検察トップの検事総長、「次」は初の女性就任が有力に 1月の幹部人事から読み取れた、安倍政権下の「黒川騒動」の影響

検察ナンバー2の東京高検検事長に就き、記者会見する畝本直美氏=1月13日、東京・霞が関

 1月10日付の検察人事で、畝本直美氏(60)が広島高検検事長からナンバー2の東京高検検事長に就き、女性として初めてトップの検事総長へ大きく近づいた。検事長の人事では、年次が逆転する異動もあった。3年前、安倍政権下で起きた黒川弘務元東京高検検事長の定年延長を巡る「黒川騒動」が影響しているとされ、政治と検察との関係を改めて考えさせる人事だった。(共同通信編集委員兼論説委員=竹田昌弘)

検察庁(左)と法務省の合同庁舎=2018年7月、東京・霞が関

 ▽「総長コース」でない甲斐、畝本両氏
 検察関係者によると、検察の人事は司法修習を修了した年次(修習期)が基準となる。検事は地検、高検、最高検で幹部を務めるほか、刑事法制定・改正の立案や検察に関する事務などを担当する法務省の要職にも就く。検事の多くが目標とするのは、内閣が任免し、天皇が認証(正当な手続きによる人事であると証明)する「認証官」だ。具体的には、検事総長、次長検事、全国8カ所にある高検の検事長で、合計10人を指す。
 検事総長は慣例でおおむね2年在任する。現在の甲斐行夫氏(63)は、1984年任官の36期で昨年6月に就任した。慣例通りであれば、退任は来年6月頃。その時点でナンバー2の東京高検検事長が、検事総長への有力候補と言える。今回の人事で東京高検検事長は、38期の落合義和氏(63)から40期の畝本氏に代わった。女性の認証官は畝本氏が最初で、女性の東京高検検事長も初めてだ。なお甲斐氏と畝本氏は修習期が離れているため、甲斐氏は数カ月長く在任し、畝本氏に引き継ぐとの見方もある。

 

甲斐行夫検事総長=2022年9月、法務省

 検察関係者によると、歴代検事総長のほとんどは「総長コース」を歴任してきた。総長コースとは、検事人事などの実務を担当する法務省人事課長、内部統制に加えて法案や人事などを巡り、首相官邸や与野党と折衝する法務省官房長、刑事局長、法務事務次官などを指している。しかし、現在の総長である甲斐氏と畝本氏はどのポストも経験していない。なぜか。検察関係者はこうみている。「黒川氏が政権と近すぎると批判されたので、政治から比較的離れたところを歩いてきた人がいいという判断ではないか」
 甲斐氏は法務省刑事局で刑事法制定・改正の立案を担当し、最高検刑事部長、東京地検検事正、福岡高検検事長などを経て東京高検検事長となり、検事総長に就任した。畝本氏は捜査・公判のほか、司法研修所教官や日本司法支援センター(法テラス)本部事務局次長も経験。法務省保護局長、最高検総務部長、広島高検検事長などを務めてきた。
 過去の検事総長で「総長コース」を歩んでいないのは少数だ。金丸信元自民党副総裁が闇献金5億円を受け取った政治資金規正法違反事件を略式起訴で済ませたことなどで検察批判が高まったときの吉永祐介氏や、大阪地検特捜部検事による証拠改ざんと特捜部長らによるその隠蔽事件で検事総長が辞任後に就任した笠間治雄氏らしかいない。

大阪高検検事長に就任し、抱負を語る小山太士氏=1月17日、大阪市

 ▽定年延長に苦言の検事正も検事長に
 今回の認証官人事では、ほかにも興味深い異動があった。40期の小山太士氏(61)が札幌高検検事長から大阪高検検事長へ昇格。法務事務次官の高嶋智光氏(61)=41期、公安調査庁長官の和田雅樹氏(61)=39期、最高検総務部長の神村昌道氏(61)=41期=がそれぞれ名古屋、広島、札幌各高検の検事長となった。ともに39期の山上秀明次長検事(62)と田辺泰弘福岡高検検事長(62)、38期の辻裕教仙台高検検事長(61)、41期の畝本毅高松高検検事長(62)は留任した。
 

