伝説の料亭「播半」出身料理人が手掛ける「究極の引き算料理」|一燈照隅(いっとうしょうぐう)

2022年12月、広島県福山市に「究極の引き算料理」を提供する新店「一燈照隅(いっとうしょうぐう)」がオープンしました。かつて調理師界の東大と呼ばれた伝説の料亭「播半(はりはん)」出身の元嶋明朋さんが総料理長を務めます。今回は食通達をうならせてきたコース料理を取材。一品ごとに込められたこだわりをご紹介します。

一燈照隅 外観

一燈照隅とは

お店は和食店「てしおがわ」内にあります。来店した際には看板が小さく気づきにくいので戸惑うかもしれませんが、てしおがわの入り口から入れば問題ありません。席数はわずかに8席で、完全予約制となっています。なお、コース料理は基本18,000円~ですが、特別な日なので30,000円でお願いしたいなどの希望を伝えると、それに応じたコースを用意してくれます。また、有料会員の制度もあるそうなので、気になる方はお店にお問い合わせください。

一燈照隅 内観

コンセプトは「”素材そのもの”が秘めたうまみを引き出す熟達の技。”ありそうで、どこにもない”本物の日本料理」です。食材本来の味を引き出した料理のため、極限まで調味料を使用する必要がないといいます。出汁は魚出汁と野菜出汁を料理ごとにブレンド。一般的によく使われるカツオ節や昆布は一切使用していないそうです。

魚出汁と野菜出汁

また、お店にはお品書きがありません。旬の食材を中心に仕入れを行い、その日の料理を決めます。また予約時に一緒に来店する人との関係性や住んでいる場所、その日の体調や飲み物の種類・量によって調理法や味を変えてくれます。

食材は毎日総料理長自らが調達

伝説の料亭「播半(はりはん)」出身の総料理長

一燈照隅の総料理長を務めるのは、伝説の料亭「播半(はりはん)」出身の元嶋明朋さん。2005年6月に惜しまれつつ廃業となった播半は、かつて調理師界の東大とも呼ばれ修行に入ることさえ難しいと言われていました。昭和天皇や現在の天皇陛下がご宿泊されたことや、昭和の文豪、谷崎潤一郎の小説「細雪」にお店の名が登場したことでも有名です。

総料理長 元嶋明朋さん

播半では約7年間住み込みで修業された元嶋さん。卒業する時には、師匠である播半の料理長が毎日記録していた献立表を餞別に持たせてくれたそうです。厳しい修行期間の中で培った技術がこの献立表を見返すとよみがえってくるといいます。今でも年に何度か見返してメニュー開発やコースの流れを考える参考にしていると元嶋さんは教えてくれました。

播半料理長から受け継いだ献立表

そんな元嶋さんは一期一会を大切に、お客様にとってこの一皿は最初で最後という想いを胸にお客様に寄り添うことをテーマにされています。一流の料理人になられた今でも「お客様の声に耳を傾けて、常に料理人として成長したい」と謙虚な姿勢で料理道を歩み続けています。

究極の引き算を体現したコース料理

極力調味料を使わないというこだわりはもちろんのこと、お店で使用しているお水はすべてアルカリイオン温泉水というこだわりも。温泉水は少し甘みがあるのが特徴です。また、食材はできるだけ地元福山市のものを使うようにしているそうで、この日の野菜はすべて福山産のものが使用されていました。

取材した日はお店の定休日。漁港が閉まっている日のため、お造りがない短いコース(11,000円)で提供してもらいました。

マスクケースはオリジナルのうさぎ柄

はまぐりの濃厚スープ

最初はスープが提供されます。全く調味料を使っていないというはまぐりのスープは、本当に調味料を使っていないの?と感じさせるほど旨味が濃厚なスープです。その秘密は調理法にありました。下処理で貝にストレスを与えるために、器の中で10分間かき混ぜます。そして10分間休ませるというサイクルを3回を行います。こうすることで、ストレスを感じた貝は身を引き締め、結果的に旨味や甘みが身の中に閉じ込められるそうです。そして、丁寧に下処理をした貝を2Lの水が200~300ccほどになるまで、2時間半~3時間かけてじっくり煮込みます。この時、貝が溜め込んだ海水の塩分も煮出され、旨味や甘みと合わさることで最高のスープになります。

アスパラ菜のおひたし

地元福山産のアスパラ菜を使用したおひたしです。少し珍しいアスパラ菜ですが、見た目は菜の花に近く、アスパラガスに近いお味でした。食材の持つ本来の甘さが感じられる上品な一品です。

はまぐりのぬたがけ

はまぐりとわけぎの上に、からし酢味噌に瀬戸田のレモンを加えて伸ばしたぬたがかかっています。わけぎはシャキッと食感が残るように湯上げした後は水さらしせずに冷ますそうです。そして、なんとこのはまぐりは最初のスープの出汁として使われたものです。一度出汁の中に戻すことで、はまぐりの身に味が戻っていくといいます。食材を捨てるところなくすべて使うという、元嶋さんのこだわりが込められています。

