柑橘や海藻から繊維を作り、ファッション業界に革命を起こすスタートアップ

TENCEL Limited Edition x Orange Fiber Collaboration

ファッション業界では、同業界がもたらす社会的課題を解決するためのさまざまなイノベーションが起きている。ここでは自然界にある素材「バイオマテリアル(生物資源から作る素材)」を活用し、持続可能なソリューションを提供するスタートアップ2社を紹介する。

1兆7000億ドル(約225兆円)規模といわれるファッション業界は世界のCO2排出量の8〜10%を占め、水の消費量は全産業の中で農業に次いで第2位の産業だ。さらに、衣料品に使われる原料の65%はポリエステルで、生産のために消費する石油は年間7000万バレル(111億2911リットル)に上る。「Race to Zero」の最近の調査によると、ファッション業界の現状はパリ協定の1.5度目標の達成に程遠いと予測されている。企業・ブランドには規模の大小に関わらず、環境負荷の低減とより持続可能な衣料品づくりのためのサプライチェーンの構築が求められている。

廃棄された柑橘を使いシルクのような繊維を作るオレンジファイバー(イタリア)

TENCEL Limited Edition x Orange Fiber Collaboration

2012年、イタリアでデザインを学んでいたアドリアナ・サンタノチト氏とエンリカ・アレーナ氏は産業副産物から繊維をつくることを考え、その可能性を探り始めた。2人が目をつけたのは、サンタチノト氏の故郷シチリア島カターニアで栽培され、廃棄されていたオレンジだった。ミラノ工科大学と連携して実証実験を行ったのち、2014年にオレンジファイバーを立ち上げた。

オレンジファイバーは同年、飲料産業が廃棄する柑橘のセルロースを使ってシルクのような繊維を製造し、イタリアで開かれたヴォーグ誌のイベントで最初の試作品を公開した。その1年後には、スタートアップの支援を行うイタリアの投資誘致・事業開発公社「Invitalia」から資金調達を行い、シチリアにパイロット工場を建設。生産を拡大するのに十分な量の柑橘繊維を確保できるようになった。

柑橘類の副産物から生まれた繊維を使った最初の服が披露されたのは、2017年のフェラガモ・オレンジ・コレクション。フィレンツェにあるサルバトーレ・フェラガモ美術館のサステナブル・シンキング展にも選ばれた。オレンジファイバーはその後、アムステルダムのファッション・フォー・グッド・ミュージアム、ドイツ衛生美術館、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館など世界中の美術館の展示会で主役を務めた。2019年にはH&Mのコレクションに選ばれ、ナポリの有名ブランド「マリネッラ」の高級ネクタイにも採用された。

Image credit: Orange Fiber

同社は2019年7月にクラウドファンディングを実施。目標だった25万ユーロ(約3508万円)を大幅に上回り、365人の投資家から65万ユーロ(約9204万円)を集めた。2020年にはシチリア島に新たな工場を建設し、同社は生産を拡大した。

オレンジファイバーは2021年7月、繊維メーカーのレンチング・グループと協働で、オレンジから作った初のテンセル・リヨセル繊維の製造を開始した。この繊維は標準的なテンセル・リヨセル繊維と同じ循環型の工程で製造されているが、柑橘繊維のセルロースによって木材セルロースの使用量が少なくてすみ、森林資源の利用を減らせる点でもサステナビリティを向上させる素材といえる。

キールラボ(アメリカ)

Image credit: Kier... in Sight on Unsplash

米ノースカロライナ州に拠点を置くキールラボは、水中生態系の持つ自然の力を活用して繊維業界と世界を変えることを目指す企業だ。同社は2017年、ニューヨーク州立ファッション工科大学の卒業生テッサ・キャラハン氏とアレクサンドラ・ゴシウスキー氏が設立。2022年にリブランディングを行い、現在の企業名キールラボ(Keel Labs)となった。

企業名のキールは船の背骨にあたる構造部材。海と船のバランスを保ち、推進力を生み出す役割を果たすキールのように、環境への負荷が少ない素材を生み出すイノベーションを推進することを目指している。同社は、自然とコミュニティを中核に据えたイノベーションのためのプラットフォームとしてブランドを確立しようとしている。

Image credit: Keel Labs

キールラボは、昆布に豊富に含まれているアルギン酸と呼ばれるバイオポリマーから生み出した糸「ケルサン(Kelsun)」を製造している。この糸は既存の糸・繊維の製造方法に比べてさまざまな用途に使え、既存の生産インフラを使い製造できることが特徴だ。昆布は成長が早く、炭素を隔離する役割を果たす上に、森林よりも1エーカーあたりのCO2吸収量が多い。製造過程で昆布を育てることは、ファッション産業をクリーンにするだけでなく、気候変動対策においても重要な役割を果たす。

キールラボは2021年、240万ドル(約3億1758万円)のつなぎ融資を受けた。ノースカロライナ州に拠点を設け、持続可能な水産養殖により生産された糸の製造を拡大しながら技術開発を向上させるためにイノベーションハブを開設した。2022年初めには、ベンチャーキャピタル「コラボレイティブ・ファンド」が率いてH&M CO:LABなどが追加支援を行ったシリーズAで1300万ドル(約17億1458万円)を獲得した。

ファッション業界は今後10年間で最大63%の成長が見込まれている。つまり、石油への依存や森林破壊をもたらすファッション業界の在り方をシフトすることがカギとなる。既存の資源集約的な繊維ではなく代替素材を活用していくことは必須といえる。

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