2020年3月、曲面印刷の独自技術を持つ秀峰(本社福井県福井市)の村岡右己(ゆうき)社長(43)が「ベンチャーピッチ」に登壇した。自社の魅力、成長性を投資会社や金融機関にプレゼンするイベントだ。「覚悟やチャレンジ精神が芽生え、大企業に対しても積極的な営業ができるようになった」。登壇後、村岡社長の意識が変わった。
国内外で230以上の特許を持ち、特殊形状の自動車内装材などへの直接印刷を売りにするオンリーワン企業。だが、これまでは「福井の片田舎にある企業だからと、受け身や待ちの姿勢だった」(村岡社長)。
福井県民は保守的でアピール下手といわれる。技術力を持った優秀な企業も多いのに、県外や海外にがんがん攻める経営者は多くない。ベンチャーピッチを手がけるふくい産業支援センターの岡田留理さんは「市場規模の小さな福井にいるため、謙虚な思考を持つ経営者が多い」と分析する。
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21年の経済センサス(速報)によると、福井県は人口千人当たりの事業所数が全国1位。帝国データバンク福井支店の20年調査では、社長輩出率は38年連続で都道府県トップ。全国に1万人超いる県内出身社長のうち、県内企業比率は約86%を占める。中小零細企業の経営者が多く、焼鳥店に入れば「社長」と声をかけられるほど、社長密度が高い土地柄だ。
「中小企業の社長は監督であり、エースであり、4番打者。商品開発、営業、管理と役割が多くて忙しく、対外的なPRは後回しになってしまう」と村岡社長。繊維や眼鏡の地場産業は中間材料を扱う“川中”企業が多く、「(表に出ずに)一歩引いて下支えする」(同社長)面も。経営は保守的になりがちだ。
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「大手資本(メジャー)の流入をなるべく抑え、地元資本(マイナー)でまかなう。そして地元資本は競争が強い地域にできるだけ進出しない。この姿勢は福井県民なりのしたたかな計算と、保守的なムラ社会の名残ともいえる」
マイクロマガジン社(東京)が発行する「地域批評シリーズ」の書籍「これでいいのか福井県」にある記述。同シリーズの編集長を務める岡野信彦さんは何度も来県し取材を重ねた。県内社長の比率の多さに「内弁慶」を感じたというが、「外に広がるよりも内を良くすればよいという考え方が、暮らしやすい幸福県になっている」とみる。
北陸新幹線県内延伸で、「アピール下手」や「内弁慶」に変化は生まれるのか。岡野さんは「保守的な地域ほど、切り替えや発想の転換はなかなかできない」と指摘。福井に大きな変革は必要ないとし、恐竜をはじめとする面白いニッチなコンテンツと福井の暮らしのPRを提案する。
一方、岡田さんはベンチャーピッチに臨む経営者たちに「マインドセット(固定化された考え方)を変えよう」と訴え続けている。「自分の中の壁を乗り越えることが大事。都会の投資家らの目に留まればビジネスチャンスは生まれる」。新幹線延伸によるビジネス交流も好機にしてほしいと願う。