『音楽殺人』はYMOを経た高橋幸宏がそのカッコ良さを全開に放ったポップ作

『音楽殺人』('80)/高橋ユキヒロ

今回は当初、他のアーティスト作品を予定していたのだが、急遽1月11日に亡くなられた高橋幸宏氏の『音楽殺人』を取り上げる(本作発表の頃はアーティスト名が高橋ユキヒロであったが、本文では高橋幸宏と表記した)。享年71歳。今の時代では少しばかり早いようにも思う。シャープなドラミングをまた聴きたかったし、お洒落な姿をもっと拝見したかった。残念でならない。

テクノ“ポップ”の担い手

この度の高橋幸宏の訃報に際して音楽メディア以外も氏の経歴に触れていて、その多くはやはり“Yellow Magic Orchestra(以下YMO)のドラマー”という紹介がほとんどだったのだけれど、代表曲「ライディーン」の作曲者であることに加えて、YMOの初期のコスチュームとも言える赤い人民服が幸宏氏の発案であることを記した報道も少なくなかったように思う。それを見聞きするにつれ、“YMOのキャッチーな部分を担っていたのはやはり高橋幸宏であったのだなぁ”と、しみじみと感じている。シンセサイザーとコンピュータを使ったYMOの音楽スタイルを企図したのはリーダーの細野晴臣であっただろうし、その楽曲のアレンジにおいて中心にいたのは坂本龍一とも言われている。おそらくバンドの方向性的なものを司る割合が大きかったのは細野であり、坂本であったのだろう。当時のふたりは[音楽の方向性の相違などで険悪になりがちだった]と、まことしやかに囁かれているのはそんなところに起因したものと思われる([]はWikipediaからの引用)。

無論、幸宏氏とてドラマーとしてリズムを支え、何よりもメインヴォーカルを務めることが多かったので、氏もまた音楽的中心人物であったことは議論を待たないけれど、YMOの思想の奥深いところは当時中学生であった筆者にはピンとくるものではなかったし(例えば、ブラックでもホワイトでもなく、イエローを冠したバンド名など)、やはり赤い人民服やテクノカットといったファッション面がテクノポップへの興味を後押しした部分があったと思う。コンピュータを駆使したサウンドというだけなら、YMO以前のプログレバンドもやっていたことだし、当時からすでにシンセサイザー奏者もいた。けれども、70年代中期までと見た目には代わり映えしない長髪の外国人には新しさを感じなかったことは確かで、仮にアルバム『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』をリリースした頃のYMOのメンバーがひとりでも『HOSONO HOUSE』や『トロピカル・ダンディー』のジャケに写る細野氏のようであったら…と考えると、少なくとも自分は触手を伸ばさなかった可能性もあったように思ってしまう(細野さん、何かすみません)。その意味で、自分にとってテクノポップの“ポップ”は幸宏氏が担っていたんだと、それもまたしみじみと思うところだ。

YMOから離れても、高橋幸宏はお洒落でカッコ良かった。スーツやジャケットの着こなしも素敵だったし、ハットやタイの合わせも絶妙だった。ジャケットの上にニットを肩掛けしている出で立ちも幸宏氏で初めて見たような気がする。参考にしてみようにも相応のアイテムが手に入らないばかりか、人としての貫目が足りなさ過ぎて、終ぞ真似することはなかったけれども、今でも自分の中でのカッコ良い中年は高橋幸宏である。ワードセンスも優れていたように思う。鈴木慶一とのユニット、THE BEATNIKSの1stアルバム『EXITENTIALISM 出口主義』。タイトルの意味云々の前に“EXITENTIALISM”の響きに惹かれたところはある。ちなみに“Beat Generation=Beatnik”というワードもTHE BEATNIKSで知った。幸宏氏、慶一氏に感謝である。ソロ作品では『NEUROMANTIC ロマン神経症』もカッコいいタイトルだった。のちに、サイバーパンク小説の代名詞的作品、William Gibson『Neuromancer』は、このアルバム名からインスピレーションを受けてタイトルを命名したという話を聞いて、筆者は何も関係していないにも関わらず、勝手に誇らしく思った記憶がある。馬鹿である。RHYMESTER 宇多丸が自身のラジオ番組で言っていた“世界が自慢されたい日本”は、自分にとって高橋幸宏のことでもあった。カッコ良いと言えば、もうひとつ、今回紹介する『音楽殺人』もまた最初に見た時にビビッと来たタイトル。リアルタイムで聴いた時、その中身にも惹かれたことも確かで、自分にとって高橋幸宏のソロ作品と言えばまず本作が上がる。

