フランク・ザッパ、テープ倉庫から発掘された1980年の貴重音源発売

フランク・ザッパが1980年に短期間のみ率いたバンドの演奏が、テープ倉庫から発掘され、最新作『Zappa ‘80: Mudd Club/Munich』として2023年3月3日に発売されることが発表となった。国内盤はCD3枚組、LP3枚組は輸入盤のみで3月31日に発売となる。

リリースに先立ち、マッド・クラブ公演から「Outside Now」が配信開始となった。

240名と1万2000名の二つの会場

新作『Zappa ‘80: Mudd Club/Munich』にはフランク・ザッパが1980年に短期間のみ率いたバンドによる2公演の音源が収められている。いずれも、その大半が未発表となっていたコンサートだ。そんな本パッケージでは、それぞれに特徴のある二つの会場での猛烈な演奏が楽しむことができる。一つはニューヨークにある240名収容の小規模なライヴ・ハウス:マッド・クラブ、もう一つはドイツのミュンヘンにある1万2千席の巨大アリーナ:オリンピアハレである。

アーメット・ザッパとザッパ家のテープ倉庫管理人であるジョー・トラヴァースがプロデュースし、3月3日に発売開始となる本作は、歴史的重要性の高いパッケージだ。ザッパは1980年当時、ツイン・ヴォーカルのアイク・ウィリスとレイ・ホワイト、アーサー・バロウ (ベース) 、トミー・マーズ (キーボード) 、そして新加入のデヴィッド・ローグマン (ドラムズ) という5名の強力なメンバーを率いていた。この顔ぶれによるコンサートの模様が完全収録されるのは、今回が史上初めてとなる。また、ザッパの死後に発表された作品で、このメンバー構成による演奏を収めたものはこれまで存在しなかった。というのも、この特徴的なラインナップは、ローグマンの脱退により短命に終わってしまったのだ。

デヴィッド・ローグマンはドラマーのヴィニー・カリウタに代わり加入したが、ほどなくしてカリウタの復帰に伴いバンドを去ることになった。なお、これまでにこの2公演から陽の目を見ていたのは、ザッパがCDでリリースしたライヴ盤シリーズ『You Can’t Do That on Stage Any』に収められたマッド・クラブ公演の「Love Of My Life」とミュンヘン公演の「You Didn’t Try to Call Me」のみである。

1980年5月8日に行われたマッド・クラブ公演は、クラウス・ワイデマンによってナグラ製の2トラック・テープ・レコーダーで録音された。他方、オリンピアハレで行われたミュンヘン公演の録音とミキシングはエンジニアのミック・グロソップが担当。ミュンヘンでの演奏はステレオの2トラックでダイレクトにデジタル録音されており、ザッパがデジタルでライヴを録音したのはこれが初めてだった。ザッパはこの新技術をいち早く活用したアーティストだったが、彼がデジタル録音に移行していったのはこのミュンヘン公演がきっかけだったという。

同公演の模様はソニーのPCM-1600を使用し、Uマチックの3/4インチ・ビデオテープに録音された。このテープ規格も当時は最新鋭だったが、現在ではレコーディング技術の急速な発展の中で生まれた過去の遺物と見做されている。それでも本パッケージに収録されたミュンヘン公演のトラックは、オリジナルのデジタル・マスターを基に制作されており、この媒体に付き物である音の途切れについては、トラヴァースの手で修復が施された。

修復にあたってはアナログとデジタルが混在する複数のバックアップ・テープが使用されたが、これらはザッパ自身が制作していたものだった。このことからは、ザッパがどこかの時点で同音源のリリースを検討していたことが窺える。なお、いずれの公演の音源にもバーニー・グランドマン (バーニー・グランドマン・マスタリング) によるマスタリングが施されている。

収録内容とスティーヴ・ヴァイのエッセイ

今回発売される『Zappa 80: Mudd Club/Munich』はデジタル配信及び3CDのセットでリリースされるが、そのうち才気みなぎるパフォーマンスが繰り広げられるマッド・クラブ公演の「Outside Now」 (『Joe’s Garage』収録曲) は先行公開されている。

3CDのセットにおいては、マッド・クラブ公演の15トラックがディスク1の全編を占め、ディスク2と3にはミュンヘン公演の全22トラックが完全収録される。また、本パッケージのカヴァー写真や17ページのブックレットには、ザッパの大ファンであるジョージ・アルパーが撮影した貴重な未公開写真を数多く使用。そこにはツアー中のザッパやバンド・メンバーの姿が捉えられている。

60年代に活躍した写真家のジョー・アルパーを父に持つ彼は、ザッパと親しくなり、ニューヨークでの彼の仲間内の一人になっていた人物。最終的にはザッパのツアー・グッズの販売も手がけるようになったといい、詳細なライナー・ノートの中で当時の個人的な思い出を明かしている。

ブックレットにはそのほかにも、ジョー・トラヴァースによる序文や、バンド・メンバーであったアーサー・バロウによる収録曲の詳しい楽曲解説、同じくバロウによる当時のバンドやツアーに関する回顧録、そしてスティーヴ・ヴァイによる実に有益なエッセイも掲載される。

