即興演奏は魔法の技術?作曲と演奏を同時に… 「原初の音楽」が生み出されるプロセスを紹介【榎政則の音楽のドアをノックしよう♪】

即興演奏は魔法の技術?

即興演奏(インプロビゼーション)を知っていますか?決められた音を演奏するのではなく、そのときの自分の気分や会場の盛り上がり、共演者とのやりとりの間でインスピレーションを受けて、その場で音楽を作り出していく演奏のことです。ジャズのソロのように決められたコード(一定のルール)の中で演奏することもあれば、何も決めずに自由に演奏する場合もあります。その場で作曲と演奏を同時にするようなものなので、楽器と音楽理論を知り尽くした「音楽のプロの魔法のような技術」と思われがちです。

私は即興演奏家として活動していますが、例えばジャズ・ピアニスト、チック・コリアの「ピアノ・インプロヴィゼーション」シリーズを聴くと、こんなに緻密で自由な即興ができるなんて信じられない、と思いますし、キース・ジャレットの「ケルン・コンサート」を聴くとその清々しさと奔放さに、強い憧れを覚えます。一流のピアニストによる即興演奏というものは、到底真似できるものではありません。

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一方で、即興演奏というものはとても身近で、それほど難しく考えるものでもないとも感じます。

一体即興演奏とは何なのか、私自身の経験も絡めながら紐解いてみましょう。

音の模倣が第一歩…雷や雨、晴れはどんな音?

私がピアノで自分の音を作った、と初めて思った瞬間があります。5-6歳の頃だったかと思いますが、ピアノの低音域を手のひらで適当に叩いたときでした。真っ黒な音の塊が爆発していくのは、雷が鳴っている音と非常に良く似ていました。自然の音を簡単に真似できることが楽しくて、何度もその音を鳴らし続けていました。今思えば、相当近所迷惑だったかと思います。

雷の音がピアノで模倣できるのであれば、雨の音や晴れの音、雪の音もピアノで表現できるのではないか、と思って子供ながらに色々試しました。低音を強く弾くのが悪天候なら、高音で弱く弾くのは晴天なのかと思いきや、お天気雨のときのような音となり、晴天の表現とはならず、不思議に思ったこともよく覚えています。

なお、晴天の表現に出会ったのは、10歳くらいのときにショパンの「雨だれの前奏曲」を聴いたときでした。この曲は、終始同じ音を連打し続けることで雨のような音が鳴っていますが、曲の最後にこの音が止む瞬間があります。なんと清々しい晴天の表現なのでしょうか!私はこのときに、晴れの表現は雨を止めることによってできるということを学びました。また、これは音の模倣という具体的な表現から、より抽象的な表現が可能だということを学んだことにもなりました。

ここまで天気を音にすることを中心に語ってきましたが、これが感情であったり、風景であったり、もっと抽象的なものだったり具体的なものだったりを、どのように音にしていくか、ということをたくさん知っていくことで、即興演奏の幅が広がっていきます。

即興音楽の組み立て…瞬間を組み合わせて、時間の流れを作る

「音から音楽にしていく」ということを考えてみましょう。楽器の音をただ一つ鳴らしただけでは、ただの音であって音楽にはなりません。音楽は時間芸術と呼ばれることがあるように、音を組み合わせて、一つの時間の流れを構築していく必要があります。

雷は一発の音のみで模倣することが出来ましたが、晴れは時間の流れを作らないと表現できませんでした。雷の瞬間、雨の瞬間、晴れの瞬間、それぞれの音はありますが、それを組み合わせて時間の流れを作ることで、模倣から表現へと昇華します。

即興演奏をするときは、演奏を始める前にある程度の物語を設定することもありますが、演奏しながら自分の中に生じたインスピレーションを元に時間の流れを作ることもあります。自分の演奏可能な音をどのように組み合わせて時間の流れを作るか、ということが、即興演奏の本質的なことなのではないかと思っています。

即興演奏ではない音楽が「楽曲」…楽譜や口伝で伝える

即興演奏というと、高度な技術を要する音楽の特殊な一ジャンルと思われがちですが、本当にそうなのでしょうか。まずは即興演奏ではない音楽、つまり楽曲とはどのようなものなのかを考えるところから始めてみましょう。

