「1円スマホ」復活の背景にある厳しい販売ノルマ 自主制限は「困難」と訴える携帯会社、値下げ主導した菅前首相も懸念

 条件を満たせば「iPhone14」を「毎月1円」で販売していることをアピールするポスター=2022年12月、東京都

 米アップルのiPhone(アイフォーン)が1円。携帯電話の販売代理店で、こんなポスターを目にする機会が増えた。通信料の高止まりを招いていると問題視され、携帯電話の安売りは2019年に規制された。それなのに、復活しているのはなぜなのか。背景を取材すると、規制の「抜け穴」を突く販売手法の登場と、安売りをしてでも客を呼び込まざるを得ない販売代理店の厳しい事情が浮かび上がる。
 総務省はさらなる販売方法の適正化に向けた議論を始め、公正取引委員会は緊急調査に乗り出した。携帯電話料金の値下げを主導した菅義偉前首相にインタビューしたところ、携帯電話の安売りは「おかしい」と懸念を示し、大手の携帯会社に対応を求めた。(共同通信=仲嶋芳浩)

 ▽制度の「抜け穴」突き大幅値引き
 今や生活に欠かせないスマートフォンだが、高機能化や最近の円安を背景に、端末価格は上昇傾向にある。例えば昨年9月に発売された最新型の「iPhone14」は、アップルのオンラインショップで最も安いモデルが約12万円となり、1年前の「13」発売時より約2万円高くなった。
 昨年12月、東京都内の販売代理店を訪れると、「iPhone14」のポスターに記載された値引き額は10万円に迫り、2年後に端末を返却するといった条件を満たせば、「毎月1円」で購入できると強調していた。
 こうしたスマホの安売りは過去にも問題になった。NTTドコモなど「キャリア」と呼ばれる大手の携帯電話会社は、代理店を通じて携帯電話を安く販売する一方、割高な通信料金で利益を上げてきた。
 政府は2019年10月に施行された改正電気通信事業法で、利用契約と携帯電話のセット販売を禁止したり、高額な違約金を引き下げさせたりして、携帯大手の競争環境を整備。法令改正により、利用契約を条件とした携帯電話の割引は2万2千円までに制限され、安売りはいったん鳴りをひそめた。
 だが、この制限には抜け穴があり、2021年ごろから安売りは復活した。規制の対象は契約を条件とした値引きで、携帯電話を単体で売る場合に適用する値引き額には制限がない。販売代理店は、端末単体の値引き額を大きくすることで1円スマホを販売するようになった。

 米アップルのスマートフォン「iPhone」の新型「14」シリーズ=2022年9月、東京都渋谷区

 ▽代理店「あの手この手で契約を取らざるを得ない」

 採算度外視にも見える割引がなぜ可能なのか。携帯会社は販売代理店に販売奨励金を支給しており、これが実質的な値引きの原資になって安売りが実現している。

 代理店は、携帯会社から厳しい契約の獲得目標を課され、達成できなければ代理店を続けることができなくなるケースもある。逆に、契約の獲得が増えると、携帯会社からの評価が上がり、販売奨励金を得ることができる。現行の制度では、携帯電話の大幅な割引は利用契約とひも付いていないが、利用者は端末を購入した代理店で回線も契約することが多い。代理店は端末を多く売れば契約に結び付くとの期待がある。
 ある代理店の関係者は「携帯大手が設定する契約の目標値は、私たちが頑張ってクリアできるレベルではない。代理店はあの手この手を使って契約を取らざるを得ない」と語った。
 携帯電話だけの販売では赤字でも、契約獲得につながれば評価が上がる。代理店が安売りに走る背景には、携帯会社が代理店に他社からの乗り換え獲得を強く迫る評価制度が残っていることがある。

 ▽安売りの何が問題なのか?
 高額なスマホが安く買えることは一見、消費者にとってありがたいことに思える。では「1円スマホ」の何が問題なのか。
 一番の弊害は、頻繁に買い替えをする一部の利用者に恩恵が偏ることだ。同じ携帯電話を大切に使い続ける利用者はメリットを感じる場面が少ない。携帯大手がこうした販売手法を改めれば、値引きに回していたお金を通信料の値下げに充てる余地が生まれ、より多くの利用者に公平な仕組みにすることができるはずだ。
 さらに、スマホを安く手に入れ、転売して利益を得る「転売ヤー」が横行。こうした転売事業者の収益は、詐欺グループなどの資金源になっている可能性が指摘されているほか、端末を本来必要としている客が入手しにくくなるという弊害も目立っている。

