米国史においてアフリカ系米国人が担った役割や功績を称える「黒人歴史月間」が来月から1カ月にわたり開催される。今週号は黒人の歴史や文化について学べるスポットや関連行事を紹介する。(取材・文/加藤麻美)
黒人歴史月間とは
奴隷制が廃止された半世紀後の1915年に黒人の業績を研究・促進する組織「黒人生活史研究協会」が創立されたのが始まり。同団体は後にアフリカ系米国人生活史研究協会と名称を変え26年、「奴隷解放の父」リンカーン大統領と奴隷制廃止運動家のフレデリック・ダグラスの誕生日に因んで2月の第2週を選び「全米黒人歴史週間」を主催。公民権運動が盛んになった1960年代後半になると、大学キャンパスを中心に「黒人歴史月間」へと発展。建国200周年の1976年、フォード大統領が「黒人歴史月間」を公式に承認した。
黒人社会は「サバイブ」から「スライブ」へ
ライターの出発点となったのが黒人たちとの触れ合いだったという堂本かおるさんに、黒人の歴史や文化が米国社会に与えた影響を聞いた。
— 黒人の歴史や文化に興味を持ったきっかけは?
傾倒する直接のきっかけになったのは、1996年に初めてニューヨークに1年半ほど長期滞在で来たときの体験です。最初の2週間ほど東92丁目の92nd St.Yに滞在したのですが、そこの警備員のボブにものすごくお世話になったんです。彼はNYPDの元警官で、いろんな話を聞かせてくれたし、ボブ以外の警備員もほとんど黒人で皆とても親切でした。私のような見ず知らずの人間に対してとても寛容でした。ボブと知り合ったことで黒人の歴史や文化、社会問題について興味が湧いたし勉強もするようになって…。
99年に起きたアマド・ディアロ事件(※1)について雑誌に書いたのがプロのライターとしてのスタートです。その年の末に再び来米して現在に至るのですが、2000年から数年、ハーレムYMCAの学童保育所で働く機会も得ることができ、これが後に人形作家となるきっかけにもなりました(P5参照)。
— 黒人文化の原点・核となるものを一言で言うと?
「サバイブ(生き残ること)」だと思います。そもそもはアフリカから無理やり連れて来られた人たちです。自分たちのやりたいことや求めることは一切させてもらえなかったし、意図的に抹消されそうになった文化や習慣もたくさんありました。食材から住居、教育に至るまでいいものは何も与えられなかった。だけど、「ヘリテージ(遺産)」として内面にあるものは誰にも消せませんよね。手に入るもので、自分たちの魂を具現化するしかなかったんです。音楽から食べ物まで…数え出したらキリがないです。
—「ソウルフード」などといった言葉の使い方や、黒人以外がドレッドヘアにすることについてはどう感じますか?
アフロヘアやドレッドロックスは黒人の縮れた髪から必然的に生まれた髪型です。それをあえてやるのであれば、その背景を知ってからにしないとダメなんじゃないかな。なぜそのヘアスタイルができたのか、なぜ、黒人が他の人種がそういった髪型にすることを批判するのかを知るべきだと思います。「ソウルフード」についても同じ。でもあれは日本のメディアが考えなしに使ってしまったのが悪いんです。
— 黒人を取り囲む環境は変わってきていると思いますか?