楽曲というからには、その曲を知っている人が誰の演奏で聞いたとしても、「あ!この曲知ってる!」となる必要があります。そして、楽曲を作る人がいて、それを演奏者に伝える、という作業が必要になってきます。あるいは、自分で作った曲を記録しておき、いつでもまた再現できる、ということが必要です。

曲を伝える方法は主に2通りあります。楽譜と口伝です。

音楽は目に見えないもので、しかも時間の流れを記録する必要があるので大変です。言葉を伝える文字も高度な発明ですが、音楽を伝える楽譜は、リズム・音の高さ・音の強さ・音色など、様々な要素を書き記す必要があり、文字よりも複雑で大変です。

口伝とは、教える人が教わる人に何度も聴かせて、ときには解説を入れて言葉と演奏で伝えていくことです。紙に書く必要はありませんが、伝えていく人たちの記憶力を頼りにしているため、これも非常に高度な仕組みです。

音楽はもともと即興演奏だった?…日常の何気ない「音の遊び」から

それに対して、即興演奏は極めてシンプルです。日常のふとした瞬間に歌う鼻歌や、手を叩いていたらリズムが面白くなった、といった何気ない「音の遊び」が、すでに即興演奏になっているからです。このことから、私は音楽の原初は即興演奏だったのではないかと思っています。

即興で音楽を奏でていると、これは良いものだと思って何度も同じことを演奏したくなることがあります。それを聴いたほかの人も真似したくなって、多くの人達が同じ演奏をする、という経緯があって楽曲というものが成立したのではないでしょうか。

即興演奏は高度な技術というよりかは、むしろそれぞれの人のなかにある根源的な音楽の発露というのが正しいと思っています。

即興演奏の練習方法…音を出してみる、音を組み合わせて遊んでみる

そうは言っても、高度な即興演奏をするには高度な技術が必要であることは確かです。しかし楽曲の演奏とは違って、即興演奏のステップアップは想像が付きづらいですよね。良い即興演奏をするためには一体どのような練習をすればよいのでしょうか。

まずは楽器でも声でも手拍子でも構いません。何か音を出すことです。音には「鋭い音」「やわらかい音」「か弱い音」「不安定な音」「堂々とした音」などいろいろありますが、「悪い音」というものはありません。良し悪しで考えるのではなく、性質で考えることが大切です。あなたが鳴らした音を大切にしましょう。

そして、もう一つ、それとは異なる音を出してみてください。この2つの音はあなたの持つ大切な音です。その2つの音を交互に演奏してみたり、片方の音からもう片方の音へグラデーションのように変化させてみたり、リズムを作ってみたり、と遊んでみましょう。これが即興演奏です。

これが2つの音だけでなく、10個、100個と多くの音でできるようになると、立派な即興演奏家になれるでしょう。自分の持つ音の種類を増やしていき、それらを組み合わせる方法をいろいろと試してみる、というのが即興演奏の一番の練習となることと思います。

恥ずかしがらず大胆に…自分100%の表現は最高に爽快

そして、最も大切なのが音を出すことを恥ずかしがらないということです。今自分にできる表現を精一杯行って、人に聴いてもらう、ということが大切です。楽曲の演奏と違って即興演奏は自分100%の表現となるため、言い訳が一切できないのが怖いところです。しかし勇気を出して人に聴いてもらうことができれば、より大胆に、より広い表現を行うことができるようになります。

恥ずかしささえ乗り越えられれば。自分100%の表現ができるというのは最高に爽快です。即興演奏に興味がある方は、まず音を出すところから、その一歩を始めてみましょう!(作曲家、即興演奏家・榎政則)

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 榎政則(えのき・まさのり) 作曲家、即興演奏家。麻布高校を卒業後、東京藝大作曲科を経てフランスに留学。パリ国立高等音楽院音楽書法科修士課程を卒業後、鍵盤即興科修士課程を首席で卒業。2016年よりパリの主要文化施設であるシネマテーク・フランセーズなどで無声映画の伴奏員を務める。現在は日本でフォニム・ミュージックのピアノ講座の講師を務めるほか、作曲家・即興演奏家として幅広く活動。

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