ニューウェーブ感とヴォーカルの妙味

『音楽殺人』は高橋幸宏のソロ1st『Saravah!』からより進化、深化した作品という見方が大勢だと思う。『Saravah!』が1978年6月発売。2nd『音楽殺人』はそのちょうど2年後である1980年6月発売と、それほどインターバルは空いていないというところもあるが、言うまでもなく、YMOの影響が大きい。そう言うと、どちらも細野、坂本両名が参加しているので、詳細を知らない人は“何で?”と思われると思うが、1stがYMO前、2ndはYMO後である。YMO『イエロー・マジック・オーケストラ』が1978年11月、『増殖』が1980年6月であって、『音楽殺人』はYMOの大ブレイク後の作品である。

『Saravah!』制作時点ではYMOの結成が決まっていたそうで、テクノポップへの実験というか、試行錯誤のようなものが感じられる一方、『音楽殺人』はニューウェーブの傾向が強いと言われている。あと、これは個人的な感想でもあるけれど、何かハツラツとしている印象がある。歌が、である。幸宏氏がメインヴォーカルを務めたのは『Saravah!』が初であったそうで、そこでは未だ不慣れなところもあったのだろう。ヴォーカルについては、YMOを経てより自信を持って取り組んでいたように感じられる。独特の揺れを持った声質だし、“歌い上げる”といったタイプの歌唱ではないけれど、幸宏氏にしか出せない味わい深い歌声である。筆者もその良さをはっきりと認識したのは『音楽殺人』からであったように思う。(『Saravah!』については以前、当コーナーで取り上げているので、よろしかったらこちらもどうぞ)

アルバム冒頭から、そのニューウェーブ感とヴォーカルの妙味はいかんなく感じられる。M1「SCHOOL OF THOUGHT」。イントロでの“BRAINCHILD BRAINCHILD WELCOME TO THE SCHOOL OF THOUGHT”のモノローグ(?)もいいのだが、冒頭も冒頭、それ以前に聴こえてくるノイズと規則的に鳴る信号音っぽい(おそらく)シンセの響きはいかにも近未来的(今となってはレトロフューチャー的)である。それに続くメロディーはポップそのものであって、始まって30秒でやはりテクノポップを意識してしまう。『イエロー・マジック・オーケストラ』『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』『パブリック・プレッシャー/公的抑圧』『増殖』というYMO作品を貪るように聴いていた自分にとっては、“これこれ、これだよ”という安心感にも似た感触があったことを思い出す。M1は坂本龍一の作曲で、そのまったりとしたメロディーを幸宏氏が歌うスタイルもこちらにしてみれば慣れた感じだったし、サビの歌声が若干処理されているようなところも、織り込み済み…というのは変な言い方になるが、聴いていて気持ち良かったものだ。サビのリフレインの長さもむしろ好意的に受け止めたように思う。

で、M2「MURDERED BY THE MUSIC」である。これも無類にカッコ良い。サウンドは基本がR&R;である故か、アンサンブルはシンプルで、イントロやサビで一部デジタルを取り入れている点にテクノポップブームの渦中らしさはあるものの、意外と捻ったことはやっていない。それだけに幸宏氏が歌うメロディーがより浮き出ている印象が強い。その辺は共同作曲者であるシーナ&ザ・ロケッツのギタリスト、鮎川誠がいい仕事をしていたとも想像できる。とにかくサビのキャッチーさがいい。アルバムタイトルをこれだけポップに歌われると、問答無用に作品全体に親しみを持ってしまう。少なくとも筆者はそうした想いを抱いたし、“高橋幸宏=ポップ”が決定的になったのはその瞬間だったのかもしれない。今回、聴き直してそんな風にも思った。

あと、そこを補足的に述べるのもカッコ悪い話で幸宏氏に謝らなくてはならないが(幸宏さん、すみません)、ドラミングのシャープさもまた冒頭からありありと分かる。スネアの音の抜けがいい。それは録音技術の良さもあろうが、間違いなく元の音がいいからだろう。フィルイン、所謂オカズのキビキビとした入れ方がカッコいいのもさることながら、そもそも歌のバックで刻むリズムがいい。幸宏氏の声が艶っぽかったり、その声で歌われるメロディーがキャッチーであったり、さらにYMO由来のニューウェーブ感といったものに真っ先に耳を奪われるが、当然の如く冒頭からドラマー・高橋幸宏の真価も発揮された『音楽殺人』である。

リズムの多彩さとポップス指向

M3「KID-NAP, THE DREAMER」の冒頭こそ、ボコーダーで処理されたようなボイスが聴こえてくるものの、ニューウェーブ傾向とは言え、M3はレゲエ、M4「I-KASU!」はスカと、決してテクノポップにどっぷりと浸った感じでもないところは『音楽殺人』の良さであると思う。ラテン系のリズムを持ってくる辺り、ドラマー≒リズムに重きを置いた人らしい気もする。M3は躍動感、M4は疾走感と、タイプの異なるナンバーをしっかりと仕上げているのは流石と言える。