当時19歳だったスティーヴ・ヴァイは、ザッパのファンにして、録音が済んだばかりのギター・ソロやドラム・トラックの採譜をザッパ本人から任されていた。彼はマッド・クラブ公演の当日も現場に足を運んでいたというが、その数ヶ月後には、ザッパのバンドへの加入の誘いを受けている。のちに類稀なるギタリスト/ソングライターとして頭角を現すことになる彼は、エッセイの中で次のように綴っている。

「そのときから3年の間、俺はフランク・ザッパの目まぐるしい世界の中で過ごすことになった。その時間は濃密で、愉快で、時として恐ろしくも感じられたが、本当に心から有意義だったといえる経験だ」

3CDのセット以外に、マッド・クラブとミュンヘンの公演はそれぞれ、180グラムの重量盤アナログ・レコードで個別にも発売される。マッド・クラブ公演は45回転のLP2枚組、ミュンヘン公演は33回転のLP3枚組でのリリースとなる。3CD及びデジタル配信と同様、アナログ盤向けのマスタリングもバーニー・グランドマンが担当。レコードのプレスはドイツのオプティマル・メディアにて行われている。

1980年当時、ロウワー・マンハッタンに居を構えるマッド・クラブはアングラ・シーンの中心地になっていた。カウンターカルチャーに属する人々が頻繁に出入りし、ニューヨークにおける音楽やファッションの流行だったニュー・ウェーヴやパンクの拠点になっていたのだ。トラヴァースは序文の中でこのように綴っている。

「“アート・バー・キャバレー”とも呼ばれるあの会場が最盛期を迎えていた1979年から1983年ごろには、有名人やミュージシャンの類がよく集まっていた。ニューヨークの地下世界の住人たちが、踊ったり酒を飲んだりしながら、シーンを形作っていたのだ」

両極端な会場とセットリスト

ザッパは狭くてみすぼらしいそのクラブ自体や、そこにたむろするパンクスや気取り屋、流行りに敏感な人々のことを心から好んでいた。そのため、同地で演奏することを最優先にツアーを組み、1980年5月8日にコンサートを行うことになった。たった240人収容の小さな会場であるマッド・クラブとは対照的に、その前後の日程には、シンシナティ、フィラデルフィア、ロング・アイランドでの大規模なアリーナ公演が組まれていた。特に、一夜で2公演を行ったロング・アイランドのナッソー・ベテランズ・メモリアル・コロシアムでのコンサートには、合計で2万人以上のファンが集結したという。

ザッパと5人のバンド・メンバーたちは、人で溢れ返った暑苦しいマッド・クラブで約1時間のステージを披露した。息を呑むような全15曲のセットリストは、3部作のロック・オペラ作品『Joe’s Garage』 (「Joe’s Garage」「Keep It Greasy」「Outside Now」「Why Does It Hurt When I Pee?」) や『Sheik Yerbouti』 (「City Of Tiny Lites」) など、1979年にリリースされた新作の収録曲を中心に構成されていた。

それ以外にも、1966年作『Freak Out!』に収められた「I Ain’t Got No Heart」と「You Didn’t Try To Call Me」や、1970年作『Chunga’s Revenge』の表題曲など、彼の豊富なカタログの中から選り抜きの楽曲も取り上げられている。

さらに、ザッパが同会場にオマージュを捧げた「Mudd Club」や、「The Meek Shall Inherit Nothing」、「You Are What You Is」といった楽曲の初期ヴァージョンも演奏されている。これらはツアーの終了後にレコーディングされ、翌年に『You Are What You Is』の収録曲として陽の目を見ることとなった。また、この公演がDoRo (ルディ・ドレザルとハンス・ロサシェルから成るオーストリアの映像制作チーム) により撮影されていたことはよく知られており、そのうち「Mudd Club」と「Chunga’s Revenge」の映像は二人が監督したドキュメンタリー『Frank Zappa: New York And Elsewhere (原題) 』の中で使用されている。

マッド・クラブ公演はツアーの前半に行われたが、ミュンヘンのオリンピアハレでのステージは同ツアーの最終公演となった。そのため、ここでの演奏は3ヶ月に及ぶツアーの集大成といえるものになっている。この公演でもマッド・クラブで披露された楽曲のほとんどが演奏されているが、ほかにも「Cosmik Debris」「Dancin’ Fool」「Bobby Brown Goes Down」「The Illinois Enema Bandit」、そしてトニー・アレンの楽曲のカヴァー「Nite Owl」などが取り上げられ、同公演の演奏時間はマッド・クラブの約2倍にも及んだ。

実に聴きどころの多いステージだが、中でもこの翌年にリリースされた2枚組ライヴ・アルバム『Tinseltown Rebellion』にも収められた「Pick Me, I’m Clean」の初期ヴァージョンは、同公演の大きな目玉といえるだろう。

1980年にザッパが率いたこのバンドはすばらしい顔ぶれだったが、そのラインナップは長く続かなかった。そんな貴重なバンドによる2通りの名演が楽しめるパッケージは『Zappa 80: Mudd Club/Munich』のほかにいまだかつて存在しないのである。

Written By uDiscover Team

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フランク・ザッパ『Zappa ‘80: Mudd Club/Munich』
2023年3月3日発売(LPのみ3月31日)

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