経済的な格差はまだまだ歴然ですが、高等教育が必要な分野から突出した人材が最近になってようやく出てきて、彼らが子どもたちのお手本になっています。ジョージ・フロイドが虐殺されて「ブラック・ライブズ・マター」が社会現象になり、大企業が黒人向けの商品を積極的に出すようになってきた。むしろ「出さないとだめ」というような風潮になって、少しずつだけど、まだまだ足りないけど、多様性を認める社会になってきていると思います。「過去を取り戻す」ことも大切ですが、これからの黒人社会のテーマは「スライブ(繁栄)していく」ことだと思います。
(※1)アマド・ディアロ事件=非武装の黒人青年(23)が99年2月4日、NYPDの白人警官4人から合計41発の銃弾を受けて射殺された事件。4人は解雇され起訴されたが、全員が裁判で無罪となった。
堂本かおるさん
ライター。大阪府出身、ニューヨーク・ハーレム在住。CD情報誌の編集を経て1996年に来米。 PR会社のインターン、ハーレムYMCA学童保育所勤務を経てライターに。以後、黒人、移民、マイノリティー文化や米国社会事情全般について雑誌、新聞、ウェブに執筆。「多様性ドール」の作家としても活動する。www.nybct.com
黒人の歴史や功績を知りたいなら、ここへ!
市内には史跡からリサーチセンターまでさまざまなスポットが多数点在。ここでは代表的なものを紹介する。
【Manhattan】
ショーンバーグ黒人文化研究センター
Schomburg Center for Research in Black Culture
地下鉄②③135丁目の駅を出てすぐ
ギャラリーは1、2階に。ギフトショップも充実
アフリカ系米国人、アフリカ系ディアスポラ(※2 )に焦点を当てた資料の研究および保存、展示を行う世界有数の施設。プエルトリコ系黒人のアルトゥーロ・ショーンバーグ(1874〜1938)が1925年に設立。翌年、ニューヨーク公共図書館135丁目分館が購入し現在に至る。ショーンバーグは幼い頃に教師から聞かされた差別発言「黒人には文化も歴史もない」に突き動かされ、関連資料の収集と活動に生涯を捧げた。2013年から始まったブラックコミックの進化を紹介するイベントは年を重ねるごとに大盛況に。現在、同イベント10周年を記念する「Boundless: 10 Years of Seeding Black Comic Futures」と黒人写真家が黒人コミュニティーを記録した写真展「Been / Senn」を開催中。
(※2)16世紀から19世紀にかけて大西洋奴隷貿易によって世界中に散らばった西アフリカや中央アフリカ人の子孫。
515 Malcolm X Blvd. (135th St. & Malcolm X Blvd.)
www.nypl.org/locations/schomburg
【Manhattan】
アフリカ人埋葬地ナショナルモニュメント
African Burial Ground National Monument
2007年に完成した「祖先の間」はパンデミックのため一時閉鎖中
遺骨は手彫りの棺に納められ安置された
1991年、連邦政府ビルの建設に伴い実施された考古学的調査により地下30フィートから発掘された約1万5000体以上の無傷の人骨を含む延べ6エーカーの埋葬地。1630年代半ばから1795年にかけて建設されたと推定され、米国で再発見されたアフリカ人奴隷(以下、奴隷)と自由アフリカ人の埋葬地としては最古かつ最大規模。記念碑、解説センター、研究図書館が併設されており、奴隷制がニューヨーク市を築く上で果たした歴史的役割を今に伝えている。93年に国定歴史建造物に指定。発掘された全遺骨は同年11月、ワシントンD.C.のハワード大学内研究所に移送されたが、2003年9月から10月4日にかけてワシントンD.C.から埋葬地に遺骨を戻す「ゆりかごの移動」を経て、再び発掘の地に戻され永久安置された。