その一方で、フワフワとしたシンセサウンドもあしらわれたM5「RADIOACTIVIST」、幻想的かつダークな印象のM6「NUMBER FROM A CALCULATED CONVERSATION」は、共にテクノポップ色が強い印象。ただ、いずれにもPhil Spectorのテイストを感じるのは筆者だけだろうか。M5のリズムパターンはThe Ronettesを彷彿とさせるし、タンバリンの鳴りもそれっぽい。M6はM5ほどではないけれど、ウォール・オブ・サウンドを思わせる太鼓の響きも聴こえているように思う。実際にはどこまで意識していたのかは定かではないけれど、幸宏氏のポップス指向は伺える。話はまったく変わるけれど、M6は《Think quick/A number for the lips》という歌詞で始めるのだが、“lips”の発音が何とも幸宏氏らしいとも感じた。破裂音と無声音の組み合わせがいいのか何のか。今回聴いてふと思っただけなのだが、備忘録的に記しておく。

M7「BIJIN-KYOSHI AT THE SWIMMING SCHOOL」からはアナログ盤でのB面。M7は所謂サーフロックに分類されるであろうナンバーで、ある時期のThe Beach Boysや加山雄三みたいな感じだと思っていたら、加藤和彦がプロデュースしたThe Ventures『Chameleon』(1980年)に提供した「スイミング・スクールの美人教師」のセルフカバーだったそうな。ちなみに『Chameleon』には幸宏氏の他、細野、坂本に加え、鈴木慶一も参加している、テクノポップ好き必聴の作品である。細野晴臣作曲のM8「BLUE COLOUR WORKER」は爽やかなポップチューン。細野がどこぞの女性アイドルに提供しようと作成していたものを持ってきたかのような、とても分かりやすいポップさがある。小難しいところはなく、いい意味でサラッと聴ける。とりわけサビの《Blue is silent/Blue is golden/The touch of blue/Leaves blueprints on you》が流麗でとても良い。

M5、M6で幸宏氏のポップス指向が伺えると書いたが、M9「STOP IN THE NAME OF LOVE」ではそれを確信する。The Supremesのカバー。モータウンを代表する1曲である。例えば、YMO「Day Tripper」。あちらは[オーティス・レディングのカバー・バージョンにディーヴォの影響を受けたアレンジを行っている]とのことで、The Beatlesの原曲から大分印象が変わっている。その辺がいかにもニューウェーブ、テクノポップという感じなのだが、M9はそれほどには原曲からかけ離れていないように思う([]はWikipediaからの引用)。Aメロをスカビートに乗せているものの、サビのドラムが頭打ちであることや、印象的なメロディーもオルガンで再現している。Sandiiによるコーラスワークは言わずもがな…であろう。コピーとは言わないまでも、リスペクトを感じるナンバーである。

M10「MIRRORMANIC」とM11「THE CORE OF EDEN」では細野、坂本に加えて大村憲司がギターで参加しているので、共にほとんどYMOと言っても差し支えはないような楽曲。そうは言っても、今改めて聴くと、それまでのYMOのテクノポップと少し違った雰囲気もある。M10はシンセの粒だった感じや、リズムとメロディーのアンサンブルに『BGM』や『テクノデリック』に近いものも感じるし、M11「THE CORE OF EDEN」は生音を前面に出した印象で、テクノ、ニューウェーブというよりも、ロック、とりわけプログレの匂いを受け取れなくもない。ソロの矜持…というほどに硬いものでもなかったのだろうが、このアルバムの締め括り2曲には幸宏氏からの言外の何かを感じるところである。

こうしてまとめてみても、バラエティーでありつつ変にマニアックなところがないし、ニューウェーブな方向性は示しつつも衒学的ではない、実に親しみやすいアルバムであることが自分自身、再確認できた。幼い頃、自分はこういう音楽に殺られてホント良かった。高橋幸宏さん、ありがとうございました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

TEXT:帆苅智之

アルバム『音楽殺人』

1980年発表作品

<収録曲>
1. SCHOOL OF THOUGHT
2. MURDERED BY THE MUSIC
3. KID-NAP, THE DREAMER
4. I-KASU!
5. RADIOACTIVIST
6. NUMBER FROM A CALCULATED CONVERSATION
7. BIJIN-KYOSHI AT THE SWIMMING SCHOOL
8. BLUE COLOUR WORKER
9. STOP IN THE NAME OF LOVE
10. MIRRORMANIC
11. THE CORE OF EDEN

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