくれた。
 スニーカーをこよなく愛する高校生だった佐藤さんは、かつて浅草にあった「エスペランサ靴学院」(2021年に大阪市に移転)で靴作りの基本を学び、卒業後は都内の靴修理の専門店で働き始めた。当時はまだスニーカーへの思いの方が強かったというが、仕事を続けるうち「履き込まれた靴が修理される様の何とも言えない格好良さ」を知るようになり、革靴の価値に目覚めたという。その後、知人とともに立ち上げたブーツ専門店を経て、7年前に現在の場所に自身の工房を構えた。

リーガルの靴にチャールズパッチを施す佐藤さん。曲線に沿って慎重に針を進ませていく=2022年11月、東京都渋谷区(撮影:村山幸親)

 ▽継ぎ足し、なじませる 
 佐藤さんがチャールズパッチの“生みの親”となったのは、ブーツ専門店時代にさかのぼる。一般に革靴の靴底は何度でも修理が可能とされるが、アッパーと呼ばれる靴の上部にひび割れなどのダメージが重なると、もはやその靴の寿命であり買い替えのタイミングとされていた。以前から「下は直すのに、上は直さないのか」と疑問を持っていた佐藤さんは、負荷がかかりやすい部分を革で補強するバイク用ブーツを参考に、独自に修理法を模索するようになった。
 ようやく形になってきたタイミングで、メニュー化するために名前を考えていたところ、雑誌の英国特集でチャールズ皇太子(当時)が掲載されているのを見た。皇太子は同じ革靴を、継ぎはぎを施しながら何十年にもわたって愛用していると知り、「名前を拝借した」のだという。
 取材に訪れたこの日、修理の依頼で工房を訪れたのは都内のコンサルティング会社に勤める佐久間達大さん(38)だ。持ち込んだのは、老舗ブランドとして知られる「オールデン」や「ジェイエムウエストン」、「リーガル」の3足。アッパー部分の破れやひび割れが目立つようになり、いずれもチャールズパッチでの修理を希望していた。

チャールズパッチ(丸で囲われた部分)を施したオールデンの靴。あえて質感が違う革を用い、修理跡を目立たせるデザインにした=2022年11月、東京都渋谷区

 チャールズパッチは、破損した部分の上に元の靴と質感が近い革を当てて縫うのが一般的。ただ、修復した跡をなるだけ目立たないようにするのか、個性的な継ぎはぎをあえて目立たせるようなデザインにするかは、依頼主の意向次第だという。佐藤さんは「パッチのデザインや形もいろいろあるので、僕の方から提案させていただくのはもちろん、お客さまから提案していただくこともあり、イメージを共有しながら一緒にデザインを考えることができるのもこの修理の面白いところ」と話す。
 後日、あらためて修理の工程を取材させてもらった。年代物のミシンのハンドルを右手で回し、左手で靴を支えながら曲線に沿ってカタ、カタ、カタ…と慎重に針を進ませていく。破損した部分を覆うパッチの革の厚さは1・2ミリほど。足の甲の部分にひびが入ったリーガルの靴の修理には、いったんストレートチップ(靴先端の切り替え部分)や外羽根(靴ひもを通す部分)の糸をほどき、紙ほどの薄さに削ったパッチの縁を差し込んで再び縫い合わせているという。靴との境目がなめらかになるよう、見た目の美しさには気を配る。最後に元の質感に近づくよう表面を磨いて完成だ。
 注文を受けてから依頼主に戻るには1カ月程度かかる。修理が施された3足の靴を受け取った佐久間さんは、満足した様子だ。「修理をする前とまったく違うという訳ではないのに、不思議と生まれ変わったような感じがする」

修理を終えたオールデンの靴を手にする佐久間達大さん(左)と、佐藤正兼さん=2022年11月、東京都渋谷区(撮影:村山幸親)