マナガツオのうま煮

丁寧な下処理が施されているうえに、新鮮なマナガツオは全く臭みがなく絶品。ほとんど調味料を使用していない優しいお味ながらも、魚本来の旨味が感じられる贅沢な一品です。見た目にも色が付いていないので、ほとんど調味料が使用されていないのが分かると思います。付け合わせに、かぶら、さといも、かぶらの葉の芯が添えられます。かぶらはお箸で簡単に切れるほど柔らかく、今まで感じたことがないほどの濃い素材本来の味を感じることができました。

この一品だけでも、極限まで調味料を使用せず素材の旨味を引き出す料理へのこだわり、食材を捨てるところなく全て使用するフードロス削減へのこだわりを感じます。

そして、温かいお皿で提供するというこだわりも。保温するという目的に加え、食べ進めるうちにお皿に接している側から料理が冷め、口に運ぶたびに味が変わらないようにしているそうです。温かい料理は温かいお皿でお出ししたいという元嶋さんの温かい想いも込められています。

有田焼の食器で提供されます

お肉の藁焼き

お肉料理は、宮崎県産黒毛和牛の希少部位シンタマからとれるトモサンカクです。余分な脂を落とすために炭火焼きで調理されます。焼く→休ませるを2~3回繰り返すことで、肉の中に旨味を閉じ込め、ドリップ(お肉の赤い汁)がほぼ出ないといいます。

脂が表面に吹き出して赤身が動いているようも見えました

炭焼きした後、最後に香り付けで藁焼きという工程を加えて完成します。また、お客さんに提供するものは全て自身で責任を持ちたいというこだわりを持つ元嶋さんは、藁焼きで使う藁さえも自身で採取されるそうです。

付け合わせはわさび菜、焼き野菜として、黄色いニンジン、ブロッコリー、レンコンが添えられます。用意されている薬味はパキスタンの岩塩、伯方の塩を藁で2時間スモークしたもの、自家製塩漬けブラックペッパー(ホール)、鳥取県産の本わさびです。常連客からも人気が高いという、自家製塩漬けブラックペッパーはホールのまま塩と一緒に瓶に入れ、濃い口醤油を少し垂らして5日間ほど漬けることで完成します。噛んだ瞬間は塩味を感じ、ブラックペッパー特有の辛味が後から追ってきます。言うまでもなくお肉との相性は抜群で、お塩と合わせていただきました。

ご飯とお味噌汁

実は一番こだわっているという締めのご飯とお味噌汁。コースの流れを意識して、最後の締めは翌日の朝につながるように朝食をイメージされているそうです。お米は広島県世羅町のものを使用。土鍋で炊きあげられたお米はつやつやで、食べる前からおいしいことが分かります。

お味噌汁の味噌は、広島の老舗・新庄みその麦味噌を使用しており、具には福山産のもずくとネギが入っています。太くて長いもずくは敢えて切っていません。これにはもずくの風味を最大限感じられるよう、すすって食べて欲しいという想いが込められています。また、通常よりも野菜出汁の割合を増やすことで、もずくの風味がより強く感じるような工夫も施されています。

ご飯のお供は浅漬けとちりめんの佃煮です。浅漬けは約5時間漬けるそうですが、来店時間から逆算してお客様が口にする時にベストな状態で出せるように、毎日漬けているそうです。ちりめんは音戸ちりめんを使用。瀬戸田レモンの皮と一緒に炊き込んでいるそうです。一般的なちりめんは砂糖など調味料を使用しているためくっついていることが多いと思いますが、一燈照隅のちりめんは調味料を極力使用しないため、1匹1匹がくっつかず、分かれているのが特徴です。

柔らかく握られたおにぎりはどこか懐かしい味

土鍋にある限りご飯は何杯でもいただけますが(あまりのおいしさに筆者は3回おかわりしました)が、残ったご飯は元嶋さんがおにぎりにしてもたせてくれます。なぜなら、一燈照隅で食事をした後、家に帰ってからお腹が空いたと感じるお客様がいるからだそうです。これは料理の量が少ないからというわけではなく、元嶋さんの作る料理は胃への負担が少なく消化が良いことが理由です。そんな時には、このおにぎりを食べて欲しいという元嶋さんの心遣いがあります。

名物わらび餅

デザートは名物のわらび餅です。元嶋さんが目の前で練り上げてくれるわらび餅は、今まで食べてきたわらび餅とは全く異なった、柔らかくのどごしの良い新食感です。わらび餅というと透明なお餅を想像しますが、本物のわらび粉は茶色いんだそうです。わらび餅の上には黒糖がのせられており、混ぜながらいただきます。

一燈照隅が目指す未来

将来的には調理師学校を立ち上げることが夢という一燈照隅。現状は調理師学校に通っても一人前の料理人になる前に卒業してしまうといいます。それは実践経験が足りないため。大工さんの丁稚奉公(でっちぼうこう)制度のような「ぼんちゃん制度」を学校で実現したいといいます。一燈照隅で働きながら実践経験を積んでもらい、一人前の料理人に育てたい。そこには、元嶋総料理長が持つ日本料理の技術を継承したいという想いもあります。

某国内最大の自動車会社トップをはじめ、政財界の重鎮をもうならせてきた料理が広島県福山市で食べられます。伝説の料亭・播半の技を受け継ぐ元嶋さんの「究極の引き算料理」。本当の素材の味を知るべく、全ての人に味わっていただきたい本物のお料理です。

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