仙台高検検事長に留任した辻裕教氏

 このうち辻氏は、検察関係者によると「総長コース」を進んできた。法務事務次官のとき、安倍政権から定年の63歳が間近の黒川氏を検事総長にしたいと伝えられ、ある提案をしている。当時の検事総長の在任期間が2年を過ぎるまで、国家公務員法に定められた「勤務延長制度」を適用して黒川氏の定年を延長するという案だ。この制度を検察官に適用するのは初めてだった。 

 安倍政権は2020年1月31日、黒川氏の定年延長を閣議決定。さらに検事総長以外の検察官も65歳定年とし、幹部に役職定年を設ける検察庁法改正案を推進した。しかし、役職定年となっても内閣や法相が認めれば幹部ポストに残れる特定を後付けのように加え、検察OBからも強く批判された。結局、黒川氏が新型コロナウイルス感染拡大の緊急事態宣言下、記者らと賭けマージャンをしていたことが発覚して辞職し、黒川氏と同じ35期の林真琴氏(65)が検事総長に就任した後の21年9月、辻氏は仙台の検事長へ転じた。

札幌高検検事長の就任会見に臨む神村昌通氏=1月18日、札幌市

 一方、今回の人事で大阪高検検事長に就任した小山氏は、2期上の辻氏の後任として官房長、刑事局長を歴任したが、定年延長が閣議決定される少し前、最高検監察指導部長になった。このポストに刑事局長から異動した前例はない。その後、横浜地検検事正などを経て、甲斐氏が検事総長に就く2022年6月の人事で札幌高検の検事長に就いた。また小山氏の後任として札幌の検事長となった神村氏は、静岡地検検事正だった2020年2月19日、全国の高検検事長や地検検事正らが集まった検察長官会同で「検察は不偏不党でやってきた。このままでは検察への信頼が疑われる」として、辻氏に黒川氏の定年延長について説明するよう求めた人物だ。
 元検察幹部は今回の高検検事長の人事をこう説明する。「辻氏を批判する声はいまもやまないので、今回も動かせなかったのだろう。小山氏は辻氏と意見が合わなかったと言われている。林、甲斐両検事総長の下でいわば復権し、今回は辻氏の仙台より格上の大阪の検事長へ引き上げられ、期が逆転した。定年延長に苦言を呈した神村氏も検事長となり、今回の人事には『黒川騒動』の清算的な意味がある」

神村氏が定年延長に苦言を呈した「検察長官会同」に出席する当時東京高検検事長の黒川弘務氏(右)と名古屋高検検事長の林真琴氏=2020年2月19日、東京・霞が関

 ▽異常な状況から再起早く
 「黒川騒動」が3年たっても検察人事を左右しているのは、黒川氏が近づけすぎた政治と検察の関係を、国民に支持される形に戻そうとしているからだろう。
 検察関係者によると、安倍晋三元首相を巡る森友・加計学園と「桜を見る会」の問題で東京、大阪両地検などが告発を受けて捜査している一方で、法務事務次官や東京高検検事長を務めていた黒川氏は安倍政権から「法律顧問」と呼ばれ、首相官邸に通っていた。黒川氏が捜査に口を出したという話は聞かないものの、こうした状況自体が異常だった。
 検察が「刀」、法務省は「さや」にたとえられることがある。あたかも、さやがきつすぎて刀が抜けなくなったかのように、政治家の汚職などを捜査できなくなれば、神村氏が言った通り、検察への信頼は失われていただろう。政治と検察には、適当な距離、緊張感があるはずだ。「黒川騒動」からの再起を早く遂げてほしい。

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