 ▽長く使い続ける価値観を大切に
 佐藤さんによると、どれだけ高級な革靴でも何の手入れをしないまま履き続ければ、1年ももたず寿命を迎えてしまう。一方で、しっかりとつくられた靴は定期的に補修をしたり磨いたりするなど適切な手入れをすることで、寿命を20~30年まで延ばすことが可能だ。
 チャールズパッチにかかる代金は、修理が必要な部分の大きさや素材によって異なるものの、佐藤さんの工房では1カ所6千円から引き受けている。パッチが入ることによって少なからず見た目も変わってしまうが、ほとんどは依頼主が納得する形になるという。「当店にいらっしゃるお客さまというのは、他店で修理を断られながらも諦めきれず、わかりにくいところを探しあててこられた方。だからこそチャールズパッチという一風変わった修理法を選ばれる方が多いのではないでしょうか」
 足の採寸と木型の作成から始まるオーダーシューズも手がけているが「修理することと靴を作ることは同列なこと」と強調するのは、こんな思いがあるから。「修理しながらずっと履き続けたいと思ってもらうことで、良い物や自分の好きな物を長く使っていくような価値観を提供していきたい」

COP26首脳級会合でスピーチする英国のチャールズ皇太子(当時)=2021年11月、英北部グラスゴー(ロイター=共同)

 ▽買うなら一度だけ、良いものを
 英国王室に詳しい服飾史家の中野香織さんによると、チャールズ国王は「買うなら一度だけ、良いものを買え(Buy once Buy well)」という信条で、修理を施しながら選び抜かれたスーツや革靴を長年にわたって愛用していることで知られる。それを象徴するのは、パッチで補修を繰り返しながら20代から履き続ける英国の老舗ジョンロブのオックスフォードシューズだという。
 英国の文化では、例えば祖父の代のツイードコートを修理して着用するなど、良質なものを長く使い続けることは特段珍しいことではないという。そんな中でも、中野さんはチャールズ国王をこう評価する。「思想と一貫しているところがユニークで説得力がある」
 国王は半世紀も前からプラスチック廃棄物の弊害を語るなど環境問題に目を向け、化学肥料や農薬に頼らない有機農法の重要性も説き続けてきた。2021年に英北部グラスゴーで行われた国連気候変動枠組み条約第26回締結国会議(COP26)の開会式では、交渉に臨む各国代表に化石燃料依存から再生可能で持続可能な経済への転換を求め「われわれは危機にさらされる若い人々の未来を、共に救うことができる」と訴えた。
 国王の装いのスタイルが、若い頃から一貫して変わっていないことも特徴的だ。英国様式のダブルのスーツ、ポケットチーフにブトニエール(襟に付ける飾り花)といった姿。かつては古くさい装いだとやゆされて理解されず「変わり者」のレッテルを貼られたこともあるといい、ワーストドレッサーに選ばれたことさえある。
 しかし、環境問題への意識が高まり、サステナビリティー(持続可能性)がしきりにうたわれる時代を迎え「古いものを大切にし、環境に配慮する態度こそ称賛に値する」と人々の認識が変わっていったことを受け、2012年には一転、ベストドレッサーに輝いた。中野さんは「国王が変わったのではなく、時代がようやく追いついたという感じでしょうか」と指摘する。
 インターネットで「チャールズパッチ」を検索してみると、継ぎはぎを施した革靴の画像が数多く確認できる。日本靴修理協会(東京)によると、当て革を使う修理は以前からもあったというが、ここ数年で「チャールズパッチ」の名称が浸透した。手がける店は東京都内を中心に全国に広がっている。協会の橋口修代表理事は「国王の名にちなんでいることで『そこまでして履くのか』という否定的なイメージがなくなり、受け入れられやすくなったのではないか」と分析している。
 チャールズ国王も、まさか遠い日本の国で自分の名を冠した革靴の修理法が広まっているとは思いもよらないだろう。けれども、丁寧な修理が施された一足の靴を手に取ると、持ち主の靴への愛着とともに、国王のスタイルや哲学への憧憬が込められているように感じた。

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