松山、畑岡、稲見…「トップ選手を教えて気づいたこと」黒宮幹仁が語る最先端コーチング(1)

昨年のZOZOチャンピオンシップ。松山英樹と一緒にスイング動画を見て話し合う黒宮(撮影/亀山泰宏)

最近は男子ツアーも女子ツアーも若返りが激しく、それはプロに付き添うコーチも例外ではない。ツアー現場では20代、30代の若いコーチが活躍し始め、プロコーチの数も年々増加傾向にある。その中で今、注目されているのが、昨年、畑岡奈紗や稲見萌寧らを教え、さらに10月「ZOZOチャンピオンシップ」で松山英樹に帯同した黒宮幹仁氏だろう。今年コーチとして8年目、32歳になる気鋭の指導者はトップ選手たちの指導を通じて何を感じ、何に気づいたのか。2022年を振り返り、今年の展望を語ってもらった。(全3回、以下敬称略)

学生時代は石川遼、松山英樹のライバルだった

黒宮といえば、今やプロコーチとしてその名が浸透しつつあるが、実は彼が石川遼や松山英樹と同学年で、ジュニア時代は彼らとしのぎを削っていたことを知る人は少ないだろう。日大ゴルフ部のエースとして、東北福祉大の怪物・松山と戦っていたわけだが、大学3年時のけがでプロをあきらめ、卒業とともにコーチの道に進んだ。そのおよそ8年後に、松山のサポートに加わることになるとは思いもしなかっただろう。

プロの道を諦めてから黒宮の切り替えは早かった。各種レッスン、ゴルフクラブの講習会、勉強会に参加し、コーチとしての素養を身につけ、米国の指導者養成プログラム・TPI(タイトリスト・パフォーマンス・インスティテュート)の資格も取得。早くからトラックマンやフライトスコープ、GC4、スイングカタリストといった最先端のデジタル機器をレッスンに取り入れ、近代的なコーチングを模索してきた。ほどなくして、母校(福井工大付属高)の福井工大ゴルフ部で中高生、大学生の指導にあたり、卒業生を中心にツアープロを見る機会が増え、ツアー現場にも出向くようになった。

“謎のコーチ”として畑岡の優勝をアシスト

自身のレッスンスタジオにて

経験を積みながら、黒宮がまいてきた種は昨年、一気に花開く。男子ツアーでは岩崎亜久竜が賞金ランキング3位に入る活躍を見せただけでなく、畑岡、稲見、松山といったビッグネームと接することになった。

畑岡に至っては、コロナ禍で指導開始当初はオンライン上でのレッスンのやり取りが中心だった。黒宮は当時を振り返る。

「昨年の1月中旬頃ですかね、畑岡プロサイドから僕のところに話があって。どんなことに悩んでいるのか、どんなふうにやっていきたいのかを話し合って、2月頃から徐々に彼女を見始めました。畑岡プロは基本的にアメリカにいますから、当初は全てリモートでのやり取り。スイング動画を送ってもらったり、GCクワッドやトラックマンのデータを送ってもらったりして、それを基にスイングやギアに関する提案を僕の方からするという形でした。ただ、その時は彼女も僕のことは“お試し期間”、レッスンも“話半分”で聞いていたと思います」

「その後、4月のロッテ選手権(ハワイ)の時に彼女のスイングがどうにもならなくなって…。それでじゃあ一回、僕の言うことを丸々聞いてみようとなったそうで。そうしたら翌週のDIOインプラントLAオープンで優勝ですからね。新しいスイングを取り入れて、すぐに結果を出すあたりはさすがですよね」

畑岡は優勝後の会見で、現地記者に「オンラインッスンを受けてスイングが良くなった」と答えたものだから、「レッスン相手のコーチはいったい何者?」と話題になったのだった。

大きく変えずニュートラルに戻した

全英女子オープンは畑岡のコーチとして現地帯同(撮影/村上航)

