国際秩序に挑戦する中国、対抗する米国の「3本柱」とは バイデン政権の「知日派」キーパーソンに展望を聞く

2022年11月14日、インドネシアのバリ島で、握手する中国の習近平国家主席(左)とバイデン米大統領(ロイター=共同)

 「今の世界で、最も複雑で重大な関係」。軍事、経済両面で台頭し、民主主義による国家運営とは一線を画す中国との結び付きを、バイデン米政権はこう言い表してきた。安全保障から人権、貿易慣行に至るまで、双方の対立は幅広い分野に及び、溝が埋まる気配は薄い。一方で、世界第1位、第2位の経済大国ならではの相互依存は変えがたく、地球温暖化などのグローバルな課題では協力が不可欠だ。
 米国の主要な同盟国を自任し、中国を東シナ海の対岸に臨む日本にとっても、複雑化の一途をたどる米中関係の行方は決してひとごとではない。近隣国では、核・ミサイル開発の強行を続ける北朝鮮の脅威も増す。この国際情勢の重要局面を米国はどう見ているのか。中国や日本とはどう付き合っていくつもりなのか。バイデン政権の対アジア外交で要を担うダニエル・クリテンブリンク国務次官補に尋ねた。(共同通信=新冨哲男)
 ▽「3本柱」
 2022年12月下旬、寒波の到来で底冷えする米首都ワシントン。クリテンブリンク氏がインタビューに応じたのは、ホワイトハウスとポトマック川の間に位置する国務省庁舎「ハリー・S・トルーマン連邦ビル」の中枢エリアだった。私を含めたメディア各社の国務省担当記者にはおなじみの「プレス・ブリーフィング・ルーム(記者会見室)」がある2階から、職員専用エレベーターで上階へと案内される。ブリンケン国務長官の執務室にも近接したフロアだ。

インタビューに応じる米国のクリテンブリンク国務次官補=2022年12月21日、ワシントンの国務省(共同)

 東アジア・太平洋地域担当のトップ外交官であるクリテンブリンク氏は、米国の対中政策の現在地を「3本柱」という表現を用いて説明した。「1点目は国内投資で、私たち自身の強さを高める。2点目は、法に基づく国際秩序を支えている同盟国・友好国と連携する。3点目は中国と力強く競争しながらも、不測の事態を招かないような方法でやる。これが(バイデン政権発足以降の)2年間の指針であり、今後も続けていく」
 インド太平洋地域におけるバイデン政権の足跡をたどると、この「3本柱」が底流となってきた事実が改めて浮かび上がる。多額の補助金を盛り込んだ肝いりの半導体投資法を成立させたのは、戦略物資である半導体のアジア依存を減らし、自国の供給網を強化するのが主眼だった。日米豪印4カ国の協力枠組み「Quad(クアッド)」では、新型コロナウイルス対策や気候変動対策、宇宙やサイバー空間の安全保障といった多分野で連携を深めた。新たに創設した米英豪3カ国の安全保障枠組み「AUKUS(オーカス)」では、オーストラリアへの原子力潜水艦導入を柱に軍事面での協力推進を図る。いずれも視線の先にあるのは、強大な経済力を武器に、時に強硬姿勢で既存の国際秩序に挑戦する中国だ。
 クリテンブリンク氏が力を込めたのが「判断の誤りが起きてしまう可能性を回避するため、責任を持って米中間の競争を管理する」ことの重要性だ。現実に一触即発の事態を想起させたのは、2022年8月だった。中国軍はペロシ米下院議長(当時)による訪台に猛反発し、台湾周辺で大規模軍事演習を実施した。日本の排他的経済水域(EEZ)内に初めて弾道ミサイルを撃ち込み、軍事分野などでの交流停止を米国に突きつけた。

中国人民解放軍の東部戦区が2022年8月4日、ミサイル発射演習の一場面として「微博(ウェイボ)」に投稿した映像(共同)

 バイデン政権は、中台を不可分の領土だとする中国の原則に留意してきた米国の「一つの中国」政策には変わりはないとしつつ、一方的な現状変更や台湾海峡の平和と安定を損なう試みに強く反対してきた。中国は習近平指導部の下、台湾問題で強硬姿勢を鮮明にする。台湾有事の可能性もささやかれる中、互いの意図を読み違えれば偶発的な衝突に発展しかねない。「米中関係の下に『いくばくかの安定を与えるフロア』を形成する」。こんな言い回しを用いてみせたクリテンブリンク氏からは、米中間の対話がしぼんだ現状に対する危機感が伝わってきた。

2022年8月5日、台湾周辺海域で行われた中国人民解放軍の演習で双眼鏡をのぞく兵士(新華社=共同)

