石油備蓄、シャトル着陸場、核燃貯蔵…国策に翻弄された馬毛島。評価額「20億円」に対し買収額160億円。不透明さ置き去り、自衛隊基地建設が進む

自衛隊基地工事が本格化した西之表市馬毛島を背景に、左から北沢俊美元防衛相、島の大半を所有した立石勲氏、菅義偉前首相のコラージュ

 鹿児島県西之表市馬毛島への米軍機訓練移転を伴う自衛隊基地整備計画は12日から本体工事に入った。軍事的に台頭する中国をにらみ、面積8平方キロメートルの島は日米の防衛拠点に変貌する。構想が表面化して16年。戦後、真っさらな土地に大規模な基地が造られるのは初めてだ。着工の波紋を追った。(連載「基地着工 安保激変@馬毛島」3回目より)

 12日に自衛隊基地工事が本格化した西之表市馬毛島には、土がむき出しになった巨大な「十字路」が既にある。最長で南北約4000メートル。島の9割超を所有したタストン・エアポート社(東京)が2005~11年ごろ、「日本一の滑走路に」と造成した。米軍空母艦載機陸上離着陸訓練(FCLP)の誘致が目的だった。

 「これはすごい。理想的だ」。民主党政権時に防衛相を務めた北沢俊美氏(84)は、約10年前に上空視察した時の驚きを覚えている。11年6月の日米安全保障協議委員会(2プラス2)で、FCLP移転候補地として明記された。

 訓練地探しは1970年代から続く難題。官僚には、明記しては今後の交渉が不利になるとの慎重論もあった。北沢氏は「日米間の約束は重く、守る必要があった。人里から比較的離れた馬毛島を最適とした政治決断は今も正しかったと信じている」と話す。

 しかし、安全保障政策の大転換期に着工され、島を「軍拡の象徴」に感じたという。「国民的議論もないまま『専守防衛』が形骸化し、島が担う意味は変わってしまった。それは不本意だ」と嘆く。

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 石油備蓄、日本版スペースシャトル着陸場、使用済み核燃料貯蔵施設…。馬毛島はFCLP計画以前から国策に翻弄(ほんろう)され続けた。

 1995年、実質的に島を買い占めていた住友銀行からタストン社の創業者・立石勲氏(故人、枕崎市出身)に所有権が移る。立石氏はFCLP移転候補地となった後も、450億円の売却額などを示し、交渉を揺さぶった。沖縄県の翁長雄志知事(当時)を島に案内し、沖縄の基地負担軽減も主張した。

 交渉は膠着(こうちゃく)が続いたが、安倍晋三政権時の官房長官、菅義偉氏の登場で急展開する。長年担当してきた防衛省の生え抜きを外し、国土交通省出身の官僚を起用。2019年11月、160億円で買収が決まった。

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 北沢氏らによると、島の当初評価額は20億円。立石氏が主張した造成分を考慮しても40億円だった。「一気に決める秘策」でも100億円が限界だったという。

 防衛省関係者は「菅さんらしい一気呵成(かせい)の進め方」とする一方、「買収の根拠を説明しなくていいならここまで苦労しなかった」と証言している。

 政府は今も公式には積算根拠を説明していない。だが、中国脅威論の高まりに加え、2年連続で馬毛島の基地整備に3000億円超を計上するなど防衛費は巨大化。激動の中で、当時の売買を巡る不透明さは置き去りになっている。

 立石氏は生前、取材に「島はディエゴガルシア島になる」と語っていた。インド洋に浮かび、丸ごと米軍の要塞(ようさい)となっている島だ。かつて妄想とも言われた野望は現実味を帯びつつある。

【関連表】2007年以降の馬毛島を巡る主な動き

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