ぼけや老いの「一筋縄ではいかなさ」を、愛しくも思わせてくれる一冊|伊藤亜紗・村瀨孝生著『ぼけと利他』ミシマ社

自分をリープアップしてくれる本を、ライター目線で1冊ずつ紹介する「フクリパbooks」。前回は『僕の狂ったフェミ彼女』を紹介してくれたダイスプロジェクトのプランナー・天野加奈さんの新たな一冊です。

日本における認知症の人の数は、2025年には約700万人。
つまりは65歳以上の約5人に1人が、認知症になると予測されているのだそうです。(参考:厚生労働省 )

「認知症」という名前がつけられて久しい「ぼけ」。3年前に亡くなった私の祖父も、晩年はぼけを抱えていました。

同じことを何度も聞いたり話したり。
「そんなことあったっけ?」というような、突拍子もないことを言ったり。
動きもおぼつかなくて、こちらが想定していた時間通り・計画通りには、なかなか物事がすすみません。
あまりにも身近な「家族」という他者のぼけや老いを前にしたとき、私たちはどうしてこんなにも余裕がなくなり、予定不調和を嫌ってしまうんでしょうか。

『ぼけと利他』は、そんな自分の余裕のなさを振り返ってみたときに、「私は本当は、じいちゃんのぼけを愛したかったんだなあ」と気づかせてくれた本です。

著者は、どもりや障害など身体のままならなさを見つめる美学者の伊藤亜紗さんと、福岡にある「宅老所よりあい」の村瀨孝生さん。お二人の交換日記のような、36通の往復書簡という形で文章がつづられています。

ぼけの力を借り、家族を介護することで”家族”という規範から逃れ、互いにひとりの人間として出会い直すことができる という村瀨さん。そこには祖父に対しての私の父がそうだったように、怒りや不安や悲しみ、たくさんの感情が渦巻くのだろうと思います。

私にもそのときがきたら、父や母と一緒にとぼけながら、計画通りに進まない身体を毎日を、果たして預け合えるだろうか?
家族だから○○しなきゃいけない、○○な関係でいなきゃいけない、なんて考えは持ちたくないけれども、「うざいけど好きだなあ」「むかつくけどおもろいなあ」ぐらいに思いながら、ぼけや老いを楽しめる気持ちのゆとりを、少しでも持てると嬉しいなあと思います。

こちらの思ったようにはいかない、ぼけや老いの「一筋縄ではいかなさ」を、愛しくも思わせてくれる一冊です。

そして、本のタイトルにもある ”利他” は、コロナ禍において注目された言葉。

本書では、
『"利他"の問題を考えるときに、お年寄りとかかわることは究極な感じがしている』
『"ぼけ"は、利他を考えるうえでの重要なヒントを与えてくれるのではないか』
と語られています。
そもそも利他とはなんなのか? ぼけはどんな利他をもたらすのか?

亜紗さんが在籍されている東京工業大学の「未来の人類研究センター」には、利他をテーマに掲げた「利他プロジェクト」という活動があります。この本のほかにも利他について書かれた本があるので、気になる方はぜひそちらも、合わせて手に取ってみてください。

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ぼけと利他
伊藤亜紗(著/文)、村瀨孝生(著/文)
発行:ミシマ社
四六判 320頁
価格 2,400円+税
書店発売日 2022年9月15日
本の購入はこちら:https://honto.jp/netstore/pd-book_31892512.html
利他プロジェクト:https://www.fhrc.ila.titech.ac.jp/project/

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