290 Broadway (bet. Duane & Reade Sts.)
www.nps.gov/afbg/planyourvisit/index.htm
【Queens】
地下鉄道に関連する史跡
( マケドニアAME教会とバウニーハウス、オールドクエーカー集会所)
Macedonia African Methodist Episcopal Church, Bowne House,
Old Quaker Meeting House
バウニーハウス。ガイド付きツアーは季節によって異なるが、現在は、毎週水曜の午後1時から4時まで
1811年に設立されたマケドニアAME教会は、南部州の奴隷をカナダに逃亡させる秘密結社「地下鉄道」の経由地の1つだったと伝えられている。地域歴史家によると、奴隷の多くはフラッシングのクエーカー教徒の家に匿われ、そこからホワイトストーン、イーストリバー、ブロンクスを経由して最終的にカナダに渡った。バウニーハウスは1661年建造のクイーンズ区最古の建物。建造者のジョン・バウニー(1627〜1695)は、それまで許されなかった信仰の自由を主張。彼の理念は後の合衆国憲法修正第1条(信仰や言論の自由、集会の権利など)に発展したとされる。バウニー家は3代にわたり奴隷制廃止運動や社会福祉に貢献、同館にはその資料が保存されており、国家歴史登録財と市のランドマークに指定されている。地下鉄道に関連する歴史的建造物としては他に、1694年にジョン・バウニーらが建てたオールドクエーカー集会所がある。ここも国家歴史登録財に指定されている。
【Macedonia AME Church】
106-16 Guy R. Brewer Blvd. Jamaica, NY 11433/www.macedoniaamec.org
【Bowne House】
37-01 Bowne Street, Flushing, New York 11354/www.bownehouse.org
【Old Quaker Meeting House】
137-16 Northern Blvd., Flushing, NY 11354/flushingfriends.org
【Brooklyn】
ウィークスビル・ヘリテージ・センター
Weeksville Heritage Center
ニューヨーク州初の黒人女性医師スーザン・スミス・マッキニー・スチュワードもウィークスビルの住民だった
かつての繁栄ぶりを垣間見れるハンターフライロード歴史地区。ガイド付きツアーも実施
南北戦争前の米国で最大の自由アフリカ人コミュニティーの1つだったウィークスビルの歴史を学ぶ文化施設。この地に初めて土地を購入したアフリカ系米国人のジェームズ・ウィークスの名前にちなんでウィークスビルと呼ばれた同地域には、黒人プロフェッショナルや起業家が多数居住。学校や社交場もでき、コミュニティーは自給自足ができるまでに成長した。1863年にはマンハッタンのアイルランド系港湾労働者らによる南北戦争徴兵反対の暴動を逃れたアフリカ系米国人や奴隷制廃止運動家の避難所としての役割も果たした。主な展示は、ニューヨーク市のランドマークで、国家歴史登録財にも指定されているハンターフライロード歴史地区。アフリカ系ディアスポラのアート展や写真展、コミュニティーに関する教育プログラムなども随時開催。
158 Buffalo Ave., Brooklyn, NY 11213
www.weeksvillesociety.org
まだまだある! ニューヨークは黒人の歴史の宝庫
パブリックスペースや博物館として一般に公開しているスポットを厳選。黒人の苦難の歴史と米国社会に及ぼした影響を肌で感じてほしい。
マナハッタパーク
Mannahatta Park
1711年11月30日に開設された市営の奴隷競売市場跡。同市場では植民地時代の食生活の主食であったトウモロコシや穀物も取引され、1726年まで続いた。ウォーター通りとウォール通りの角に記念プレートが設置されているが、実際に市場があった場所はそこから1ブロック西。
