<ウクライナ現地>吹き飛んだ壁 響く悲鳴 アパートにロシア軍ミサイル(写真10枚)

ロシア軍ミサイルで破壊された部屋に立つリュドミラさん(2022年7月・玉本撮影)

◆「女性、子ども、高齢者が犠牲に」

ウクライナ南部、オデーサ近郊の町、セルヒーフカ。黒海に面したのどかな保養地を、ロシア軍のKh-22ミサイルが襲ったのは7月1日深夜のことだった。9階建てのアパートは、ミサイルの炸裂で壁面が崩落。隣接する保養施設にも着弾し、あわせて22人が死亡し、負傷者は40人近くに上った。(取材:玉本英子)

ロシア軍ミサイルは9階建てアパートを直撃。外壁は崩落し、内部の壁も吹き飛んだ。近くの保養施設にも着弾、あわせて22名が死亡した。(2022年7月・セルヒーフカ・玉本英子撮影)

4階に住んでいた男性、ローマン・ボシュヴァンさん(36)は、浴室で子犬を洗っていた時にミサイルが炸裂。浴室が窓から離れていたため、爆発の直撃は避けることができた。奥のエレベーターの鉄枠も爆風でひしゃげるほどの衝撃だった。 爆発後、すぐに住民の救出に向かった。階下の60代の女性は腕が引きちぎられ、のちに息絶えた。その後やってきた救助隊が運び出した子どもの遺体を見た。頭の半分がなくなっていた。 「ここは普通の住民が暮らすアパートだ。付近に軍事施設もない。犠牲者は女性、子ども、高齢者……。なぜ市民を攻撃するのか」

ミサイルの爆発で部屋の壁は吹き飛んだ。ロ-マンさんは浴室にいたため助かった。「一緒に暮らしてきたこのアパートの住人が、たくさん亡くなったことを思うと辛くてならない」(2022年7月・セルヒーフカ・玉本英子撮影)

ローマンさんの妻と2人の幼い子どもは、ロシア軍の侵攻後、ドイツで避難生活を送っていたため、爆発には巻き込まれずに済んだ。 「自分も家族も助かりはしたが、一緒に暮らしてきたこのアパートの住人が、たくさん亡くなったことを思うと辛くてならない」 彼は、私の前で妻に電話をかけてくれた。 画面に映る妻に「愛しているよ」と、何度も呼びかけ、スマホ越しに妻と娘にキスを交わした。

ローマンさんの妻と幼い2人の子どもはロシア軍侵攻後にドイツに避難。スマホ越しに会話するローマンさんの目には涙が浮かんでいた。(2022年7月・セルヒーフカ・玉本英子撮影)

電話を終えた彼は、しばらく押し黙ったままだった。その目には涙が浮かんでいた。 「この戦争が終わり、家を修復し、家族が再会するのが願い。ただそれだけです」

◆一瞬にして生活を断ち切られ

階段2階の住居の前では、床一面に散乱した瓦礫のなかに、食器やキリストの聖画、クマのぬいぐるみと日本の人気アニメ、セーラームーンのシールがあった。 残された一つ一つの物から、一瞬にして生活を断ち切られた人びとの悲しみと怒りが伝わってくるかのようだった。

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2階の住人の部屋の瓦礫の中にあったセーラームーンのシール。攻撃で人びとの生活が断ち切られた。(2022年7月・セルヒーフカ・坂本卓撮影)

2階の部屋。壁も窓が崩れ落ち、天井はたわんでいた。(2022年7月・セルヒーフカ・坂本卓撮影)

◆吹き飛んだ壁 響く悲鳴

1階の部屋にいた主婦、リュドミラ・チェバンさん(43)は、息子のサーシャちゃん(4)とともに、爆発で吹き飛んだコンクリート壁と板の下敷きになった。隣人と救助隊が瓦礫をかき分け、助け出された。

1階右がリュドミラさんの部屋。外壁が崩れ、部屋の壁もベランダも吹き飛んでいた。(2022年7月・セルヒーフカ・玉本英子撮影)

リュドミラさんと私が一緒にアパートに入ろうとしたとき、サーシャちゃんがひきとめた。「いやだ、入りたくない。みんなバラバラになるよ。ボーンって…」幼い子どもにも爆発の記憶が心の傷となって残っていた。(2022年7月・セルヒーフカ・坂本卓撮影)

妊娠8カ月だったものの、胎児とも無事だった。だがミサイルの破片で足に傷を負った。救急車に乗せられるとき、周囲でたくさんのうめき声や悲鳴が聞こえた。 あの声が耳から離れないという。

爆発でアパートが破壊されたリュドミラさんは、行政局が提供した仮住居で暮らしていた。保健機関の支援で、ルーマニアで出産の予定という。(2022年7月・セルヒーフカ・玉本英子撮影)

ゼレンスキー大統領は、この攻撃について「意図的に民間人を標的にした、ロシアのテロ行為」と強く非難。一方、ロシアの報道官は、民間人は狙っていないと繰り返す。

◆「これから生まれてくる赤ちゃんは…」

取材時、リュドミラさんは、行政局が提供した仮住居で暮らしていた。出産予定は9月中旬。保健機関の支援で隣国ルーマニアに一時滞在し、出産するという。

アパートのすぐ近くの保養施設にもミサイルが着弾。ここでは従業員1人が死亡した。(2022年7月・セルヒーフカ・玉本英子撮影)

「以前は東部地域からの脱出民が安全なこの保養地に避難し、身を寄せていました。いま、自分自身が子どもの安全を心配し、避難しなければならなくなるなんて…… いつ終わるかわからない戦争と、これから生まれてくる赤ちゃんの将来を思うと、やるせない気持ちだと顔をゆがませた。

「ここはただの保養地の小さな町。周囲に軍事施設はなかった」とセルヒーフカの住民たちは口をそろえて言った。ロシア軍との前線から遠い地域であっても、ミサイルがいつ飛んでくるかわからない。(地図作成・アジアプレス)

(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2022年9月6日付記事に加筆したものです)

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