 ▽「対話チャンネルの確保」最重要目標に
 クリテンブリンク氏は2022年12月中旬、ホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)のローゼンバーガー中国担当上級部長とともに、日中韓を歴訪したばかりだった。中国の謝鋒外務次官との会談は、各氏も同席した2022年11月の米中首脳会談で意思疎通の重要性を確認したことを受けた「フォローアップ」だった。米同盟国である日韓には中国側との協議内容を事後説明し、対中政策で足並みが乱れないよう配慮した。
 今年2月上旬にも予定されているブリンケン氏の訪中は、米中関係を正常軌道に乗せられるかの正念場の一つになる。クリテンブリンク氏は、謝氏とともにこの重要外交日程に向けた地ならしを進めたと振り返り、「地球規模の課題など協力可能な分野で議論を深め、全ての意見の相違について非常に率直に意見交換できた」と手応えを語った。最重要目標は「十分な対話チャンネルの確保」であり、緊張緩和に向けた外交努力は「米国のアプローチの根本的な転換を意味してはいない」とも強調した。

記者会見で質問に答えるブリンケン米国務長官=2022年10月17日、カリフォルニア州スタンフォード(AP=共同)

 クリテンブリンク氏による日中韓歴訪と同時期、国務省は東アジア・太平洋局で対中外交を所管してきた中国部(チャイナデスク)を拡大発展させる形で「中国調整室(通称チャイナハウス)」を新設した。所帯は60~70人態勢で、中国専門の職員に加え、中国が影響力を増すアフリカや南米の担当部局から来た連絡要員、先端技術に精通した他省の出身者も集めた。ウォーターズ国務副次官補が初代の統括役を担い、クリテンブリンク氏らにも報告が上がる仕組みだ。
 香港や新疆ウイグル自治区での人権弾圧、南シナ海の軍事拠点化、重要技術の保全、戦略物資の供給網など実に多くのテーマで、米中の主張や利害はぶつかり合う。世界の在り方が中国主導にならないよう、激しさを増す大国間競争に打ち勝つ。ただ、取り返しの付かない事態を避けるためにも、対決一辺倒には陥らない。外交資源の投入を急ぐバイデン政権の姿勢は、是々非々で硬軟両様の対中政策に向けた決意を反映している。

ワシントンにある米国務省=2009年(AP=共同)

 ▽対北朝鮮、抑止力強化に軸足
 「米国と日本との同盟関係はかつてないレベルに達した。米韓関係、そして私たち3カ国の関係にも同じことが言える」。日米韓の連携の重要性について、クリテンブリンク氏は幾度も言及した。念頭にあるのは、弾道ミサイル発射を繰り返し、核・ミサイル技術の精度を向上させてきた北朝鮮に対する懸念だ。韓国の尹錫悦政権発足を受け、関係改善を進める日韓を「心からたたえたい」と評価した。北朝鮮による7回目の核実験や、通常軌道での大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射の懸念が漂う中、「私たちは毅然と対応する」と警告した。
 バイデン政権は非核化に向けた対話の呼びかけを続けてきたが、北朝鮮は強硬姿勢を貫いている。国連安全保障理事会での制裁強化決議案も、北朝鮮に同情的な中ロの拒否権行使で実現の見通しが立たない。外交による危機解決への期待感が薄れるのと軌を一にするように、日米韓は首脳外交や合同訓練で安全保障面での協力を深めてきた。「北朝鮮による脅威」への対処と、日韓の安全保障への「揺るぎない決意」に言葉を尽くすクリテンブリンク氏は、対話から抑止力強化へと軸足を移すバイデン政権の実情をにじませた。

韓国外務省で会談する米国のクリテンブリンク国務次官補(左端)と崔泳杉外務次官補=2022年12月13日、ソウル(韓国外務省提供・共同)

 日本政府が防衛力強化に向けて新たに改定した国家安全保障戦略など安保関連3文書に関し、クリテンブリンク氏は「世界や地域の平和と安定のため、日米の同盟関係がさらに貢献を果たせる」と高い関心を表した。自衛目的で他国のミサイル基地などを破壊する反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有を決めたことを踏まえ「重要で歴史的だ」と歓迎した。今年は日本が先進7カ国(G7)議長国、米国がアジア太平洋経済協力会議(APEC)議長国を務めると指摘し、日本外務省高官と緊密な協力を申し合わせたと明かした。
 日本語と中国語に堪能で、北朝鮮政策を担当した経験もあるクリテンブリンク氏。国務省の屋台骨となってきた「知日派」の語り口は、地政学的な不確実性と重要性が高まるアジア地域で日本に期待を強めるバイデン政権の方向性を如実に示していた。
 【ダニエル・クリテンブリンク氏】
 米中西部ネブラスカ州出身。関西外国語大に留学した経験がある。1994年、国務省に入省。北京、東京、札幌、クウェート市に駐在。NSCアジア上級部長などを経て2017~21年駐ベトナム大使。21年9月、東アジア・太平洋地域を担当する国務次官補に就任。

クリテンブリンク氏

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