100 Wall St. (bet. Water St & South Sts.)
www.nycgovparks.org/parks/mannahatta-park
ルイス・H・ラティマーの家
Lewis H. Latimer House Museum
アフリカ系米人の発明家で特許製図家、詩人のルイス・ハワード・ラティマー(1848〜1928)が1903年から臨終まで暮らした家。取り壊しを避けるため1988年、1.4マイル北西の現在地に移築し、科学、芸術、詩などの教育プログラムを提供する文化施設として存続。
34-41 137th St., Flushing, NY 11354
www.lewislatimerhouse.org
ルイ・アームストロングの家
Louis Armstrong House Museum
ジャズトランペット奏者・歌手・作曲家のサッチマこと、ルイ・アームストロング(1901〜1971)と妻ルシールが暮らした家。愛用のトランペットやマウスピース、録音テープ、写真、手紙、スクラップなど膨大な関連資料を収蔵。サッチマの演奏の録音や声のオーディオクリップが聴ける。国家歴史登録財。
34-56 107th St., Flushing, NY 11368
www.louisarmstronghouse.org
フラッシング旧市街埋葬地
The Olde Towne of Flushing Burial Ground
アフリカ系米国人やネイティブアメリカンを中心に、1840年、44年、57年、67年のコレラや天然痘の流行で死亡した1000人以上が埋葬された共同墓地。市公園局に譲渡され1936年、遺骨を尊重することなく運動場が建設されたが、黒人地域活動家の尽力により現在のメモリアルサイトが誕生した。
45-74-45-98 164th St., Flushing, NY 11358
otfbgconservancy.org
堂本さんおすすめ
黒人の歴史や文化を知る絵本3選
(価格はamazon.comによる)
The ABCs of Black History
作:Rio Cortez イラスト:Lauren Semmer
12.60ドル
26のアルファベットで黒人の歴史を解説。マルコムXや黒人初の宇宙飛行士メイ・ジェミソンなどの著名人、ディアスポラやパワーといった概念についても学べる。また、巻末の索引では人物、場所、出来事、考え方などを詳説しているので、大人も勉強になる。
The Undefeated
作:Kwame Alexander 絵:Kadir Nelson
9.74ドル
たゆまぬ努力と忍耐で輝かしい いる。業績を成し遂げた、スポーツ選手や作家、音楽家、活動家など各界の黒人ヒーローへの熱いオマージュに満ちた詩形式の絵本。ヒーローたちの表情を力強く捉えた挿絵にも注目。コルデコット賞とニューベリーオナー賞を受賞。
Ada Twist, Scientist
作:Andrea Beaty イラスト:David Roberts
12.11ドル
黒人の歴史に直接関係していないが、「黒人、さらに女の子も今後どんな分野にも『普通に』進出していくんだ」といったポジティブさが爽快な作品。主人公のお母さんのファッションにも注目。Netflixでアニメ化され、日本語版も出ている。
自分を愛することから始めよう
多様性を慈しむラグドール by k.d. Dolls
自分に似た人形をコンピューターソフト上で作る遊びをさせたら、肌の色が濃い女の子ほど、肌を白くした。それがずっと心に引っかかっていた…堂本さんがハーレムYMCAの学童保育所で働いていた時の体験から生まれたのが、黒人の女の子をモデルにした kdドールだ。「私たちが小さい頃にこんな人形があったらよかったのに」「昔の人形はどれも肌は白く髪はまっすぐでね。散髪したときに髪を捨てずに取っておいて、それを人形の頭に貼ったのよ」など、年配の女性からの反応にはいつも泣かされてしまうという。
購入はEtsy(www.etsy.com/shop/kdDolls?ref=simple-shop-headername&listing_id=1312543410)から。
黒人歴史月間2023注目のイベント
Black Creatives + Culture Market: Black History Month Edition ’23
50人以上のBIPOC(black,indigenous, and people ofcolor) クリエーターによるアート展示&販売。ライブパフォーマンス、対談、レゲエ、R&B、ソカ、アフロビーツ、ハウス、オールドスクールなどのDJによるライブ演奏など。
2月24日(金)〜26日(日)11:00-19:00
City Point: 445 Albee Square W., Brooklyn, NY 11201
happeningnext.com
Black in Brooklyn Trolley Tour
ニューヨーク州初の黒人女性医師スーザン・スミス・マッキニー・スチュワード、画家ジャン=ミシェル・バスキア、ジャズピアニストのシダー・ウォルトン、ニューヨーク初の黒人富豪ジェレミア・ハミルトン、奴隷制廃止運動家などグリーンウッド墓地に眠る黒人たちの物語を聞きながら墓所を尋ねるトロリーツアー。
2月25日(土)10:00–12:00 30ドル
The Green-Wood Cemetery
500 25th Street Brooklyn, NY 11232
www.green-wood.com/event/black-in-brooklyntrolley-tour-2/2023-02-25/