「ケガをしたら可哀そう」はアマチュア、プロは「ケガをしたら居場所がなくなる」という現実!
2003年からプロ野球選手生活を始めた矢野謙次さんだが、そのころの巨人には錚々たるメンバーが揃っていて、大学野球出身で即戦力の期待もあったが現実的になかなか1軍に呼ばれることはなかった。
事実、2003年は3試合、2004年も10試合のみの出場だった。
2003年は足首のケガをしてシーズンの半分は治療とリハビリに費やす日々だった。
靭帯を伸ばして手術しなくてはいけないほどの大怪我だった。
2005年に1軍試合出場が増えだす。
皮肉にも1軍に呼ばれたキッカケはチームメイトがケガで離脱したためだった。
もう17年前のことになるのに矢野謙次さん記憶にあるのは、1軍に呼ばれてすぐの東京ドーム・横浜ベイスターズ戦。
土肥義弘からホームランを打てて1軍に定着できるキッカケになったという。
ちなみに矢野謙次さんは2005年に7本塁打打っているのだが、そのうち4本を土肥義弘から打っているという相性の良さだった。
ケガで泣くこともあれば、他人がケガをしたせいで自分にチャンスが舞い込んでくることもある。
残酷だが、これがプロの現実であることは間違いない。