なぜ企業は従業員にマネー教育を提供するのか。職域マネー教育の実態

皆さんの職場では、お金に関する教育は提供されていますか。確定拠出年金を実施している会社にお勤めであれば、老後資金の貯め方や投資のイロハに関するセミナーに参加した人も多いでしょう。

金融庁は金融教育を国家戦略と位置づけて、日本人の金融リテラシーを高める政策づくりを進めています。今年度から高等学校ではお金に関する授業も始まりました。すでに社会人になられている方向けには、事業主がマネー教育を提供することが期待されています。

フィデリティ・インスティテュートでは「ビジネスパーソン1万人アンケート」を過去10年以上にわたり実施し、お金に関する意識の変遷を追ってきましたが、今回初めて、職域マネー教育の実態についての質問を盛り込みました。早速、その分析結果を見ていきましょう。


職域マネー教育の実施率はわずか3割

職場でお金に関する勉強会が開催された、あるいは社外のセミナーを紹介されたので出席した経験がある人は全体の27%でした。公務員に限ると数値は31%と少し高くなりました。民間企業でも規模が大きくなるにつれ、この値は高くなっていきます(図表1)。

図表1:従業員規模別職域マネー教育実施率

業種による差もあります。金融・保険業が高い一方、集合研修が実施しにくい業種では低めの実施率となっています(図表2)。

図表2:業種別マネー教育実施率

ただ、全般的に実施率が高いとはいえません。現状がこうだからこそ、金融教育を国家戦略として推進していく意義がある、ということでしょう。

「老後資金の形成方法」と「投資の基礎知識」が人気

次に、職域ではどういった内容が教えられているのでしょうか?前回のコラム「経済的に安定していないと幸せではない」と考えるひとこそ知っておきたい、お金の健康フィナンシャル・ウェルビーイング – MONEY PLUS (moneyforward.com)で、お金の機能は「家計管理」「負債」「資産形成」「万が一への備え」の4つに分けて考えるとわかりやすいという話をしました。

ビジネスパーソン1万人アンケートでは、「資産形成」をさらに「老後資金の形成方法」と「投資の基礎知識」に分けて、どの分野が多く教えられているのかを分析しました。結果は、図表3のとおり、「老後資金の形成方法」「投資の基礎」が他を引き離して2トップでした。

図表3:職域マネー教育の実施分野

職域でのマネー教育は、確定拠出年金が登場した約20年前から普及し始めました。確定拠出年金法に「投資教育の提供は事業主の努力義務」という規定がおかれたことがきっかけです。ビジネスパーソン1万人アンケートでも、確定拠出年金の加入者と非加入者とで受講率に差が見られます(図表4)。

図表4:確定拠出年金(DC)の加入者と非加入者の受講率

「老後資金」「投資の基礎」の分野で、加入者の受講率の高さが目立ちますが、それ以外の分野でも差があり、確定拠出年金はマネー教育全般に影響を及ぼしていることがわかります。

ただ、「老後資金」「投資の基礎」でも加入者の受講率は25%前後にとどまっており、少し低いと感じます。少なくとも過半数は超えてほしいところです。今般NISAの制度拡充が発表されましたが、確定拠出年金でも思い切った限度額の拡大があれば、受講率はもっと高まるでしょう。

役に立った分野も「老後資金の形成方法」と「投資の基礎知識」

ではこうした教育には効果があったのでしょうか? それを見たのが、次の図表5です。「老後資金」「投資の基礎」は60%以上の人が役に立ったと回答しています。

今後、充実させて欲しい分野についても質問をしました(図表6)。これは、職域マネー教育を受けた人だけではなく、受けていない人にも聞いてみました。前者の結果は緑色、後者は紫色で示しています。ここでもやはり、「老後資金」「投資基礎」が人気です。この両分野はテクニカルな要素が多いため、人に教えてもらう価値が高いということかもしれません。

ウェルビーイングの要素としてのマネー教育

ところで、企業はなぜ、わざわざマネー教育を提供してくれるのでしょうか? それは従業員のウェルビーイングを高めることにつながるからです。
お金については、ある程度の知識がないと不安になってしまいますね。結婚して子どもを育てるにはどれくらいのお金がかかるのだろう。もし、病気で働けなくなったら生活していけるのか。老後資金を貯めるよう勧められるが、毎月いくら積み立てるべきか。お金の不安をあげればきりがないです。

前回のコラムで日本人は「経済的に安定していないと幸せではない」と回答する人が欧米人と比べて多いというデータを紹介しました。その背景には、お金に関する知識が乏しいがゆえに不安感が大きくなるという関係があるはずです。

ウェルビーイングを高めるうえでは、健康や私生活の内容、仕事の充実などが大きく作用しますが、忘れてはならないのがお金です。ウェルビーイングはGDPに対するアンチテーゼとして登場した背景があるため、お金の問題は外して語られる傾向がありますが、それでは不十分な枠組みになってしまいます。お金はウェルビーイングの必須要素です。給与や資産の大小よりは、お金に関する知識、つまり金融リテラシーが特に重要になります。

ウェルビーイング経営は、いまや多くの企業が標榜するテーマです。そして、マネー教育はウェルビーイングを高める上で重要な部品にあたります。皆さんもこうした背景を知ったうえで、会社が提供するマネー教育には積極的に参加されるといいでしょう。

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