 ▽ルールを国に求める携帯業界
 総務省が現在開いている有識者会議は、携帯大手の関係者も参加し、販売の適正化に向けたルール作りを検討している。
 昨年11月の会合では、携帯各社から、他社が値引きしている状況では「競争上、対抗せざるを得ない」との意見が出た。携帯会社主導で安売りをやめることは困難と説明し、割引額に上限を設けるルールをつくってほしいと求めた。
 携帯業界で長年続く端末の安売りに頼った販売手法が改まり、通信料のさらなる値下げなど、多くの利用者がメリットを実感できる仕組みとなるのか。政府と携帯業界の対応に注目が集まる。
 携帯電話の安値販売について、公正取引委員会が昨年8月、緊急調査を始めると発表した。不当廉売や、携帯大手の代理店に対する優越的地位の乱用がないかどうかを調べた。携帯大手と秘密保持契約を結ぶ代理店が、携帯大手の目を気にして調査に率直に回答しづらい事情を考慮し、調査拒否や虚偽報告には罰金が科される独禁法40条に基づく強制権限を活用。公正取引委員会は近く、調査結果をまとめる見通しだ。

 ▽菅前首相「1円携帯はおかしい」
 携帯電話の売り方の不透明さや通信料の高さを問題視し、適正化に力を入れたのが菅前首相だった。菅氏は官房長官時代の2018年8月、通信料は「4割程度下げる余地がある」と発言し注目を集めた。記者は菅氏に、携帯政策に注力した理由や現在の状況への受け止めを聞きたいと思い、昨年12月に話を聞いた。

 インタビューに答える菅義偉前首相=2022年12月、東京都千代田区

 ―携帯政策に力を入れたのはなぜですか。
 「日本の通信料は経済協力開発機構(OECD)加盟国平均の2倍程度で、高すぎると思いました。2018年当時はNTTドコモなど3社の寡占状態で、営業利益率も高かったです。携帯大手は端末を安く売る一方、通信料が高く、契約が極めて不透明だと思いました。国民の財産である電波を借り受けて事業を展開しているわけですから、競争してほしいと思っていました」
 「当時の安倍晋三首相に『高いから通信料をやります』と伝えると、安倍首相は『そりゃあ徹底してだよな』と応援してくれました。打ち上げたことはきちんとやるのが政治家です」

 ―携帯大手の対応はどうでしたか。
 「3社はなかなか動いてくれなかったですよね。いろいろと調べてみると、携帯電話会社の乗り換えに9500円(税抜き)の違約金が必要ということなど、どうしてこうなったのか、と思うほどひどかったです。そこで2019年10月施行の改正電気通信事業法で、端末と回線契約のセット販売を禁止したり、高額な違約金を引き下げさせたりして競争環境を整えたんです。2020年9月に私の内閣になり、やらざるを得ない環境をつくったということです」

 ―政府が、民間企業である携帯各社に通信料の値下げを求めるのが妥当なのか、という見方もありました。
 「各社は国民の電波を借りて事業を展開していますし、何より料金体系を透明にすべきだと思いました。政府には、携帯電話の料金体系の透明性を高めて、国民が最良の選択をできるようにする責任があります」

 ―政府の値下げ要請を受け、携帯各社は割安な料金プランの提供を始めました。
 「携帯で音声通話だけする人や映画を見る人など、人によってプランを選べる状況になってきました。新しい料金プランの契約者はまだ増えると思います」

 ―スマホの安売りが復活しています。
 「今また1円携帯が出てきたと言われていますが、おかしいですよね。公正取引委員会もきっちり目を光らせてくれています。ちょっと目を離すとすぐに復活する、という感じにならないようにしないといけません。携帯大手は国民のために努力する余地がまだまだあると思います」

 ―携帯大手による代理店への評価制度が背景にあります。
 「政府が携帯大手に競争を促したことで、代理店にしわ寄せがいく、というのは好ましい状況ではありません。代理店の獲得目標を決めているのは携帯大手です。携帯大手には評価の仕組みを工夫するなどして、代理店が適切な営業を行えるよう配慮してほしいです」

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