「もう一度、長崎のために役に立ちたい」 V長崎へ5年ぶり 高木琢也取締役

「ファンとの交流を増やす」と意気込む高木取締役=ホテルグランドパレス諫早

 監督として地元クラブをJ1に導いた高木琢也氏が5年ぶりにV長崎へ帰って来た。肩書は「取締役兼クラブリレーションズオフィサー(CRO)」。活躍の場をグラウンドからオフィスへと移す55歳はクラブと地域や行政、ファンとの橋渡し役を担う。「今も昔も思いは一緒。必ずJ1昇格のための勤めを果たす」。この日の新体制発表会で、見据える未来を語った。
 2013年、J2に昇格したばかりのV長崎の監督に就任。古里のチームを指揮する迷いもありながら「結果で理解を得るしかない」と考えていた。ほかのチームに技術や戦力で劣っても「90分間、走り負けない」を信条にした。選手もその思いに応えて「ハードワーク」を根付かせ、13、15年とJ1昇格プレーオフに進出。そして、17年は2位でクラブ史上初のJ1昇格を決め、新たな歴史をつくった。
 翌年、1年でJ2に降格し、監督を退いた。「(退任するとき)V長崎のファンになると言っていたが、ほかのチームの監督をしていたのでなりきれていなかった」とこの5年間を振り返って苦笑い。それでも、古里を思う気持ちは変わらなかった。
 昨夏、実家がある南島原市に帰省した際、V長崎の試合を観戦。トラスタで昇格を決めたときの雰囲気がよみがえった。「長崎ってやっぱりいいな」。その思いが行動となり、髙田旭人社長に連絡を入れた。「もう一度、長崎のために役に立ちたい」。感謝するだけでなく、全力で仕事をすると決断した。
 選手として日本代表まで登りつめ、監督としても結果を残してきた。次は「大好きな場所」で取締役として「第3の人生」に踏み出す。
 「自治体、ファン、スポンサーなどと太いパイプをつくり、ファンを一人でも増やしてスタジアムを満員にする」。より一層「サッカーのにおいがするまち」へ。すべてをささげる覚悟だ。

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