では、黒宮が畑岡に提案した内容はどんなものだったのか。

「ベースのスイングをガラッと変えるのは、シーズン中は難しいと思ったので、元のスイングのエラーが大きくなり過ぎないように、少しだけニュートラル側に戻してもらいました。実は前のコーチから教わっていたことも、そこまで僕の考えとズレはなく、類似していたんです。ただ、元々の癖のあるスイングに合わせるような“癖のあるクラブ”を使っていたので、新しいスイングができた時にミスが出てしまっていたんです。その辺がうまくいかず、クラブ担当の方とも話をして、新スイングづくりに取り組むと同時にクラブもちょっとだけニュートラル側に戻しました。具体的に言えば、元々(球が)上がりにくく、つかまりにくかったクラブを、上がりやすく、つかまりやすい方にシフトしたんです。それと同時にグリーンで球が止まるように、アイアンも落下角が増えるようにしてもらいました」

10月から腰を据えた大改造に着手

黒宮と畑岡はその後もオンラインでのやり取りを続け、8月の「AIG女子オープン」(全英女子)で初めて現場に帯同。畑岡が10月に帰国した際に、腰を据えたレッスンが始まった。

「一番初めに彼女のスイングを見たとき、けがをするんじゃないかという不安があったんです。極端に言えば“右を向いてひっかけを打っているようなスイング”でしたからね。どこかで変えなきゃいけないという話はしていたので、けがをさせない方向へちょっとずつシフトしていきました。けがをしないためにはフィジカル面もベースを引き上げなきゃいけない。そうなったときに栖原(弘和)トレーナーと話して、唯一できていなかった“押す”動作の強化に踏み切りました」

今は”プッシュ系”のトレーニングで腕周りを強化中(撮影/亀山泰宏)

スイング中の「押す」動きとは、いったいどういうものなのか。

「彼女、デッドリフトなどは相当な重さを上げられるんですよ。つまり下半身は強い。でもそれに対する腕の力が足りなくて、下半身のエネルギーをうまくボールに流せていなかった。これって、めちゃめちゃもったいないじゃないですか。腕の押す力が出せないと、他に影響が出て、それこそ前傾姿勢や骨盤のヒンジ(傾き)をキープするのが難しくなる。本来、腕で押せれば骨盤のヒンジをインパクト後までキープしやすく、体が無理な動きをしなくていいので、けがの防止にもなります」

「その“押す”というスイングのガラッとした変化をどこかのタイミングで本格的にやろうという話を本人としていたのですが、そうしたら『シーズン中だけど、10月からやります』(畑岡)となって。彼女の頭には2023年シーズンの開幕というのがずっとあり、『スタートダッシュしたい』と常に言っていました。10月はちょうど日本のツアーに出ていた頃でしたから、ガラッと変えると好成績を出せないかもしれないよと話はしていたのですが、でも『そこは何とかします』と僕に言ってきて…決意は固いなと感じました」

「そこで栖原さんにもお願いして、腕力をつけるようなプッシュ系のトレーニングを入れてもらいました。僕も8年間コーチ業をやってきましたが、やっぱり取り組んでいることを巻き戻していいことはないです。巻き戻すと、より停滞することが多い。コーチに習っただけで、“突貫工事”で好成績が出るというのは僕も好きじゃなくて、ボールのフライトやクラブの動き、体の動き、そしてマネジメントが全部つながって、それでようやくいいスコアが出せるという形を一緒に作りたい。今はそこを目指して畑岡プロと一緒に取り組めていると思います」

若手コーチと話し合う黒宮

その畑岡はまさに今週の米女子ツアー「ヒルトン・グランドバケーションズ トーナメント・オブ・チャンピオンズ」(レイクノナG&CC/フロリダ)で新シーズンの開幕を迎えた。目指していた開幕スタートダッシュなるか。(聞き手・構成/服部謙二郎)

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